一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 守本菜々世のつまみ食い①

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 知り合いは少ない方ではないと思うのだが、友人はあまり多い方ではないように思う。そんな数少ない友人の一人に咲良がいる。幼稚園から、何ならその前からの腐れ縁で、何かと行動を共にすることが多かった。高校は別のとこに進学したので前ほどのかかわりはないし、いつもギリギリまで家にいるらしい咲良とは登校時間が被ることが滅多にない。たまに被っても、バスの中は人が多いし話せるような状況じゃない。だが、今でもちょいちょい連絡は取り合う。

 そんな友人から送られてくるメッセージに、時折登場する人物がいる。

 不愛想で運動嫌い、頭はいいけど口が悪い、でも、悪いやつじゃない、という新しくできた友人だ。名前はいつも出てこない。ただ「あいつ」だの「そいつ」だのと曖昧な言葉でばかり表現されている。何度か聞き出そうとしたけど、あいつの話のスピードに追い付けず、聞けずじまいだ。

 咲良の言う「あいつ」というのは確かに悪いやつではないらしい。なにせ、咲良いわく「あいつ」は食べることばかり考えているというのだから。



『そんでなー、そいつ、ぼーっと窓の外見てたそがれてんの。周りの女子がさ、なんか盛り上がってるわけ。何考えてるんだろー、横顔きれー、みたいな』

 今日も今日とて話題は「あいつ」のことだった。

「へえ、じゃあそいつ、モテるんだ」

『本人に自覚はないけどなあ。まあ見てくれは悪くないし、めっちゃ持モテてるってわけでもないけど』

 そういう咲良も今はどうか知らないが、中学の頃はそれなりに女子から人気があったはずなのだが。

『でもさー、周りの女子が考えてるほどあいつ、難しいこと考えてないぜ?』

「例えば?」

『例えばっつーか……十中八九、食いもんのことだな。で、たまーに、ホントになんか考えてる』

「なんかってなんだよ」

『まー、あいつもいろいろあるんじゃねーの? 毎回うまくはぐらかされるし。あ、でも体育やだなって考えてるときはよく分かる。すげー顔してんの。周りのやつらは分かんねーみたいだけどさあ』

 電話の向こうの、咲良の楽しげな声を聞くあたり「あいつ」との関係は良好のようだ。それにしたってその「あいつ」はすごいなあ。この咲良とつるんでいられるんだから。

 うん? これはもしやブーメランというやつかな?



 出会いとは唐突なもので、期せずして「あいつ」と対面することとなった。

 学校帰りのコンビニ。咲良に連れられるようにしてやってきた彼が「あいつ」だというのはすぐに分かった。お菓子をいくつか買って付いてくるというおまけのクリアファイル、それを買いに付き合ってくれるようなやつは、そうそういないだろうから。

 確かに彼は端正な顔立ちをしていた。表情は読みづらく、女子受けもまあ、いいだろうなあ。

 彼の名は一条春都というらしい。

 再会も案外早いもので、また、咲良に連れられてうちの店にやってきた。まさか俺の家だとは知らなかったみたいで、その時ばかりは、驚いているのが分かった。

 ハンバーグを頼んでくれたのだが、それはもう、うまそうに食ってくれていた。見慣れているはずの食い物が、あんなにうまそうに見えたのは初めてかもしれない。

 タコパで家にもお邪魔したな。

 しかし、まともに話したことないよなあ。一度、ちゃんと話してみたいもんだな。



 姉の和音に引き連れられてやってきたのは休日のショッピングモール。月に一度、好きなものを好きなだけ買ってストレス発散をするというもので、毎月毎月荷物持ちとしてお供させられている。父さんからは新作メニューを考えろとも言われるし、忙しいなあ。

「次はこっちよ」

「まだ買うんだ……」

「何言ってるの、それぐらいで足りるわけないでしょ」

 洋服やら本やら気になったものは片っ端から買っていくせいで、両腕でも足りないんじゃないかというほどの荷物を抱えさせられている。

「買い過ぎだって」

「あら、自分で稼いだお金で買うんだから別にいいじゃない。それに、不要になったものは売りに出してるんだし。ほら、こっちこっち」

 確かに、姉さんはこれだけの買い物をしても不便がないほどにバリバリ働いて、稼いでいるけど。この量はどうなのさ。

 ……まあ、これ以上口論する気はないんだけど。

 姉さんから解放されたのはそれから一時間後。たまたま入った店に、姉さんの同級生がいたからであった。久しぶりに会って話が弾んだらしく、二人してカフェの方に行ってしまった。姉さんは「あんた、適当に暇つぶしてなさい」と言ったので、とりあえずフードコートに来てみた。

 大荷物を置ける席を探す途中、見覚えのあるやつを見かけた。

「一条?」

「ん? ……ああ、守本か」

 フードコートにいたのは一条だった。手にはクレープが握られている。フードコートを利用している客が少ないので、一人ではあったが、広い席に座っていた。

「大荷物だな」

「姉さんに連れられてね。クレープ?」

「ん、なんか今日安いみたいで」

「いいなあ」

 でもこの大荷物じゃなあ、と思っていたら一条が「荷物、見ててやるよ」と言って席を少し詰めた。

「ここ、置けるだろ」

「ありがと。助かるよ」

 案外クレープの種類が豊富だったので悩んでしまったが、ココア生地のチョコバナナにした。生地に色がついてるって、なんかいいよな。

「いただきます」

 一条の向かいの席に座らせてもらって、さっそく食べる。生地はほろ苦いが、クリームやバナナ、チョコソースはとても甘い。ああー、疲れた体に染みわたる。

「一条は何食ってんの?」

「イチゴ」

 おや、それは王道な。

 しっかしこいつ、やっぱり、ずいぶんうまそうに食うもんだなあ。

「あのさあ、一つ聞いていい?」

「なんだ」

「ハンバーグ屋に行って、一条なら何食いたい?」

 その問いに一条は少し困惑したようだった。そうだよなあ、急に聞かれたらそうなるよなあ。

「いや、実は父さんに新作メニュー考えてくれって言われてて」

「ああ、そういう」

「何がいいかなーと思ってなあ」

「そうだな……」

 イチゴのクレープをほおばりながら、一条は真剣に考えている。その様子を見ながら「飯のことばっかり考えてる」という咲良の言葉を思い出していた。しばらくして一条は、申し訳なさそうな、悔しそうな様子で言葉を絞り出した。

「……思いつかん」

「あはは、だよねえ。変なこと聞いてごめん」

「いや、俺も役に立てなくて悪いな」

 でも、まあ、と一条は続けた。

「守本んちの店のハンバーグ、うまかったから。また食べたいなあとは思ってるよ」

 あ、笑った。

 まだまだ分かりやすいといえるほど、一条の表情を読み取ることはできないけど、ふとこぼれたようなそのわずかな微笑は、嘘偽りのないものであることは分かった。

「そっか、そりゃ嬉しい。また来てくれよ」

「ああ」

 新メニュー、考えるの面倒だったけど、頑張ってみるか。

 こういうやつが喜んでくれるようなメニューを考えてみたいと、そう思った。



「ごちそうさまでした」
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