343 / 843
日常
第三百三十話 釜めし
しおりを挟む
「あー、もう文化祭終わったんだなあ」
咲良がしみじみとつぶやき、キャスター付きの椅子に座ってぼんやりと天井を見上げる。
校内はすっかりいつも通りの風景に戻り、図書館の片隅には返却を待つ着ぐるみが入った箱と、しわしわにしぼんでしまった風船やしまう場所に困っているらしい飾りが詰め込まれた衣装ケースがあった。
「なーんか、今回のは楽しかったからか、虚無感がすごいわあ」
「引きずり過ぎじゃないか。もう月曜だぞ」
「いや、引きずるって」
確かに当日は少々さみしい気分がしたけど、正直、寿司食ってきれいさっぱりなくなってしまったんだよなあ。
結局何皿食べたんだっけ。じいちゃんとばあちゃんがちょっと驚いてたんだよな。
「春都、なんかいいことあった?」
「何でだ」
「いや、なんかニマニマしてるし」
いかん。顔に出ていたか。
咲良はカウンターに頬杖をつくと、にやっと笑って言った。
「楽しんでたもんな。誰よりもノリノリだった」
「うん、まあ」
否定はできない。
「写真、できてるぞ」
詰所から出てきた漆原先生の手には、コルク色の封筒が握られていた。
「お、まじすか!」
「あの、最後に撮ったやつですね」
「それと、君たちが校内を回っているところを記録したやつだな」
え、いつの間に撮られていたんだ。
どうやら写真部の仕業らしい。気づかなかった。
「おおー、結構いい感じに写ってんね」
着ぐるみだし、自分自身の姿が写っているわけではないが、なんかうれしいな。しかし、ずいぶん圧迫感のある光景だ。こんな図体のでかい動物どもが廊下を練り歩いてたとは。子どもによっちゃ泣くぞ、これ。
「朝比奈、尻尾引っ張られてる」
「長いから引っ張りたくなるんじゃね? あ、これこれ。春都がめっちゃノリノリで子どもの相手してんじゃん」
「あー、そん時な。風船の強奪に遭いそうになった時だろ」
どうにかして子どもの意識を風船から逸らそうと必死だったんだよな。喋れない分、動きに出るんだ。
「先生、だいぶスタイリッシュなパンダっすね」
「だろう」
顔は見えないが、決め顔してるって感じがする。
「えー、これ、またやりたいっすね」
「いいな。今度はまた違った着ぐるみを着たいものだ」
「風船は控えめにしてもらいましょう」
詰所の、物置状態になっている机の上には、いまだ使いきれていない風船の束が、山のように積まれていたのだった。
今日は一日、雨が降っていた。昼間は結構激しく降ってたからどうなることかと思ったが、帰りは小降りだったのでよかった。
いやあ、でも、文化祭も楽しかったが、その後の寿司はものすごく楽しかった。ああいう学校行事の後にどっか飯食いに行くって、なんか好きだ。どこかで何かを買って、家で食うってのもいい。とにかく、作ったり片づけたりする手間が減るのがいいのだ。
「ただいまー」
「わうっ」
「おかえりなさい」
「あれ、ばあちゃん」
家に帰って出迎えてくれたのはうめずとばあちゃんだった。
「今日も来てたの」
「そう。お土産届けに来たの」
お土産? いったい何だろう。
「ただいま」
「春都。おかえり」
居間には父さんと母さん、そしてじいちゃんもいた。何だ何だ、今日も勢ぞろいじゃないか。そしてテーブルの上の、この、背の高い袋は何だ。
ばあちゃんはテーブルに近づきながら言った。
「今日は一日雨だったじゃない? だからね、じいちゃんと街の方に行ってきたのよ。ね?」
「ああ。食べたいものがあったからな」
「食べたいもの?」
「これよ、これ」
背の高い袋からばあちゃんが取り出したのは、小さいながらも立派な釜だった。釜……釜? もしかして。
「釜めし?」
「そう。お持ち帰りでね、使い捨ての入れ物もあったんだけど、せっかくだから」
この店、そういえば知ってる。
釜めしの老舗で、名前がなんていうか、ハイカラなんだよな。
「晩ご飯に食べましょう」
「うん、ありがとう」
いつもは麦茶だが、今日の晩飯に添えるのは温かい緑茶である。
「いただきます」
五目にそぼろ、鶏。ちょっとずつみんなで分けて食べる。
「春都。えび食べていいぞ」
「いいの? ありがとう」
五目釜めしのえびをじいちゃんがよそってくれた。
いろいろな具材のうま味を吸った米がうまい。しいたけの味わい、鶏の風味、さやいんげんの青さ、そしてえびからにじみ出る海の香り。やわらかくふわふわとした食感のえびは甘く、醤油の味が染みている。
そぼろは鶏と卵だ。黄色と茶色のコントラストがきれいである。真ん中に添えられたグリンピースがいいバランスだ。これは甘みが強いなあ。鶏は甘辛く炊かれていて、卵はふわふわだ。一緒にすくって食べるのは難しいが……うん、やっぱりこれは一緒に食べるのが一番うまい。
「鶏、五つあるから、春都が二つ食べて」
おや、そんなにいい思いをしていいのだろうか。
鶏はほろほろと甘く、皮目がジューシーだ。しみじみとしたうま味がご飯にも移って、なんともうまい。鼻に抜ける香りが上品だ。
温かい緑茶が合うことよ。
これ、釜はどうしようかな。
自分で釜めし炊いてみるとか? 炊けるのか? ああ、炊き込みご飯をこれによそってもよさそうだ。
それにしても、短い間にこんな楽しい思いが何度もできるとは。
ついてるな、俺。
「ごちそうさまでした」
咲良がしみじみとつぶやき、キャスター付きの椅子に座ってぼんやりと天井を見上げる。
校内はすっかりいつも通りの風景に戻り、図書館の片隅には返却を待つ着ぐるみが入った箱と、しわしわにしぼんでしまった風船やしまう場所に困っているらしい飾りが詰め込まれた衣装ケースがあった。
「なーんか、今回のは楽しかったからか、虚無感がすごいわあ」
「引きずり過ぎじゃないか。もう月曜だぞ」
「いや、引きずるって」
確かに当日は少々さみしい気分がしたけど、正直、寿司食ってきれいさっぱりなくなってしまったんだよなあ。
結局何皿食べたんだっけ。じいちゃんとばあちゃんがちょっと驚いてたんだよな。
「春都、なんかいいことあった?」
「何でだ」
「いや、なんかニマニマしてるし」
いかん。顔に出ていたか。
咲良はカウンターに頬杖をつくと、にやっと笑って言った。
「楽しんでたもんな。誰よりもノリノリだった」
「うん、まあ」
否定はできない。
「写真、できてるぞ」
詰所から出てきた漆原先生の手には、コルク色の封筒が握られていた。
「お、まじすか!」
「あの、最後に撮ったやつですね」
「それと、君たちが校内を回っているところを記録したやつだな」
え、いつの間に撮られていたんだ。
どうやら写真部の仕業らしい。気づかなかった。
「おおー、結構いい感じに写ってんね」
着ぐるみだし、自分自身の姿が写っているわけではないが、なんかうれしいな。しかし、ずいぶん圧迫感のある光景だ。こんな図体のでかい動物どもが廊下を練り歩いてたとは。子どもによっちゃ泣くぞ、これ。
「朝比奈、尻尾引っ張られてる」
「長いから引っ張りたくなるんじゃね? あ、これこれ。春都がめっちゃノリノリで子どもの相手してんじゃん」
「あー、そん時な。風船の強奪に遭いそうになった時だろ」
どうにかして子どもの意識を風船から逸らそうと必死だったんだよな。喋れない分、動きに出るんだ。
「先生、だいぶスタイリッシュなパンダっすね」
「だろう」
顔は見えないが、決め顔してるって感じがする。
「えー、これ、またやりたいっすね」
「いいな。今度はまた違った着ぐるみを着たいものだ」
「風船は控えめにしてもらいましょう」
詰所の、物置状態になっている机の上には、いまだ使いきれていない風船の束が、山のように積まれていたのだった。
今日は一日、雨が降っていた。昼間は結構激しく降ってたからどうなることかと思ったが、帰りは小降りだったのでよかった。
いやあ、でも、文化祭も楽しかったが、その後の寿司はものすごく楽しかった。ああいう学校行事の後にどっか飯食いに行くって、なんか好きだ。どこかで何かを買って、家で食うってのもいい。とにかく、作ったり片づけたりする手間が減るのがいいのだ。
「ただいまー」
「わうっ」
「おかえりなさい」
「あれ、ばあちゃん」
家に帰って出迎えてくれたのはうめずとばあちゃんだった。
「今日も来てたの」
「そう。お土産届けに来たの」
お土産? いったい何だろう。
「ただいま」
「春都。おかえり」
居間には父さんと母さん、そしてじいちゃんもいた。何だ何だ、今日も勢ぞろいじゃないか。そしてテーブルの上の、この、背の高い袋は何だ。
ばあちゃんはテーブルに近づきながら言った。
「今日は一日雨だったじゃない? だからね、じいちゃんと街の方に行ってきたのよ。ね?」
「ああ。食べたいものがあったからな」
「食べたいもの?」
「これよ、これ」
背の高い袋からばあちゃんが取り出したのは、小さいながらも立派な釜だった。釜……釜? もしかして。
「釜めし?」
「そう。お持ち帰りでね、使い捨ての入れ物もあったんだけど、せっかくだから」
この店、そういえば知ってる。
釜めしの老舗で、名前がなんていうか、ハイカラなんだよな。
「晩ご飯に食べましょう」
「うん、ありがとう」
いつもは麦茶だが、今日の晩飯に添えるのは温かい緑茶である。
「いただきます」
五目にそぼろ、鶏。ちょっとずつみんなで分けて食べる。
「春都。えび食べていいぞ」
「いいの? ありがとう」
五目釜めしのえびをじいちゃんがよそってくれた。
いろいろな具材のうま味を吸った米がうまい。しいたけの味わい、鶏の風味、さやいんげんの青さ、そしてえびからにじみ出る海の香り。やわらかくふわふわとした食感のえびは甘く、醤油の味が染みている。
そぼろは鶏と卵だ。黄色と茶色のコントラストがきれいである。真ん中に添えられたグリンピースがいいバランスだ。これは甘みが強いなあ。鶏は甘辛く炊かれていて、卵はふわふわだ。一緒にすくって食べるのは難しいが……うん、やっぱりこれは一緒に食べるのが一番うまい。
「鶏、五つあるから、春都が二つ食べて」
おや、そんなにいい思いをしていいのだろうか。
鶏はほろほろと甘く、皮目がジューシーだ。しみじみとしたうま味がご飯にも移って、なんともうまい。鼻に抜ける香りが上品だ。
温かい緑茶が合うことよ。
これ、釜はどうしようかな。
自分で釜めし炊いてみるとか? 炊けるのか? ああ、炊き込みご飯をこれによそってもよさそうだ。
それにしても、短い間にこんな楽しい思いが何度もできるとは。
ついてるな、俺。
「ごちそうさまでした」
23
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる