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日常
番外編 井上咲良のつまみ食い②
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「なあ、お前さ。一条と仲いいよな」
暇つぶしに教室で天井のシミの数を数えていたら唐突に声をかけられた。えっと、いくつあったかな。まあいいや、大したことじゃない。
「は? 何?」
目の前にいる二人はクラスでちょくちょく話をするやつ。運動部に所属しているらしくて、片方は最近彼女ができてもう片方は中学以来の彼女と最近別れたんだとか。みんなよくやるよなあ、と思う。
「だから、一条だって。二組? 三組だっけ?」
「あー、二組」
「そうそう」
「まあ、仲いいな」
「あいつさあ、どんな感じ?」
最近彼女と別れた方が面白半分に聞いてくる。どんなって、どういうことだよ。
「なんかとっつきにくそうっていうかさ、無表情だし」
「そうそう。いつも一人でいるよなあ」
こいつらは深いことを聞いてきているわけではないのだというのはよく分かる。まあ、第一印象、俺もそんな感じだったし。
「何で急に?」
そう聞けば二人は視線を交わし、今度は彼女がいる方が聞いてきた。
「いや、なんとなく。さっきすれ違ってふと思って」
「ふーん」
あ、そういや今日食堂だって言い忘れてた。時計に視線をやる。うん、まだ時間に余裕はあるな。
二組に向かうために立ち上がる。二人は一歩引いて道を開けてくれた。
「俺は一緒にいて楽しいぜ」
笑ってそう言えば、二人はそれ以上何も聞いてこなかった。その代わり「授業遅れんなよ」と忠告してくれた。
「おー。すぐ戻る」
初夏の廊下は眩しい。日差しのせいもあるだろうが、制服が軒並み夏服になり始めたというのもあるだろう。真っ白なシャツは見ていると目がちらちらする。
「お、いたいた」
春都は教科書とノート一式、それと筆箱を持ってロッカーにもたれかかっていた。
「はーるとー」
「ん?」
ぼーっとどこかを見つめているようないないような目が俺に焦点を合わせると、少しだけ細くなる。
「咲良か」
「目ぇ悪いのか?」
「いや。なんでだ?」
「細めてたし」
そう言うと春都は「ああ……」と眉間をもんだ。
「癖みたいなもんだ。気にするな」
「ふーん、そう? あ、そうだ。今日俺、学食」
「分かった。廊下で待っておく」
春都はそう言って視線を三組の方にやった。人がごった返す教室を確認して、一つ息をつく。
「次、三組で?」
「あー。なんか最近クラス分けがあった。習熟度別ってやつ。めんどくさい……」
それはもう心底そう感じているというように言う。
こいつ、とっつきにくいように見えるけど、話してみると案外おもしれえやつなんだよなあ。冗談も通じるし、アニメとか漫画とかゲームとかも好きだし、めっちゃ飯食うし。それは関係ないか?
「……なんだ、急に黙るな」
「理不尽~俺だって黙る時ぐらいありますー」
「そうか?」
そう言うと、春都はいたずらっぽく笑った。
「普段やかましいお前が黙ると、一気に静かになるな」
「やかましい、じゃなくて、賑やかと言ってくれ」
春都はふっと微笑むと腕時計に視線をやった。
「お前、次の授業はいいのか? 遅れるぞ」
「あー。そっか、授業まだあるんだった。すっかり忘れてた」
「なんだよそれ。さっきまで次の授業の話してただろ」
「やる気ないんだよ。そんなことより飯が食いたい」
そうロッカーにうなだれて言えば、春都はあきれたように眉を下げて笑った。
「あと一時間だろ。耐えろ」
「無理~」
「無理でもなんでも乗り越えろ。俺だって腹減ってる」
と、言った矢先、春都の腹が鳴った。姿勢を立て直して春都の方を見れば、春都は複雑そうな表情でぎこちなく視線をそらした。
「……確かに」
「うるさい」
「廊下かなり騒がしいけど、はっきり聞こえたぞ」
春都は腹のあたりをさする、というかぐりぐりと押す。
「……今日は間食する暇がなかったんだよ」
決まり悪そうに言う春都。この時間まで間食無しはつらくないか。
「じゃあ、これやるよ。手ぇだせ」
「……なんだこれは」
「チューイングキャンディ、コーラ味。百均で見つけて大量買いした」
手のひらにそれをのせてやると、春都はまじまじと見つめた後「悪いな」とこちらに視線を向けた。
「助かる」
「まあ、余計に腹が減るかもな」
「おい」
口ではそう厳しく突っ込むが、春都は楽し気に笑っていた。
昼飯はいつも通りかつ丼だ。別のモンも食ってみたいと思いながら、結局ここに落ち着くんだ。
「いただきます」
春都は今日も手作り弁当だ。すごいよなあ。
「あ、俺らも習熟度別のクラスになったぞ。国語」
「理系もか」
ここのかつ丼はいつ食ってもうまい。しんなりしているような、サクサクなような衣と脂身多めのカツがうまい。運が良ければ一切れおまけとかしてもらえる。
「なんか他の教科もやるらしい。移動が面倒になるなあ」
「体育の後とかな」
「そーなんだよ。遅れるとめっちゃ怒られるし、かといって廊下走れないし?」
体育、あ。そういや次の時間体育だったな。
「体育で思い出した。飲み物買わねえと」
今朝買ったペットボトルのお茶がなくなったんだよな。小さいのじゃなくて大きいの買っときゃよかった。
「あー、それなら後で俺が買う」
「へ?」
向かいに座った春都は当然というように言ったものだ。
「さっきの礼だ。おかげで腹を鳴らさずに済んだ」
なんとも律儀な。春都らしい。
「じゃ、ありがたく。なににしよっかなー」
「お前いっつも甘いの買うよな」
「だってうまいじゃん?」
刺激的なことがあるわけでも、不思議なことが起きるわけでもない。この何気ない会話が楽しいんだよなあ。気負わなくていいっていうかさ。
「飲んでみるか? 新作のカフェオレ。甘いぞ」
「考えとく」
好みも絶対に一緒ってわけじゃないけど、それでも話してて楽しいし。
こういうのがいいんだ、俺はな。
「ごちそうさまでした」
暇つぶしに教室で天井のシミの数を数えていたら唐突に声をかけられた。えっと、いくつあったかな。まあいいや、大したことじゃない。
「は? 何?」
目の前にいる二人はクラスでちょくちょく話をするやつ。運動部に所属しているらしくて、片方は最近彼女ができてもう片方は中学以来の彼女と最近別れたんだとか。みんなよくやるよなあ、と思う。
「だから、一条だって。二組? 三組だっけ?」
「あー、二組」
「そうそう」
「まあ、仲いいな」
「あいつさあ、どんな感じ?」
最近彼女と別れた方が面白半分に聞いてくる。どんなって、どういうことだよ。
「なんかとっつきにくそうっていうかさ、無表情だし」
「そうそう。いつも一人でいるよなあ」
こいつらは深いことを聞いてきているわけではないのだというのはよく分かる。まあ、第一印象、俺もそんな感じだったし。
「何で急に?」
そう聞けば二人は視線を交わし、今度は彼女がいる方が聞いてきた。
「いや、なんとなく。さっきすれ違ってふと思って」
「ふーん」
あ、そういや今日食堂だって言い忘れてた。時計に視線をやる。うん、まだ時間に余裕はあるな。
二組に向かうために立ち上がる。二人は一歩引いて道を開けてくれた。
「俺は一緒にいて楽しいぜ」
笑ってそう言えば、二人はそれ以上何も聞いてこなかった。その代わり「授業遅れんなよ」と忠告してくれた。
「おー。すぐ戻る」
初夏の廊下は眩しい。日差しのせいもあるだろうが、制服が軒並み夏服になり始めたというのもあるだろう。真っ白なシャツは見ていると目がちらちらする。
「お、いたいた」
春都は教科書とノート一式、それと筆箱を持ってロッカーにもたれかかっていた。
「はーるとー」
「ん?」
ぼーっとどこかを見つめているようないないような目が俺に焦点を合わせると、少しだけ細くなる。
「咲良か」
「目ぇ悪いのか?」
「いや。なんでだ?」
「細めてたし」
そう言うと春都は「ああ……」と眉間をもんだ。
「癖みたいなもんだ。気にするな」
「ふーん、そう? あ、そうだ。今日俺、学食」
「分かった。廊下で待っておく」
春都はそう言って視線を三組の方にやった。人がごった返す教室を確認して、一つ息をつく。
「次、三組で?」
「あー。なんか最近クラス分けがあった。習熟度別ってやつ。めんどくさい……」
それはもう心底そう感じているというように言う。
こいつ、とっつきにくいように見えるけど、話してみると案外おもしれえやつなんだよなあ。冗談も通じるし、アニメとか漫画とかゲームとかも好きだし、めっちゃ飯食うし。それは関係ないか?
「……なんだ、急に黙るな」
「理不尽~俺だって黙る時ぐらいありますー」
「そうか?」
そう言うと、春都はいたずらっぽく笑った。
「普段やかましいお前が黙ると、一気に静かになるな」
「やかましい、じゃなくて、賑やかと言ってくれ」
春都はふっと微笑むと腕時計に視線をやった。
「お前、次の授業はいいのか? 遅れるぞ」
「あー。そっか、授業まだあるんだった。すっかり忘れてた」
「なんだよそれ。さっきまで次の授業の話してただろ」
「やる気ないんだよ。そんなことより飯が食いたい」
そうロッカーにうなだれて言えば、春都はあきれたように眉を下げて笑った。
「あと一時間だろ。耐えろ」
「無理~」
「無理でもなんでも乗り越えろ。俺だって腹減ってる」
と、言った矢先、春都の腹が鳴った。姿勢を立て直して春都の方を見れば、春都は複雑そうな表情でぎこちなく視線をそらした。
「……確かに」
「うるさい」
「廊下かなり騒がしいけど、はっきり聞こえたぞ」
春都は腹のあたりをさする、というかぐりぐりと押す。
「……今日は間食する暇がなかったんだよ」
決まり悪そうに言う春都。この時間まで間食無しはつらくないか。
「じゃあ、これやるよ。手ぇだせ」
「……なんだこれは」
「チューイングキャンディ、コーラ味。百均で見つけて大量買いした」
手のひらにそれをのせてやると、春都はまじまじと見つめた後「悪いな」とこちらに視線を向けた。
「助かる」
「まあ、余計に腹が減るかもな」
「おい」
口ではそう厳しく突っ込むが、春都は楽し気に笑っていた。
昼飯はいつも通りかつ丼だ。別のモンも食ってみたいと思いながら、結局ここに落ち着くんだ。
「いただきます」
春都は今日も手作り弁当だ。すごいよなあ。
「あ、俺らも習熟度別のクラスになったぞ。国語」
「理系もか」
ここのかつ丼はいつ食ってもうまい。しんなりしているような、サクサクなような衣と脂身多めのカツがうまい。運が良ければ一切れおまけとかしてもらえる。
「なんか他の教科もやるらしい。移動が面倒になるなあ」
「体育の後とかな」
「そーなんだよ。遅れるとめっちゃ怒られるし、かといって廊下走れないし?」
体育、あ。そういや次の時間体育だったな。
「体育で思い出した。飲み物買わねえと」
今朝買ったペットボトルのお茶がなくなったんだよな。小さいのじゃなくて大きいの買っときゃよかった。
「あー、それなら後で俺が買う」
「へ?」
向かいに座った春都は当然というように言ったものだ。
「さっきの礼だ。おかげで腹を鳴らさずに済んだ」
なんとも律儀な。春都らしい。
「じゃ、ありがたく。なににしよっかなー」
「お前いっつも甘いの買うよな」
「だってうまいじゃん?」
刺激的なことがあるわけでも、不思議なことが起きるわけでもない。この何気ない会話が楽しいんだよなあ。気負わなくていいっていうかさ。
「飲んでみるか? 新作のカフェオレ。甘いぞ」
「考えとく」
好みも絶対に一緒ってわけじゃないけど、それでも話してて楽しいし。
こういうのがいいんだ、俺はな。
「ごちそうさまでした」
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