一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百三十四話 ポテトサラダ

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 ばあちゃんからジャガイモをもらった。

「掘ったばかりだってたくさんもらったの。悪くなってもいけないから、よかったら食べて」

 だそうだ。朝一で持って来てくれて、お店が忙しいからと帰って行った。ほんとは何か作れたらいいんだけど、と言っていたが、こうやって持って来てくれるだけでもありがたいものである。

 確かに、ジャガイモは放っておくとすぐ芽が出てくる。早いうちに食べておくに越したことはない。

「そうと決まれば……あれを作るか」

 ジャガイモをもらった時からあれが食べたかったのだ。ポテトサラダ。最近食ってなかったからなあ。

 そんでもって今日作るポテトサラダには、キュウリだけを入れることにする。色々入れてもいいんだけど、ジャガイモ自体がうまそうだからなあ。ジャガイモそのものの味を楽しみたいのだ。

 まずはしっかりジャガイモを洗って、皮をむき、均等な大きさに切り分ける。

 ほんとは皮むかない方がうまいんだろうけど、切って茹でた方が時短になるんだ。水を張った鍋に塩を溶かし、切ったジャガイモを入れ、茹でていく。

 茹でている間にキュウリを薄く切って塩もみしておく。

「そろそろいいかなあ」

 お湯を捨てて、スプーンでつぶす。このつぶし方だとジャガイモの形も程よく残っていいのだ。

 つぶしたら塩もみしたキュウリとマヨネーズを入れて、味付けは塩コショウを少々。

 これで完成だ。彩りはあまりないが、うまそうだ。味見をしてみよう。

「ん、ジャガイモうまいな」

 まだほんのりとぬくもりが残るポテトサラダは、ジャガイモの味を強く感じる。形が残ったところはほくほくとしていて、しっかりつぶしたところはとろとろと口当たりがいい。キュウリもいいみずみずしさだ。マヨネーズのまろやかさがいい塩梅である。

 さて、粗熱が取れたら冷蔵庫にしまっておくとしよう。

「そうだ。パンでも買いに行くかな」

 パンにポテサラ挟むとうまいんだよなあ。

 せっかくだし、ちょっと足を延ばして、西高裏のパン屋にでも行くとするか。



 昼頃になると込み合う店内も、今は空いているので選び放題だ。

 とりあえずロールパンの詰め合わせの袋を一つ、おぼんにのせる。あ、コッペパンもあるじゃん。買うか。二つぐらいかな。

 この店は菓子パンも魅力的だ。じゃりじゃりしたクリームが巻いてあるロールケーキっぽいやつとか、メロンパンにたっぷりの生クリームとささやかな果物が挟まってるやつとか、チョコレートたっぷりナッツかけクロワッサンとか……どいつもこいつも甘そうだ。

 ロールケーキのパン、買ってくかな。

「ありゃ、いない」

 レジに誰もいない。

 すいません、と声をかければ、奥の部屋から老婦人が出てきた。この店の店主だ。

「はいはい、すいませんねぇ」

 ずいぶんかくしゃくとした人である。手際よくレジを打ち、袋詰めしてくれる。

「五百円ね」

「あ、はい」

 ちょうど五百円玉があった。よかったよかった。

 パンを受け取り五百円を出す。と、店主がじっとこちらを見ているのに気付いた。何かあっただろうか、と思っていたら、のんびりとした口調で尋ねてきた。

「もしかしてあなた、西元さんとこのお孫さん? ほらあの、自転車屋さんの」

 自転車屋で西元、とくれば、この辺りにはうちしかない。

「はい、そうです」

「あらまあ、そうだったのね」

 店主は嬉しそうに、懐かしむように笑って頷くと言った。

「小さい頃はお母さんにだっこされたり、おばあちゃんにおんぶされたりして来てくれてたのよねえ。まあまあ、大きくなって」

「あ、そうなんですね」

「覚えてないでしょう。ずいぶん小さいころだったから」

 覚えていない、というかぼんやり記憶にあるようなないような、という感じだ。小さいころ、手を引かれてきたような気がしなくもない。

「今いくつなの?」

「高校二年生です」

「西高?」

「いえ、一夜高校の方です」

「あらあ、そうなの。そうなのねぇ」

 それから一言二言話して帰路に着いた。

 自分の昔のことを知る、家族以外の人と話すのはなんだかむずがゆい気がする。

 自分でも知らない自分の姿があるのだなあ、としみじみ思うのだ。



 さあ、昼飯の準備に取り掛かるとしよう。

 コッペパン二つに切れ込みを入れ、ポテサラを詰める。ひんやりして、少しもたっとした感触になっている。

 あんま詰め込み過ぎてものど詰まるから、ほどほどに。

 ロールパンは……そのままとりあえず置いておく。足りなくなったら食おう。

「飲み物は、何にすっかな」

 オレンジジュースにしよう。安売りしてた缶ジュース。コップに氷を入れて、注ぎ入れればいい感じだ。

 味変のために醤油を準備しよう。

「いただきます」

 まずはそのまま食べる。

 ふかふかで、少し歯ごたえのあるパンは甘めだ。ポテサラはひんやりもこもこした口当たりで、味がしっかりなじんでいる。思いのほかあっさりだ。キュウリだけ、というのがシンプルでいい。みずみずしく、食感もいい。

 うまみのあるジャガイモでよかった。

 さて、次は醤油をかけてみよう。お、一気におかずっぽくなった。コク深く、食べ応えがあり、パンに合うのだ。これはご飯のおかずにもなりそうである。夜、食ってみるか。

 ……この味、のりとか合うんじゃね?

 残していたポテサラを少し皿にのせ、醤油をかけて、のりで巻いてみる。

 これはこれは。のりの風味は穏やかながら確かに磯の香りがする。食感もぐにぐにとした感じが加わり、ポテサラのまろやかさとよく合う。うまいな、これ。キュウリの存在もいい塩梅だ。

 味が薄めのオレンジジュースを流し込む。うん、よく合う。

 いやあ、これはうまい食い方を覚えた。

 またジャガイモ手に入れたら作ろう。



「ごちそうさまでした」
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