一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百八十話 えび天うどん

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 春休みとは、なんと儚いものだろうか、と思う。

「あーあ、もう学校始まった~」

 そう隣でぼやくのは咲良である。今日は午前中で帰れるのだが、帰りのホームルームまで中途半端に休憩時間があるので、廊下で暇をつぶしていた。

「春休み始まったの、こないだじゃなかったっけ?」

「一週間ちょっと前だ」

「なー、一カ月は欲しいところだよなあ」

 一カ月も休んでしまったらもう学校行きたくなくなりそうだ。

「花見、楽しかったなあ……」

 咲良はため息交じりにつぶやいた。

 二階の窓から見えるのは、とうに花が散ってしまって青々とした若葉が芽吹く桜並木でる。これはこれで嫌いじゃない。

「あー、あの日に戻んねえかなあ」

「また弁当作るのか」

「準備も楽しかったよな!」

「結構大変だったぞ」

 楽しかったのは楽しかったが、ありゃ年一回でいい。そのあとがどっと疲れる。

「大変といえば、朝比奈がさあ。今朝会ったんだけど、すげーくたびれてた」

「ああ、だろうな」

「なんか知ってんの?」

 咲良に聞かれ、先日のことを話すと「なるほどなあ」と笑った。

「俺も呼んでくれればよかったのに」

 何気ないその言葉には「今度は呼ぶよ」と返しておいた。子どもが増えるだけ、と言っていたことは黙っておくとしよう。

「よお、お二人さん」

 と、軽い調子で声をかけてきたのは勇樹だ。こいつらに囲まれると、途端に自分がえらく小さくなったように感じる。

「花見は楽しかったか?」

「おう! ちょうどさっきそのこと話しててさー」

「どこ行ったんだ、結局」

 休み中も部活三昧だったらしい勇樹は、興味深そうに咲良の話を聞いている。特に飯のことが気になったらしい。

「手作り弁当に饅頭、屋台のフルーツ飴に駄菓子大人買い? 楽しんでんな~」

「春休みの間中部活とか、大変だな」

 思ったことを素直に言えば、勇樹は「まあなー」と笑って、言葉を続けた。

「でもさ、全く休みがないってわけじゃないからな。ちゃんと休養日もある」

「じゃあその日に合わせりゃよかったな、花見」

「いや」

 咲良の言葉に、勇樹は首を横に振った。

「休養日の頃はもう桜散っちゃってたからさあ。でも、日陰に咲いてるやつとかはまだ咲いてて、それ見れただけで十分だ」

 確かに、ふとしたところで見つける季節というものも悪くないよな。

 勇樹はずいぶん満足した休みを過ごしたらしいが、苦笑を浮かべて言ったものだ。

「ただまあ、春休みの課題をやるのが大変だったなあ」

「あー。地味に量、多かったもんな」

「超絶難しい! ってわけでもないけど、一筋縄じゃいかない感じ。二筋縄……までいかないぐらいっていうのか?」

「一.五筋縄?」

「あはは、独特な表現。でも、分かる」

 あの問題はどうだったとか、答えをつけておいてほしかったとか話していたが、咲良が妙におとなしいことに気が付いた。しかしその表情を見るに、なんとなく見当はつく。嫌な予感を覚えながら、一応、聞いてみる。

「どうした、咲良」

「……国語、後半、やってない」

「珍しい。国語なのか」

 課題が終わっていないことは当たったが、教科が外れた。いつもため込んでいるのは理系科目で、真っ先に終わるのは国語のはずだ。

 咲良は決まり悪そうに視線を外しながら、ひきつったように笑った。

「いや、国語なら、ささっと終わるかなーと、後回しにしてまして……」

「それで忘れたのか」

 咲良はがっくりとうなだれるようにして頷いた。勇樹がそれを見て笑うと、ふと思いついたように言った。

「でもさ、提出は明日だろ? 何とかなるんじゃないか?」

「ささっと終わるにしても一日じゃ……いや、半日じゃ足りない! 手伝ってくれ!」

 咲良の悲痛な叫びに、勇樹はあっけらかんと笑って「無理だ」と返した。

「俺は人に教えるだけの能力はない」

「じゃあ、春都!」

「嫌だ」

「なんかおごるから!」

 むう、条件付きときたか。それならまあ、悪い話でもないのか?

「頼むよー。一時間だけでもいいから、手伝ってくれよお」

 頭の中で、おごってもらえることと一時間の労力を天秤にかける。いや、こいつのことだから一時間では済まないだろう。二時間と仮定して、さあ、どうかなあ……。

「……今回限りだ」

「お前ならそう言ってくれると思った!」

 まったく、新学期早々、先が思いやられるなあ。いつも通りの騒がしい日々になりそうだ。



「あら、それじゃあ午後からは出かけるの?」

 家に帰って事の顛末を話せば、母さんは昼飯の準備をしながら聞いてきた。

「最初は電話でっつったけど、色々面倒だし、図書館でって」

「電車?」

「いや、こっちに来るって」

 台所からは出汁のいい香りが漂ってくる。

「そっか、じゃあ、準備しないとね。今日はお昼うどんだから、さっと食べられるでしょ」

 母さんがテーブルに置いたのは、大ぶりのえび天がのったうどんと、俵型のおにぎりだった。

「えびだ」

「揚げたてよ」

「ありがとう。いただきます」

 袋麺なのでくたくたのやわやわではないが、これぐらいの弾力があるのも好きだ。つるっとしたのど越しに、少しむにっとした食感。小麦の香りは控えめで、出汁のうま味とよく合う。

 切りたてのねぎの風味がいい。爽やかだ。

 えび天はサクッとしながら、出汁に浸ったところはやわやわとうま味が増している。プリッとしたえびは食べ応えがある。ぷつぷつと繊維が切れるような、少し重い食感。おいしい。

 俵型のおにぎりにはのりが巻かれている。磯の香りが立って、米の甘味がよく分かる。少し出汁につけてほろほろとほぐれる食感を楽しむのもまたいい。

 早く帰ってきたときの昼ご飯で、うどんが出てくるとなんだかうれしい。まさかえび天とは思わなかったけど。あ、一味かけよう。ちょっとピリッとした感じがいい。

 ああー、これでこの後ゆっくり出来たらなあ。

 まあ、いいや。うまい飯のおかげでちょっと踏ん張りがききそうだ。



「ごちそうさまでした」

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