一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百九十八話 のせ弁①

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「お、これこれ」

 食堂の入り口に何か張り紙がされているのを咲良が見つけ、立ち止まる。

「のせ弁だって」

「ああ、なんか聞いたことある」

 ご飯だけよそった弁当箱を食堂に預ければ、昼休みまでに温かいおかずをのっけてくれる、というやつだ。ご飯を持参する分、学食と同じメニューでもちょっと安くなる。

「今年から始まったんだっけな。まだ使ったことないけど」

「俺も」

「やってみようと思いながら、なかなかタイミングがな」

 新しくなった食券販売機では、のせ弁のための食券も販売されるようになった。

「じゃ、俺座っとく」

「おー」

 弁当持参だったので、自分が場所を取る。空いていた席はちょうどカウンターの近くで、メニュー表がよく見えた。

 のせ弁もそうだけど、今年になってだいぶ新メニュー増えたよなあ。からあげ丼とかチャーハンとか。そばが追加されたのもびっくりしたなあ。軽食もだいぶ増えたみたいだし。運が良ければドーナツとかにありつける。噂によればケーキも出るんだとか。

 のせ弁って何ができんだろ。かつ丼、親子丼……なるほど、丼物は一通りできるようだ。カレーもできるのか。まあ、そうか。鞄に入れて持ってくるのはご飯だけで、カレーはその場でかけてもらうんだから、こぼれる危険ないもんな。

 色々楽しめそうだな。

「おまたせー」

「おう」

「今日はドーナツ売り切れー」

「そうか」

 なかなか縁がないなあ。

「いただきます」

 今日の弁当は豚肉を甘辛いたれで焼いたやつをのせたの。これ、定番になりつつある。うまいし、楽なんだよ。これもまあ、のせ弁だよな。

 今日はちょっとごまもかけてみた。香ばしくて甘いたれとごまの風味がよく合う。

 脂身のとこ、たれも焦げててうまい。

「お、今日はお前らも食堂か」

「勇樹」

 いそいそと俺の隣に勇樹が座る。

「咲良はかつ丼か」

「んー。うまいぞ」

 勇樹は弁当箱を持っている。

「お前は弁当か?」

「おお、のせ弁な」

「のせ弁」

 その言葉に、咲良と揃って勇樹の弁当箱を見つめていたら、勇樹がにやりと笑った。

「興味津々だな?」

「のせ弁、実物は見たことねーから」

「いいぜー。これがのせ弁だ」

 なんとなく想像がつくものだが、実際に見るとなんとなく感動するものである。

 白米の上にはたっぷりの牛肉がのっている。要するに牛丼だ。

「これってやっぱご飯の量でおかずの量も変わるもんなの?」

「食券が分かれてんだよ。小盛り、普通盛り、大盛りって。これは大盛り」

 なるほど、そういう仕組みになってるわけだ。

「頼めばつゆだくにしてくれる」

「へーっ、いいな、それ。よっしゃ、じゃあ明日それにしよう」

 咲良がのせ弁にするということは、俺も食堂に連れていかれるというわけか。それなら俺もやってみるか、のせ弁。

「何にしようかな~」

 現在進行形でかつ丼を食べながら、咲良は「やっぱかつ丼かな?」と言っている。

「カレーとかもあるだろ」

「親子丼もあるぞ。つゆだくでうまかった」

「うーん、悩むなあ。春都はどうする?」

 咲良に聞かれ、メニュー表をちらっと見て少し考えて答える。

「からあげカレー」

「あ、それもいい」

 えらく真剣に悩んでいる咲良である。

「そんな悩むか?」

 勇樹が面白そうに聞けば、咲良は「だってさあ」とかつ丼のご飯をかき集めながら言った。

「記念すべきはじめてののせ弁だぜ? 妥協したくねえよ」

「そんなにか?」

「うん。最初ってすげー大事だと思う」

 咲良のその言葉に、勇樹が「そうかあ」とやけにしみじみ相槌を打った。

「確かに、最初は大事だな。入学式で遅刻した俺としては、耳が痛い」

「お前だったのか」

 さらりと明かされた衝撃の事実に、一瞬、のせ弁のことが頭から飛んで行ってしまったのだった。



 朝一で弁当箱を持って食堂に行くのはなんだか新鮮だった。

 結局咲良はカツカレーにしたらしい。何でも「目の前でカレー食われてたら自分も食べたくなるだろうから」とのこと。それはまあ、分かる。あのスパイスの香りはなあ、抗えない魅力があるよなあ。

「さて、どうかなあ」

 食堂は混んでいたので屋上へ向かう。今日は室内が冷えるのでどうかなと思っていたが、案外、外で日にあたった方が暖かい。

「いただきます」

 タッパーの蓋を開けて現れるのは、たっぷりのカレー。それに揚げたてらしいからあげがのっている。

「おお、うまそー」

「いい匂いだ」

 カレーを頼んだら使い捨てのスプーンもつけてくれるらしい。

 ではさっそく。ルーと一緒にご飯をすくって……うん、おいしい。食堂で食べるのと味は変わらないはずなのに、なんだか味わいが違うようにも感じる。ピリッと辛く、コク深い。具はとろとろで形がほぼ残っていないが、肉のうま味はしっかり分かる。

 ジャガイモも甘く、ニンジンもほろっとしていておいしい。玉ねぎもいいな。

 そしてからあげ。さっくさくだ。濃いカレーにも負けない味わいで、カレーに浸っていたところはちょっとやわらかい。

 三つものってんだなあ。豪華だ。

「これいいなあ。食堂の飯を屋上で食えるってのはいい」

 咲良は満足そうにカツをほおばっている。

「弁当のこと考えなくていいのはまあ、楽だな」

 毎日、というわけにはいかないが、たまにはいいだろう。今度は何にしようかなあ。

 ……たまにとかいいながら明日、明後日あたりにまた頼んでしまいそうだな。



「ごちそうさまでした」

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