一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第三百二話 餃子

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 朝比奈の家が立派だと言っていたが、咲良の家もなかなかのものではなかろうか。

 どっしりした日本家屋にでっかい納屋、庭もあるし、車を二台停めても余裕のある玄関先である。

「立派な家だねぇ」

 一緒に来た観月は楽しげに言った。

 これまた立派な玄関先で、インターホンを押そうとしたときである。

「やばいやばい、遅れる! もー、なんで兄ちゃん時間教えてくんないの!」

「お前の待ち合わせの時間とか聞いてねえし」

「察してよ!」

「そんな無茶な。エスパーじゃねえんだから」

 玄関で言い争う声が聞こえ、思わずインターホンから手を遠ざける。と、勢いよく玄関が開いて、小柄な少女が飛び出してきた。

「あ、ごめんなさい!」

 少女はこちらをじっと見た後、ぺこりと頭を下げ、黒髪をなびかせて走って行ってしまった。それを見送ってから、咲良は苦笑した。

「あれ、妹の鈴香」

「井上って妹いたんだ」

 観月が聞けば、咲良は頷いて答えた。

「慌ただしいやつだろ? 今日も友達と遊ぶ約束してたってのに、寝坊してんの。その責任を俺に擦り付けようとしてくんだから参ったよ」

 まあ上がれよ、と咲良は言った。外観だけでなく、内装もなかなかのものである。

「お、来た来た」

 どうやら守本と勇樹は先に来ていたらしい。客間らしい広い一室には重々しいテーブル、その上には真新しいホットプレートがのっていた。

「朝比奈たちは少し遅れるってさ」

「あ、そう」

 観月と勇樹は初対面なのだが、お互いのコミュニケーション能力の高さで、何とかうまくいきそうである。守本もすっかりなじんでいるようだ。

「じゃ、さっそく作る?」

 と、咲良がワクワクした様子でこちらを向いた。

「そうだな。結構な量になるぞ」

「朝比奈たちは待たなくていいのか?」

 守本が聞くが、その必要はないだろう。

「大丈夫。あいつらが来るまでに終わることはない」

「そんなに……?」

 結構な量のタネを保冷剤とともに持参したので、かなり重かった。キャベツたっぷりでボリュームある。皮は取りやすいように袋を開いて、水だけは咲良に準備してもらった。

「餃子って久々作るなあ」

 と、勇樹が楽しそうに言い、さっそく皮を手に取った。

「ひだ作るの難しいな」

「なぁ、どーよこれ。俺結構、上手じゃね?」

「餃子は作れるのか? 守本」

「その日の調子によるね」

「おっ、僕のなかなか売り物みたいじゃない?」

 タネが半分ほどになったところで朝比奈と百瀬が来た。

「やってんねー」

 百瀬は「これ、お土産~」と、ジュースを箱ごと持ってきた。中身は全部オレンジジュースらしい。

「親の職場でさぁ、買わなきゃいけないんだって。でもうちだけじゃ消費しきれないから手伝って」

 朝比奈と百瀬も加わって、餃子づくりはさらにはかどった。

「円盤型作っていい?」

 と聞きながら、咲良はすでに円盤型餃子を作り始めている。

「手作り餃子って、変わった形作りたくなるよな~」

「別に何でもいいけど、食える形にしろよ」

「え、朝比奈すげー。何それ?」

 勇樹の声に朝比奈の方を見れば、その手にはずいぶん華やかな形の餃子がのっていた。

「……花にしてみた」

 当然、咲良が興味を示す。

「どうやってやんのそれ! 俺もやる!」

「えー……なんて説明すりゃいいんだ」

 他にも朝比奈は小籠包みたいな形やら、三角やら丸やら作っていく。

 器用なもんだなあ。

「おし、できたな」

 ホットプレートに並べてみれば、それはもう壮観であった。

 水を入れてふたをして、焼きあがるまでしばし待つ。百瀬が持ってきたオレンジジュースは甘すぎず、酸味が爽やかで、結構ぐいぐい飲めた。

「課題どこまで終わったよ?」

 勇樹の問いに、ほとんどは「まあ、半分程度」という答えであった。何なら全員、一応課題を持って来ているようだ。しかし、若干一名、答えのないやつがいる。

「咲良」

「いや~、みんな優秀だなあ。俺なんか、四分の一? 終わったかな?」

「威張って言うことじゃない」

「あ、ほら、そろそろ焼けたんじゃないか! 餃子は焼きたてのうちに食うのがうまいよな~!」

 話をそらしたなこいつ。まあ、別にいいけど。確かに食べごろだし。

「じゃ、いただきまーす」

 蒸気が熱い。一つ切り離して、ポン酢で食べてみる。

 焦げ目よりもちっとした部分の多い皮である。しかしわずかな焦げ目は香ばしく、肉だねもいい味だ。肉のうま味はもちろん、キャベツのジューシーな甘みがおいしい。なるほど、キャベツたっぷりの餃子もいいものだなあ。

 たっぷりにんにく……というほど入れてはいないが、程よい風味で食欲が増進される。

「うまいなー。あ、俺が作った円盤、誰も食うなよー」

 咲良が作った円盤餃子を中心に、朝比奈の花型餃子が並んでいる。ものすごく奇妙な光景だが、いい感じに焦げ目がついてうまそうだ。

「花、気になるな。もらっていいか」

「いっぱい咲いてるから食っていいぞ」

「あはは、じゃあ僕も」

 形が違うだけで何となく味に違いを感じるのは何だ。やっぱたれの絡まり方とか、火の通り方、食感が違うからだろうか。なんとなくジューシーさが増している気がしなくもない。

「これ肉はみだしてる」

 と、勇樹が持ち上げた餃子は確かに餃子の体をなしていなかった。

「あ、それ俺だわ。まあ、味に問題はないでしょ」

 それはどうやら守本作だったらしい。なるほど、今日は調子が悪かったか。

「このキャンディ型、誰の?」

 観月が見つめる先には、両側をねじった形の餃子が鎮座していた、

「あ、それ俺~」

 それは百瀬が作ったものだったようだ。

「性格出るなあ」

 変わった形といえば円盤、と思っていたので俺は円盤型か普通の形しか作っていない。

 円盤は皮がパリッパリなところがいいんだよな。肉だねにたどり着くまでに時間はかかるが、香ばしさが増してうまい。

 たっぷりの餃子も、これだけの人数でかかればあっという間だ。

「余るかと思ったんだがなあ……」

 さっきまで餃子の山ができていた皿はすっからかんだ。ホットプレートの上も、もうあと数えるだけしか残っていない。

「これ食ったら何するよ」

 勇樹の言葉に答えたのは咲良だった。

「まー、のんびりしようぜ」

 その言葉には全面的に賛成だったが、こいつにはやるべきことがあるだろう。

「一息ついたら勉強だな」

「なにっ」

 不服そうではあったが、こいつも一応危機感というものがあるのだろう。

 全員の視線を一身に受けた咲良は「……分かったよ」と仕方なく了承した。その様子に、誰からともなく笑いだしたのだった。



「ごちそうさまでした」

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