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日常
第二百九十四話 肉うどん
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図書館のカウンターにはペン立てが置いてある。むかーし卒業生が作ったものらしくて、色褪せてはいるものの頑丈な造りらしく、いまだに使っているのだとか。予約とかリクエストとか書きこむ紙も一緒に置いてあって、それを書くときとか、雑務をするときとかに使うらしい。
しかし、そこに立てられている鉛筆やペンの数は、異様に多い。
「なんでこんな多いんすか」
昼休み、カウンター当番の咲良がペン立てをいじりながら漆原先生に聞く。
「ぎっちぎち過ぎて抜けないんすけど」
「それなあ」
漆原先生は掲示物を張り替えながら答える。どういうわけか通りがかった俺は手伝わされる羽目になったんだが。
「忘れ物、付録で余ったやつ、委員会を卒業していく奴らが押し付けていったやつ、それらを代々の司書たちが『とりあえず』入れておいた結果だ」
「要するに、不用品ってことっすね」
「捨てるには忍びないだろう」
確かに、長さもそこそこあるし、筆記具としてばっちり役目を果たせるものばかりである。
「あ、この鉛筆知ってる」
と、咲良は何とかして一本、鉛筆を抜き取った。いや、引き抜いたというべきか。なんかみしみしって音がした気がするぞ。
「小学校の頃集めてたわ、これ。春都、知ってる?」
「あ、あー。分かる分かる」
それは転がして遊べるタイプの、六角形の鉛筆だ。転がして出たところの指示に従って攻撃とか防御とかできるやつで、カードゲームの超簡易版、みたいな感じだろうか。
「メタリックとかあったよな」
「そーそー。で、使うのもったいなくて、転がすだけ転がして鉛筆としての機能は果たしてない、みたいな」
「でもある時を境に、まあいいか、と思って使い始めるんだよな」
確かうちにもあるな、そういう感じで使い始めた鉛筆。好きなキャラクターとかが描いてあると、そこに差し掛かった時に削るのやめて、使わなくなってたけど、ある日「もういっか」ってなって削って使う、みたいな。
咲良は手に持った鉛筆を転がし「そうそう」と笑う。
「なーんか急に冷めることってあるよなあ」
「それだけ成長したということだろう」
回収したものを先生に渡すと「ありがとう」と言って、今度は新たな掲示物を渡される。なるほど、貼れということだな?
「じゃあそれだけ大人になったってことっすか?」
咲良がうきうきとした表情で聞くが、先生は面白そうに「どうだろうなあ」と笑う。咲良は「年齢的にはまあ、子どもですけど」と鉛筆をもてあそびながら続けた。
「精神的にという意味でどうなんすか?」
「さあ、どうだろうなあ。そもそも何が大人と言えるのだろうなあ」
真剣に答えているのか、あるいは面倒だと思っているのかよく分からない表情だ。咲良は「えー?」と少し考えこんでいたようだったが、すぐに諦めたらしい。
「味覚ならわかりやすいよな!」
と、屈託なく笑い、得意げに決め顔をした。
「俺は納豆が食べられるようになった」
「あ、そう」
「最近はキムチとか漬物とか混ぜるのにはまってんだー」
確かに、そういうの混ぜたら食べやすくなるしボリュームもあっていい。マヨネーズも案外合うんだよなあ。
「食べられるようになったものか……」
たいていのもんは好き嫌いなく食ってきたからな。なんだろ。
「南国系のフルーツは、前より大丈夫になった」
「ああ、好き嫌い分かれるよな」
かといって今でも好んで食べるわけではないのだが。
「多少の好き嫌いはあるだろうがな」
先生も話に入ってくる。漆原先生は来月分の図書館便りを貼りながら続けた。
「俺は最近になって、粒あんの良さを知った」
「えっ、先生、あんこだめだったんすか」
咲良が衝撃的なものを見たというような表情になる。かくいう俺も少々驚きだ。なんとなく先生は好き嫌いが無いように勝手に思っていたからなあ。
先生は笑うと「昔はな」と言った。
「こしあんなら何とか食えたんだがな? でも、粒あんだからこそうまいものってあるんだなあ、と」
「食感だめって人結構多いですよね。ちょっと分かります」
「そう、あの小豆の皮がな……。でもな、職員室でもらった菓子がたまたま粒あんで、そん時腹減ってたから食ってみたんだよ。そしたらうまくてなあ」
「確かに、同じもんでもうまいのとまずいの、あるっすよね」
「空腹だったからうまかったのかもしれんがなあ」
確かに、それはある。
腹減ってる時って、普段そこまで好きじゃないものでもうまく感じるもんだよなあ。
そんでもって腹が減ってるときにうまいもんを食うとより一層うまいわけだ。
さて、今日は帰りに寄ったスーパーで、安売りされていた牛肉のコマ切れを使って肉豆腐を作る。それを麺つゆと一緒に冷凍うどんにかけて肉うどんにしよう。
玉ねぎを程よい厚さにスライスし、豆腐は一丁を六等分に。肉はそのままでオッケー。
フライパンに具材と、醤油、酒、砂糖、白だし、水を入れてふたをし、あとは煮ていくだけである。
うどん麺はレンジで温めて丼に。やけどしそうだ。
「いい感じだな」
うどんの上に豆腐、肉、玉ねぎを盛り付け、余ったやつは器にとって置く。明日の朝の楽しみだ。
麺つゆかけて、ご飯も準備したら完成だ。
「いただきます」
まずは肉を食ってみる。
おお、これはものすごく柔らかい。脂身が少ないところだったけど、トロッとした舌触りとほろほろっとした食感がたまらん。ジュワッと染み出す甘辛い味がいい。
豆腐もいい感じに味が染みてる。中心の方はまだ豆腐の味が強いが、それはそれでおいしい。玉ねぎもやわくてとろける。
さて、麺はどうだ。
つるっとした口当たりは冷凍うどんらしく、小麦の味は控えめで、もちもち歯触りがいい。そして何より甘めの出汁とよく合う。出汁と一緒に口に含めばもう完璧じゃなかろうか。食べ応えもばっちりでいい。
この味付けがご飯に合うんだ。明日はつゆだくにして食おう。
そういや小さいころはこういう肉のおかず出されたら、肉ばっかり食って、他の具材はあんま食べない、みたいな食べ方してたなあ。最終的に全部食ったけど。
バランスよく食えるようになったのも、成長したということか。
「あ」
肉、全部食べてしまった。無意識だったな。
うーん、やっぱあんま成長してないかなあ。
「ごちそうさまでした」
しかし、そこに立てられている鉛筆やペンの数は、異様に多い。
「なんでこんな多いんすか」
昼休み、カウンター当番の咲良がペン立てをいじりながら漆原先生に聞く。
「ぎっちぎち過ぎて抜けないんすけど」
「それなあ」
漆原先生は掲示物を張り替えながら答える。どういうわけか通りがかった俺は手伝わされる羽目になったんだが。
「忘れ物、付録で余ったやつ、委員会を卒業していく奴らが押し付けていったやつ、それらを代々の司書たちが『とりあえず』入れておいた結果だ」
「要するに、不用品ってことっすね」
「捨てるには忍びないだろう」
確かに、長さもそこそこあるし、筆記具としてばっちり役目を果たせるものばかりである。
「あ、この鉛筆知ってる」
と、咲良は何とかして一本、鉛筆を抜き取った。いや、引き抜いたというべきか。なんかみしみしって音がした気がするぞ。
「小学校の頃集めてたわ、これ。春都、知ってる?」
「あ、あー。分かる分かる」
それは転がして遊べるタイプの、六角形の鉛筆だ。転がして出たところの指示に従って攻撃とか防御とかできるやつで、カードゲームの超簡易版、みたいな感じだろうか。
「メタリックとかあったよな」
「そーそー。で、使うのもったいなくて、転がすだけ転がして鉛筆としての機能は果たしてない、みたいな」
「でもある時を境に、まあいいか、と思って使い始めるんだよな」
確かうちにもあるな、そういう感じで使い始めた鉛筆。好きなキャラクターとかが描いてあると、そこに差し掛かった時に削るのやめて、使わなくなってたけど、ある日「もういっか」ってなって削って使う、みたいな。
咲良は手に持った鉛筆を転がし「そうそう」と笑う。
「なーんか急に冷めることってあるよなあ」
「それだけ成長したということだろう」
回収したものを先生に渡すと「ありがとう」と言って、今度は新たな掲示物を渡される。なるほど、貼れということだな?
「じゃあそれだけ大人になったってことっすか?」
咲良がうきうきとした表情で聞くが、先生は面白そうに「どうだろうなあ」と笑う。咲良は「年齢的にはまあ、子どもですけど」と鉛筆をもてあそびながら続けた。
「精神的にという意味でどうなんすか?」
「さあ、どうだろうなあ。そもそも何が大人と言えるのだろうなあ」
真剣に答えているのか、あるいは面倒だと思っているのかよく分からない表情だ。咲良は「えー?」と少し考えこんでいたようだったが、すぐに諦めたらしい。
「味覚ならわかりやすいよな!」
と、屈託なく笑い、得意げに決め顔をした。
「俺は納豆が食べられるようになった」
「あ、そう」
「最近はキムチとか漬物とか混ぜるのにはまってんだー」
確かに、そういうの混ぜたら食べやすくなるしボリュームもあっていい。マヨネーズも案外合うんだよなあ。
「食べられるようになったものか……」
たいていのもんは好き嫌いなく食ってきたからな。なんだろ。
「南国系のフルーツは、前より大丈夫になった」
「ああ、好き嫌い分かれるよな」
かといって今でも好んで食べるわけではないのだが。
「多少の好き嫌いはあるだろうがな」
先生も話に入ってくる。漆原先生は来月分の図書館便りを貼りながら続けた。
「俺は最近になって、粒あんの良さを知った」
「えっ、先生、あんこだめだったんすか」
咲良が衝撃的なものを見たというような表情になる。かくいう俺も少々驚きだ。なんとなく先生は好き嫌いが無いように勝手に思っていたからなあ。
先生は笑うと「昔はな」と言った。
「こしあんなら何とか食えたんだがな? でも、粒あんだからこそうまいものってあるんだなあ、と」
「食感だめって人結構多いですよね。ちょっと分かります」
「そう、あの小豆の皮がな……。でもな、職員室でもらった菓子がたまたま粒あんで、そん時腹減ってたから食ってみたんだよ。そしたらうまくてなあ」
「確かに、同じもんでもうまいのとまずいの、あるっすよね」
「空腹だったからうまかったのかもしれんがなあ」
確かに、それはある。
腹減ってる時って、普段そこまで好きじゃないものでもうまく感じるもんだよなあ。
そんでもって腹が減ってるときにうまいもんを食うとより一層うまいわけだ。
さて、今日は帰りに寄ったスーパーで、安売りされていた牛肉のコマ切れを使って肉豆腐を作る。それを麺つゆと一緒に冷凍うどんにかけて肉うどんにしよう。
玉ねぎを程よい厚さにスライスし、豆腐は一丁を六等分に。肉はそのままでオッケー。
フライパンに具材と、醤油、酒、砂糖、白だし、水を入れてふたをし、あとは煮ていくだけである。
うどん麺はレンジで温めて丼に。やけどしそうだ。
「いい感じだな」
うどんの上に豆腐、肉、玉ねぎを盛り付け、余ったやつは器にとって置く。明日の朝の楽しみだ。
麺つゆかけて、ご飯も準備したら完成だ。
「いただきます」
まずは肉を食ってみる。
おお、これはものすごく柔らかい。脂身が少ないところだったけど、トロッとした舌触りとほろほろっとした食感がたまらん。ジュワッと染み出す甘辛い味がいい。
豆腐もいい感じに味が染みてる。中心の方はまだ豆腐の味が強いが、それはそれでおいしい。玉ねぎもやわくてとろける。
さて、麺はどうだ。
つるっとした口当たりは冷凍うどんらしく、小麦の味は控えめで、もちもち歯触りがいい。そして何より甘めの出汁とよく合う。出汁と一緒に口に含めばもう完璧じゃなかろうか。食べ応えもばっちりでいい。
この味付けがご飯に合うんだ。明日はつゆだくにして食おう。
そういや小さいころはこういう肉のおかず出されたら、肉ばっかり食って、他の具材はあんま食べない、みたいな食べ方してたなあ。最終的に全部食ったけど。
バランスよく食えるようになったのも、成長したということか。
「あ」
肉、全部食べてしまった。無意識だったな。
うーん、やっぱあんま成長してないかなあ。
「ごちそうさまでした」
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