313 / 846
日常
第三百二話 餃子
しおりを挟む
朝比奈の家が立派だと言っていたが、咲良の家もなかなかのものではなかろうか。
どっしりした日本家屋にでっかい納屋、庭もあるし、車を二台停めても余裕のある玄関先である。
「立派な家だねぇ」
一緒に来た観月は楽しげに言った。
これまた立派な玄関先で、インターホンを押そうとしたときである。
「やばいやばい、遅れる! もー、なんで兄ちゃん時間教えてくんないの!」
「お前の待ち合わせの時間とか聞いてねえし」
「察してよ!」
「そんな無茶な。エスパーじゃねえんだから」
玄関で言い争う声が聞こえ、思わずインターホンから手を遠ざける。と、勢いよく玄関が開いて、小柄な少女が飛び出してきた。
「あ、ごめんなさい!」
少女はこちらをじっと見た後、ぺこりと頭を下げ、黒髪をなびかせて走って行ってしまった。それを見送ってから、咲良は苦笑した。
「あれ、妹の鈴香」
「井上って妹いたんだ」
観月が聞けば、咲良は頷いて答えた。
「慌ただしいやつだろ? 今日も友達と遊ぶ約束してたってのに、寝坊してんの。その責任を俺に擦り付けようとしてくんだから参ったよ」
まあ上がれよ、と咲良は言った。外観だけでなく、内装もなかなかのものである。
「お、来た来た」
どうやら守本と勇樹は先に来ていたらしい。客間らしい広い一室には重々しいテーブル、その上には真新しいホットプレートがのっていた。
「朝比奈たちは少し遅れるってさ」
「あ、そう」
観月と勇樹は初対面なのだが、お互いのコミュニケーション能力の高さで、何とかうまくいきそうである。守本もすっかりなじんでいるようだ。
「じゃ、さっそく作る?」
と、咲良がワクワクした様子でこちらを向いた。
「そうだな。結構な量になるぞ」
「朝比奈たちは待たなくていいのか?」
守本が聞くが、その必要はないだろう。
「大丈夫。あいつらが来るまでに終わることはない」
「そんなに……?」
結構な量のタネを保冷剤とともに持参したので、かなり重かった。キャベツたっぷりでボリュームある。皮は取りやすいように袋を開いて、水だけは咲良に準備してもらった。
「餃子って久々作るなあ」
と、勇樹が楽しそうに言い、さっそく皮を手に取った。
「ひだ作るの難しいな」
「なぁ、どーよこれ。俺結構、上手じゃね?」
「餃子は作れるのか? 守本」
「その日の調子によるね」
「おっ、僕のなかなか売り物みたいじゃない?」
タネが半分ほどになったところで朝比奈と百瀬が来た。
「やってんねー」
百瀬は「これ、お土産~」と、ジュースを箱ごと持ってきた。中身は全部オレンジジュースらしい。
「親の職場でさぁ、買わなきゃいけないんだって。でもうちだけじゃ消費しきれないから手伝って」
朝比奈と百瀬も加わって、餃子づくりはさらにはかどった。
「円盤型作っていい?」
と聞きながら、咲良はすでに円盤型餃子を作り始めている。
「手作り餃子って、変わった形作りたくなるよな~」
「別に何でもいいけど、食える形にしろよ」
「え、朝比奈すげー。何それ?」
勇樹の声に朝比奈の方を見れば、その手にはずいぶん華やかな形の餃子がのっていた。
「……花にしてみた」
当然、咲良が興味を示す。
「どうやってやんのそれ! 俺もやる!」
「えー……なんて説明すりゃいいんだ」
他にも朝比奈は小籠包みたいな形やら、三角やら丸やら作っていく。
器用なもんだなあ。
「おし、できたな」
ホットプレートに並べてみれば、それはもう壮観であった。
水を入れてふたをして、焼きあがるまでしばし待つ。百瀬が持ってきたオレンジジュースは甘すぎず、酸味が爽やかで、結構ぐいぐい飲めた。
「課題どこまで終わったよ?」
勇樹の問いに、ほとんどは「まあ、半分程度」という答えであった。何なら全員、一応課題を持って来ているようだ。しかし、若干一名、答えのないやつがいる。
「咲良」
「いや~、みんな優秀だなあ。俺なんか、四分の一? 終わったかな?」
「威張って言うことじゃない」
「あ、ほら、そろそろ焼けたんじゃないか! 餃子は焼きたてのうちに食うのがうまいよな~!」
話をそらしたなこいつ。まあ、別にいいけど。確かに食べごろだし。
「じゃ、いただきまーす」
蒸気が熱い。一つ切り離して、ポン酢で食べてみる。
焦げ目よりもちっとした部分の多い皮である。しかしわずかな焦げ目は香ばしく、肉だねもいい味だ。肉のうま味はもちろん、キャベツのジューシーな甘みがおいしい。なるほど、キャベツたっぷりの餃子もいいものだなあ。
たっぷりにんにく……というほど入れてはいないが、程よい風味で食欲が増進される。
「うまいなー。あ、俺が作った円盤、誰も食うなよー」
咲良が作った円盤餃子を中心に、朝比奈の花型餃子が並んでいる。ものすごく奇妙な光景だが、いい感じに焦げ目がついてうまそうだ。
「花、気になるな。もらっていいか」
「いっぱい咲いてるから食っていいぞ」
「あはは、じゃあ僕も」
形が違うだけで何となく味に違いを感じるのは何だ。やっぱたれの絡まり方とか、火の通り方、食感が違うからだろうか。なんとなくジューシーさが増している気がしなくもない。
「これ肉はみだしてる」
と、勇樹が持ち上げた餃子は確かに餃子の体をなしていなかった。
「あ、それ俺だわ。まあ、味に問題はないでしょ」
それはどうやら守本作だったらしい。なるほど、今日は調子が悪かったか。
「このキャンディ型、誰の?」
観月が見つめる先には、両側をねじった形の餃子が鎮座していた、
「あ、それ俺~」
それは百瀬が作ったものだったようだ。
「性格出るなあ」
変わった形といえば円盤、と思っていたので俺は円盤型か普通の形しか作っていない。
円盤は皮がパリッパリなところがいいんだよな。肉だねにたどり着くまでに時間はかかるが、香ばしさが増してうまい。
たっぷりの餃子も、これだけの人数でかかればあっという間だ。
「余るかと思ったんだがなあ……」
さっきまで餃子の山ができていた皿はすっからかんだ。ホットプレートの上も、もうあと数えるだけしか残っていない。
「これ食ったら何するよ」
勇樹の言葉に答えたのは咲良だった。
「まー、のんびりしようぜ」
その言葉には全面的に賛成だったが、こいつにはやるべきことがあるだろう。
「一息ついたら勉強だな」
「なにっ」
不服そうではあったが、こいつも一応危機感というものがあるのだろう。
全員の視線を一身に受けた咲良は「……分かったよ」と仕方なく了承した。その様子に、誰からともなく笑いだしたのだった。
「ごちそうさまでした」
どっしりした日本家屋にでっかい納屋、庭もあるし、車を二台停めても余裕のある玄関先である。
「立派な家だねぇ」
一緒に来た観月は楽しげに言った。
これまた立派な玄関先で、インターホンを押そうとしたときである。
「やばいやばい、遅れる! もー、なんで兄ちゃん時間教えてくんないの!」
「お前の待ち合わせの時間とか聞いてねえし」
「察してよ!」
「そんな無茶な。エスパーじゃねえんだから」
玄関で言い争う声が聞こえ、思わずインターホンから手を遠ざける。と、勢いよく玄関が開いて、小柄な少女が飛び出してきた。
「あ、ごめんなさい!」
少女はこちらをじっと見た後、ぺこりと頭を下げ、黒髪をなびかせて走って行ってしまった。それを見送ってから、咲良は苦笑した。
「あれ、妹の鈴香」
「井上って妹いたんだ」
観月が聞けば、咲良は頷いて答えた。
「慌ただしいやつだろ? 今日も友達と遊ぶ約束してたってのに、寝坊してんの。その責任を俺に擦り付けようとしてくんだから参ったよ」
まあ上がれよ、と咲良は言った。外観だけでなく、内装もなかなかのものである。
「お、来た来た」
どうやら守本と勇樹は先に来ていたらしい。客間らしい広い一室には重々しいテーブル、その上には真新しいホットプレートがのっていた。
「朝比奈たちは少し遅れるってさ」
「あ、そう」
観月と勇樹は初対面なのだが、お互いのコミュニケーション能力の高さで、何とかうまくいきそうである。守本もすっかりなじんでいるようだ。
「じゃ、さっそく作る?」
と、咲良がワクワクした様子でこちらを向いた。
「そうだな。結構な量になるぞ」
「朝比奈たちは待たなくていいのか?」
守本が聞くが、その必要はないだろう。
「大丈夫。あいつらが来るまでに終わることはない」
「そんなに……?」
結構な量のタネを保冷剤とともに持参したので、かなり重かった。キャベツたっぷりでボリュームある。皮は取りやすいように袋を開いて、水だけは咲良に準備してもらった。
「餃子って久々作るなあ」
と、勇樹が楽しそうに言い、さっそく皮を手に取った。
「ひだ作るの難しいな」
「なぁ、どーよこれ。俺結構、上手じゃね?」
「餃子は作れるのか? 守本」
「その日の調子によるね」
「おっ、僕のなかなか売り物みたいじゃない?」
タネが半分ほどになったところで朝比奈と百瀬が来た。
「やってんねー」
百瀬は「これ、お土産~」と、ジュースを箱ごと持ってきた。中身は全部オレンジジュースらしい。
「親の職場でさぁ、買わなきゃいけないんだって。でもうちだけじゃ消費しきれないから手伝って」
朝比奈と百瀬も加わって、餃子づくりはさらにはかどった。
「円盤型作っていい?」
と聞きながら、咲良はすでに円盤型餃子を作り始めている。
「手作り餃子って、変わった形作りたくなるよな~」
「別に何でもいいけど、食える形にしろよ」
「え、朝比奈すげー。何それ?」
勇樹の声に朝比奈の方を見れば、その手にはずいぶん華やかな形の餃子がのっていた。
「……花にしてみた」
当然、咲良が興味を示す。
「どうやってやんのそれ! 俺もやる!」
「えー……なんて説明すりゃいいんだ」
他にも朝比奈は小籠包みたいな形やら、三角やら丸やら作っていく。
器用なもんだなあ。
「おし、できたな」
ホットプレートに並べてみれば、それはもう壮観であった。
水を入れてふたをして、焼きあがるまでしばし待つ。百瀬が持ってきたオレンジジュースは甘すぎず、酸味が爽やかで、結構ぐいぐい飲めた。
「課題どこまで終わったよ?」
勇樹の問いに、ほとんどは「まあ、半分程度」という答えであった。何なら全員、一応課題を持って来ているようだ。しかし、若干一名、答えのないやつがいる。
「咲良」
「いや~、みんな優秀だなあ。俺なんか、四分の一? 終わったかな?」
「威張って言うことじゃない」
「あ、ほら、そろそろ焼けたんじゃないか! 餃子は焼きたてのうちに食うのがうまいよな~!」
話をそらしたなこいつ。まあ、別にいいけど。確かに食べごろだし。
「じゃ、いただきまーす」
蒸気が熱い。一つ切り離して、ポン酢で食べてみる。
焦げ目よりもちっとした部分の多い皮である。しかしわずかな焦げ目は香ばしく、肉だねもいい味だ。肉のうま味はもちろん、キャベツのジューシーな甘みがおいしい。なるほど、キャベツたっぷりの餃子もいいものだなあ。
たっぷりにんにく……というほど入れてはいないが、程よい風味で食欲が増進される。
「うまいなー。あ、俺が作った円盤、誰も食うなよー」
咲良が作った円盤餃子を中心に、朝比奈の花型餃子が並んでいる。ものすごく奇妙な光景だが、いい感じに焦げ目がついてうまそうだ。
「花、気になるな。もらっていいか」
「いっぱい咲いてるから食っていいぞ」
「あはは、じゃあ僕も」
形が違うだけで何となく味に違いを感じるのは何だ。やっぱたれの絡まり方とか、火の通り方、食感が違うからだろうか。なんとなくジューシーさが増している気がしなくもない。
「これ肉はみだしてる」
と、勇樹が持ち上げた餃子は確かに餃子の体をなしていなかった。
「あ、それ俺だわ。まあ、味に問題はないでしょ」
それはどうやら守本作だったらしい。なるほど、今日は調子が悪かったか。
「このキャンディ型、誰の?」
観月が見つめる先には、両側をねじった形の餃子が鎮座していた、
「あ、それ俺~」
それは百瀬が作ったものだったようだ。
「性格出るなあ」
変わった形といえば円盤、と思っていたので俺は円盤型か普通の形しか作っていない。
円盤は皮がパリッパリなところがいいんだよな。肉だねにたどり着くまでに時間はかかるが、香ばしさが増してうまい。
たっぷりの餃子も、これだけの人数でかかればあっという間だ。
「余るかと思ったんだがなあ……」
さっきまで餃子の山ができていた皿はすっからかんだ。ホットプレートの上も、もうあと数えるだけしか残っていない。
「これ食ったら何するよ」
勇樹の言葉に答えたのは咲良だった。
「まー、のんびりしようぜ」
その言葉には全面的に賛成だったが、こいつにはやるべきことがあるだろう。
「一息ついたら勉強だな」
「なにっ」
不服そうではあったが、こいつも一応危機感というものがあるのだろう。
全員の視線を一身に受けた咲良は「……分かったよ」と仕方なく了承した。その様子に、誰からともなく笑いだしたのだった。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
お父様、ざまあの時間です
佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。
父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。
ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない?
義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ!
私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ!
※無断転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる