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日常
第三百二十二話 玉ねぎステーキ
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久々に席替えがあった。
翌日の朝は気を付けないと、何も考えずに以前の席に座ってしまいそうになる。
「席替えのやり直しを求める」
そう机に突っ伏して言うのは勇樹だ。まあ、その嘆きも分からんことはない。なにせ教卓の真ん前だからな。で、俺は席はその右隣。そこもまあ、なかなかの席だ。
勇樹はがばっと上体を起こすと、力を込めて言った。
「俺、背が高いから後ろに行った方がいいんじゃないか? な?」
「昨日確認したら、後ろのやつら全員視界良好だったじゃねえか」
「ぐう」
勇樹はうめくと再び机に突っ伏した。その勢いで、後ろの席ががたんと揺れる。勇樹の後ろの席に座る宮野健太は、読んでいた本を閉じるとあきれたような視線を勇樹に向けた。バレー部で、勇樹とは仲がいい。しかしどうしてもバレー部に見えないんだよなあ、こいつ。目立たないし、口数少ないし。運動部より文化部、文化部より帰宅部って感じがする。
正直、席が近くなってやっと認識した感じだ。
「うるさいなあ、勇樹」
宮野のつぶやきを聞いた勇樹は上体をがばっと起こし、宮野の机に手をついた。
「だったらお前が換わってくれよ」
「却下」
「断るにしてももうちょっと言い方があるだろー?」
「却下は却下でしょ」
おお、なんとばっさり。
その後も勇樹はいろいろ言っていたが取り合ってもらえず、背もたれにうなだれた。再起にはしばらくかかりそうだ。
ちらっと宮野に視線をやる。
静かに読書を再開している。勇樹のテンションとはえらい違いだ。
「で、お前は何読んでんの」
想定よりも早く現実を受け入れたらしい勇樹は、宮野に聞く。宮野は本から視線を逸らすことなく、ここを見ろ、というように勇樹に表紙が見えるように本の角度を少し変えた。それに不満を感じる様子もなく、勇樹はタイトルを読み上げると「ふーん、知らない」とつぶやいた。
「面白い?」
「僕は面白いと思う」
「何その言い方」
「だって、君にとって面白いとは限らないから」
「あー、そういう」
それから勇樹はひとしきり話した後、日直だったことを思い出したらしく軽い足取りで教室を出て行った。
それを横目で見送った宮野は本を閉じると一息ついた。
「あ」
その時、本の表紙が見えたのだが、自分も持っている本だったので思わず声が出た。すると、宮野はこちらに視線を向けた。
「なに」
「あー、いや。この本、読んだことあるなーと思って」
「あ、そうなんだ」
「漫画の方も好きなんだよ」
そう言うと宮野は薄く笑った。
「最近アニメ化されて急に注目浴びだしたんだよねー。はじめは読み切りで……」
「そう! 読み切りか何かで見たのがはじめてでさー。連載始まって、単行本出たときはめっちゃうれしかったわ。俺、漫画とかはブームが過ぎた後にはまることが多いんだけど、これはリアルタイムで追っかけてて……」
あ、しまった。最近ドはまりしてる作品で、ついテンションが上がって……
「悪い。話し過ぎた」
しかし宮野は気に障った様子もなく、純粋に驚いている様子だった。
「一条って……漫画とか読む人?」
「あ? ああ。漫画も小説も読むし、アニメも見るぞ。ゲームも好きだし」
「うっそ、マジ?」
宮野は心底驚いたというように言った。
「そういうの、興味ない人だとてっきり」
「いやいやいや。むしろ逆」
「なんかあざ笑いそうだと」
「逆にあざ笑われてきた方だって」
そこまで言うと、少しの沈黙が俺たちの間に広がった。それを破ったのは宮野だった。宮野はおずおずと聞いてきた。
「スマホゲームとかも、やってんの?」
「やってるやってる。最近やってんのは……」
ゲームのタイトルを言うと、宮野は「僕もやってるやつだ……」としみじみつぶやいた。
「期間限定ガチャやってるだろ? でもその前にやってた推しの誕生日ガチャ回しまくって石が足りない」
「分かる~。てかさ、ストーリーの方、最近更新されたでしょ? やった?」
「やったやった。攻略むずいけど、面白かった。賛否両論だけど、俺は好きだわ」
「そうそう! 大体、万人に受ける創作なんて存在しないわけで~」
それからしばらく話が盛り上がり、我に返ったのは勇樹が戻って来て「いつのまに仲良くなったんだ、お前ら」と声をかけられてからのことだった。
いや、飯以外のことでこんなにテンションが上がったのは久しぶりではなかろうか。
こういう時は飯でクールダウンするのがいい。
「さて……」
今日の晩飯も玉ねぎを使う。というか、メインだ。
玉ねぎステーキ。これが結構うまいんだ。でもそれだけだとなんか物足りないのでウインナーも一緒に焼く。
玉ねぎステーキはいろいろと味付けを楽しめるのもいい。今日はにんにく醤油で焼くぞ。
分厚く切った玉ねぎは、肉にも負けない迫力がある。フライパンでウインナーと一緒に焼き、最後にばあちゃんお手製のにんにく醤油を回しかける。ああ、もういい香りだ。
「いただきます」
大きめの玉ねぎを選んで切ったので、焼いても十分でかい。
丸ごとかぶりつきたいが難しい。仕方ない。ちょっとずつ食べよう。
まずは真ん中の方から。ここはほくほくした食感が特徴だ。にんにく丸ごと焼いて食べた時に似た食感ともいえる。甘みが強く、醤油の香ばしさと薫り高いにんにくで白米が進むことこの上ない。
ちょっと外側の方はサクトロッとした感じ。玉ねぎの風味がちょっと分かりやすくなった。それにしても、きれいな層になってんだなあ、玉ねぎって。
ウインナーも食べる。パリッと食感の皮がいい。にんにく醤油で香ばしく、肉のうま味がジュワッと広がる。一緒に焼いて正解だった。
そして一番外側。
ウインナーの肉の風味も移って、一番香り豊かでご飯に合う味になっている。食感はしゃきしゃきしていていい。にんにく醤油をしっかり絡めて、ウインナーと一緒に玉ねぎを食べてみる。うん、最高。みずみずしさと肉の食感がよく合うのだ。
今度はバター醤油でしてみようかなあ。それなら、ジャガイモとか合いそうだ。
「ごちそうさまでした」
翌日の朝は気を付けないと、何も考えずに以前の席に座ってしまいそうになる。
「席替えのやり直しを求める」
そう机に突っ伏して言うのは勇樹だ。まあ、その嘆きも分からんことはない。なにせ教卓の真ん前だからな。で、俺は席はその右隣。そこもまあ、なかなかの席だ。
勇樹はがばっと上体を起こすと、力を込めて言った。
「俺、背が高いから後ろに行った方がいいんじゃないか? な?」
「昨日確認したら、後ろのやつら全員視界良好だったじゃねえか」
「ぐう」
勇樹はうめくと再び机に突っ伏した。その勢いで、後ろの席ががたんと揺れる。勇樹の後ろの席に座る宮野健太は、読んでいた本を閉じるとあきれたような視線を勇樹に向けた。バレー部で、勇樹とは仲がいい。しかしどうしてもバレー部に見えないんだよなあ、こいつ。目立たないし、口数少ないし。運動部より文化部、文化部より帰宅部って感じがする。
正直、席が近くなってやっと認識した感じだ。
「うるさいなあ、勇樹」
宮野のつぶやきを聞いた勇樹は上体をがばっと起こし、宮野の机に手をついた。
「だったらお前が換わってくれよ」
「却下」
「断るにしてももうちょっと言い方があるだろー?」
「却下は却下でしょ」
おお、なんとばっさり。
その後も勇樹はいろいろ言っていたが取り合ってもらえず、背もたれにうなだれた。再起にはしばらくかかりそうだ。
ちらっと宮野に視線をやる。
静かに読書を再開している。勇樹のテンションとはえらい違いだ。
「で、お前は何読んでんの」
想定よりも早く現実を受け入れたらしい勇樹は、宮野に聞く。宮野は本から視線を逸らすことなく、ここを見ろ、というように勇樹に表紙が見えるように本の角度を少し変えた。それに不満を感じる様子もなく、勇樹はタイトルを読み上げると「ふーん、知らない」とつぶやいた。
「面白い?」
「僕は面白いと思う」
「何その言い方」
「だって、君にとって面白いとは限らないから」
「あー、そういう」
それから勇樹はひとしきり話した後、日直だったことを思い出したらしく軽い足取りで教室を出て行った。
それを横目で見送った宮野は本を閉じると一息ついた。
「あ」
その時、本の表紙が見えたのだが、自分も持っている本だったので思わず声が出た。すると、宮野はこちらに視線を向けた。
「なに」
「あー、いや。この本、読んだことあるなーと思って」
「あ、そうなんだ」
「漫画の方も好きなんだよ」
そう言うと宮野は薄く笑った。
「最近アニメ化されて急に注目浴びだしたんだよねー。はじめは読み切りで……」
「そう! 読み切りか何かで見たのがはじめてでさー。連載始まって、単行本出たときはめっちゃうれしかったわ。俺、漫画とかはブームが過ぎた後にはまることが多いんだけど、これはリアルタイムで追っかけてて……」
あ、しまった。最近ドはまりしてる作品で、ついテンションが上がって……
「悪い。話し過ぎた」
しかし宮野は気に障った様子もなく、純粋に驚いている様子だった。
「一条って……漫画とか読む人?」
「あ? ああ。漫画も小説も読むし、アニメも見るぞ。ゲームも好きだし」
「うっそ、マジ?」
宮野は心底驚いたというように言った。
「そういうの、興味ない人だとてっきり」
「いやいやいや。むしろ逆」
「なんかあざ笑いそうだと」
「逆にあざ笑われてきた方だって」
そこまで言うと、少しの沈黙が俺たちの間に広がった。それを破ったのは宮野だった。宮野はおずおずと聞いてきた。
「スマホゲームとかも、やってんの?」
「やってるやってる。最近やってんのは……」
ゲームのタイトルを言うと、宮野は「僕もやってるやつだ……」としみじみつぶやいた。
「期間限定ガチャやってるだろ? でもその前にやってた推しの誕生日ガチャ回しまくって石が足りない」
「分かる~。てかさ、ストーリーの方、最近更新されたでしょ? やった?」
「やったやった。攻略むずいけど、面白かった。賛否両論だけど、俺は好きだわ」
「そうそう! 大体、万人に受ける創作なんて存在しないわけで~」
それからしばらく話が盛り上がり、我に返ったのは勇樹が戻って来て「いつのまに仲良くなったんだ、お前ら」と声をかけられてからのことだった。
いや、飯以外のことでこんなにテンションが上がったのは久しぶりではなかろうか。
こういう時は飯でクールダウンするのがいい。
「さて……」
今日の晩飯も玉ねぎを使う。というか、メインだ。
玉ねぎステーキ。これが結構うまいんだ。でもそれだけだとなんか物足りないのでウインナーも一緒に焼く。
玉ねぎステーキはいろいろと味付けを楽しめるのもいい。今日はにんにく醤油で焼くぞ。
分厚く切った玉ねぎは、肉にも負けない迫力がある。フライパンでウインナーと一緒に焼き、最後にばあちゃんお手製のにんにく醤油を回しかける。ああ、もういい香りだ。
「いただきます」
大きめの玉ねぎを選んで切ったので、焼いても十分でかい。
丸ごとかぶりつきたいが難しい。仕方ない。ちょっとずつ食べよう。
まずは真ん中の方から。ここはほくほくした食感が特徴だ。にんにく丸ごと焼いて食べた時に似た食感ともいえる。甘みが強く、醤油の香ばしさと薫り高いにんにくで白米が進むことこの上ない。
ちょっと外側の方はサクトロッとした感じ。玉ねぎの風味がちょっと分かりやすくなった。それにしても、きれいな層になってんだなあ、玉ねぎって。
ウインナーも食べる。パリッと食感の皮がいい。にんにく醤油で香ばしく、肉のうま味がジュワッと広がる。一緒に焼いて正解だった。
そして一番外側。
ウインナーの肉の風味も移って、一番香り豊かでご飯に合う味になっている。食感はしゃきしゃきしていていい。にんにく醤油をしっかり絡めて、ウインナーと一緒に玉ねぎを食べてみる。うん、最高。みずみずしさと肉の食感がよく合うのだ。
今度はバター醤油でしてみようかなあ。それなら、ジャガイモとか合いそうだ。
「ごちそうさまでした」
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