一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
325 / 855
日常

第三百十三話 ハンバーグプレート

しおりを挟む
 上着を着れば暑いが、脱げばスーッと冷えるような、なんとも着るものに困る季節である。制服はどうしようもないが、最近の私服は、半袖に長袖のパーカーを着る感じで落ち着いている。

「よし、行ってきます」

「わうっ」

 休日の朝、早めに家を出て向かう先は電車の駅。

 しかし腹減ったなあ。何せ朝飯がまだなのだ。食べる時間がなかったとか、買い物を忘れていたとかそういうことではない。今日はちょっとした目的があるのだ。

 図書館からは少し歩くが、ハンバーグの専門店がある。専門店といってもファミレス然としていて、家族連れ率が高い。そこそこのお値段なのでなかなか行く機会はないのだが、なんでも最近、モーニングが始まったらしい。

 そのセットメニューがちょっと安いんだよ。これは、と思って行くことにした。ついでに借りていた本もあるので図書館にも寄る。開館前だが返すだけなので入り口のブックポストに入れりゃいいだけだ。

 うまい飯は空腹で食うに限る。

 楽しみだなあ。



「さて……」

 早朝の図書館付近は実に人通りが少ない。ほんとにこの町には人が住んでいるのか、近くに駅があるのか、と疑問に思うほどだ。時折民家から聞こえてくるテレビの音声だったり、アーケードの店のシャッターが薄く開いた奥から光がこぼれていたり、そういうのを聞いたり見たりすると、人がいるんだなあと実感する。

 観光地らしい町並みも嫌いじゃないが、そこに住む人たちの生活圏内を行く方が好きかもしれない。自分が住んでいる空間に似ているようで少し違う、その感覚がなんともいえない。

「腹減ったぁ……」

 何か一口でもつまんでおくべきだったか。

 すでに活動を開始した、いや、夜からずっと動き続けているのであろう大通りに出て、車のエンジン音に紛れ込ませるようにため息をつく。

 バスに乗り込み、いざ、目的地へ。

 ……しかし、時々見えるコンビニが、ひどく愛おしく見えるのは空腹のせいか。

 ポテト増量中、新商品のパフェ、中華フェア……

「人少ないな」

 今こそ買いどきではなかろうか。いやいや、でも、今日はハンバーグを食べると決めたんだから、もう少しの我慢だ。

 店で頼むかどうか悩んでいたポテト、絶対頼んでやると決めた。

 活気のある通りには、動物園や青少年科学館、テニスコートにでかい体育館や野球場まである。まあ、その分、飯食う場所も多いので、誘惑が……

「ん?」

 動物園の近くを通ったとき、つんざくような衝撃音が聞こえた。連続して鳴るそれは、三回目あたりで、鳥の鳴き声だと気づいた。

「朝から元気だなあ……」

 テニスコートには数人、人が集まっている。何かの大会があるらしい。テントがいくつも出ていて、車も何台も止まっていた。あの車、テレビ局のマークが付いてる。中継とかやんのかな。そんなイベント、こんなとこでやってたんだ。

 体育館は体育館で、そろいの服を着た、ちびっこどもが集まっている。引率の大人が大変そうだ。

 野球場も使われるみたいだ。甲子園の予選とかもここでやるんだったかな。うちの学校も、前に野球部がいいとこまでいったって聞いたことがある。決勝戦は学校総出で応援に行かないといけないのだとか。課外はつぶれるが、炎天下で数時間、応援しなきゃいけないのはしんどそうだ。どっちがいいんだろうなあ。

 花見に来た公園も、すぐそばにある。最近までつつじが満開だったらしいけど、今はすっかり緑だ。

 今はまだ開店準備中の大型ショッピングモールの前を通りかかる。こういう人が少ない時間帯に行ってみたい。貸し切り状態のショッピングモールって、どんな感じだろう。非現実的な空間にはちょっとあこがれがある。

 目的地のちょっと手前のバス停で降りる。

 映画館前のバス停である。ここで降りる人も結構多い。ゲームセンターも併設された結構大きな映画館だ。上映されていない作品も結構あるけど。

 ここからは少し歩く。

 途中、中華料理店の前を行ったが、仕込みの途中であろう香ばしい香りが漂ってきて少しめまいがした。空腹にはなかなかの刺激だ。しかしここでこと切れるわけにはいかない。目的地はすぐそこだ。

「着いた」

 ものの数分の距離がひどく長く感じられた。

「いらっしゃいませ」

 満席といえるまではないが、それなりに客の姿がある。

 通されたのは窓際のボックス席。人が少ない時間帯の特権だ。

「メニューは……」

 あった、これだ。木枠がはまってるやつ。自立できるメニュー。重くて、ちょっとした凶器にもなりそうである。

 まずはポテト、それに、ハンバーグは……パイナップルトッピングとか気になるんだよなあ。目玉焼きも捨てがたい。でも、ここは、シンプルにいこう。

「すみません」

「お決まりですか?」

「ハンバーグプレートと、ポテトをください」

「セットは洋風と和風、どちらになさいますか?」

「えーっと……和風で」

「かしこまりました」

 店員が去った後、しばらくして厨房からじゅーっという音が聞こえてきた。もうワクワクする。

「おまたせしました」

 きたきた。

 ここのハンバーグは基本ワンプレートなんだよな。ご飯、サラダも一緒にのっている。そしてポテト。揚げたてみたいだ。

「いただきます」

 まずはやっぱりハンバーグから。

 しっかりと箸に伝わる感覚。でも、中はふわふわだ。ソースは和風醤油。

「あー……うまい」

 まず感じるのは香ばしい醤油の風味、そして、肉汁。ソースが肉のうま味を押し上げ、ふわふわでありながらしっかりとした食感の肉はとてつもなく香ばしい。腹が減ってたから、というのもあるが、熱々でうまいなあ。

 ポテトも揚げたてのうちに。この店特製のスパイスがかかっている。鼻に抜ける香りが何となくコンソメっぽい。サクサク、ほくほくで手が止まらん。

 サラダはごまドレッシング。ミルキーな口当たりは市販品ではないのだろうということが窺い知れる。ごまの香りも香ばしい。上にチョンとのったプチトマト、大根、ニンジン、キャベツの彩り豊かなサラダだ。

 ご飯も温かい。ハンバーグがのっていた部分には香ばしさと肉汁のうま味が染みていておいしい。

 セットのみそ汁も出汁がいい。わかめと巻き麩というシンプルな具材がほっとする。

 やっぱハンバーグうまいなあ。ご飯と合わせるともう幸せである。

 皿の上にあふれ出した肉汁に浸しながらハンバーグを口にする。熱々から、ほんのりぬくいぐらいになったハンバーグは食べやすい。口いっぱいにハンバーグとご飯があるうれしさたるや。

 こんな贅沢してていいのかな、とも思うが、たまにはいいだろう。こういう朝ごはんも最高だ。

 だいぶしんどかったが、空腹を我慢していてよかった。

 また来よう。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...