一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

番外編 本多勇樹のつまみ食い①

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 目立つのが苦手。できれば裏方でありたい。人前で発表とかしたくないし、期待されるのはごめんだ。その期待に応えなければというプレッシャーと、何なら期待を越えなければいけないのではという脅迫めいた感情は、たいそう気分が悪い。

 しかし周りに「人前に立つのが得意」「人に頼られてすごい」と言われれば、退路がふさがれるようで。

「あー……しんど」

 一日の終わり。愛想笑いばかりの表情筋は疲れ切って、一人になった途端、動かなくなってしまう。

 どうして断れないのか。どうしてやりたくないようなことをやるのか。

 簡単な話、意地なんだよなあ。自分は苦手なことから逃げてない、実は得意かもしれない、そう自分に暗示をかけているようでもある。

 でもそろそろしんどい。どうにかしないとと思いながら、またその暗示に足止めされたままだ。



「本多」

 四時間目終了直後、担任の先生に呼び出される。取り出しかけたパンを再び鞄にしまい、愛想笑いを張り付けた。

「はい」

 職員室に入るや否や、聞かれる。

「最近、クラスはどうだ?」

 そういうことは学級委員にでも聞いてくれ、とは言わない。

 なぜか先生は俺にクラスの現状を定期的に聞いてくる。確かに俺は当たり障りなくいろんなやつと話してはいるが、クラスの現状を把握できるほどではない。

 とりあえず当たり障りのないことを言っておくと、先生は少し納得いかないような表情をした。

「そうか……いや、ちょっと気になることがあってなあ。一条っているだろう? あいつ、クラスのやつらとあまりかかわろうとしないというか」

 一条、ああ、一条春都。

 確かに業務連絡以外で関わることが少ないやつだ。なんというか、ほんとにあんま話をしたことがないな。

「あー、まあ」

 でもそういうやつもいるんじゃないすか、と言いたいのは山々だが下手に何か言えば話が広がってしまうので言わない。

「他のクラスには親しくしているやつがいるようだが……ま、気にかけといてくれ」

 だからそういうことは学級委員にでも言ってくれ。そのための学級委員だろうよ。

「はい、分かりました」

 思っていることと違うことを言葉にするのは難しい。でも、長いことやっていれば慣れてくるというものだ。



 あ。

「一条だ」

 部活が休みになった日。珍しく先生からも先輩後輩からも呼び出されなかった平和な昼下がり。

 昼飯を食った後、なんだか静かな場所に行きたくなったので屋上に向かう。

 梅雨の合間の貴重な晴れ。風は心地よく、日差しも程よい。気を抜けば寝過ごしてしまいそうな気候である。

 そこで一条を見かけた。しかし一人ではない。誰か近くにいるな。

 別に悪いことをしているわけではないのだが、二人から見えないように隠れてそちらを覗き見る。

「でさあ、さっきの授業全然意味わかんなかったんだよな。教えてくんね?」

「教科は」

「物理」

「俺は習っていない。他を当たれ」

「えー、基礎部分だから分かると思うんだけどなあ」

「基礎部分ならなおのことお前、理解してないってどうなんだ。物理選択だろ」

 正直びっくりした。あいつ、あんな長文喋れるのか。基本「ああ」とか「うん」とかしか聞かないし、今まで聞いた言葉の中で一番長いのは「ありがとう」のような気がする。

「まあいいや。それはあんま切羽詰まってないからまたあとで」

「切羽詰まった方がいいと思う」

「それよりさー、そろそろじゃね? 体育祭の係決め」

 一条と一緒にいるやつの言葉に、ずんと気が重くなる。

 去年は体育祭で応援団になったんだよなあ……正直、面倒だった。

 部活もあるし予習復習もあるし、それに加えて居残り練習。正直、やってられない。運動部に所属しているが体育会系のノリは苦手な俺である。

 しかし今年もなんか言われんのかなあ。面倒だなあ。

「俺は全力で何にもならない」

 うすぼんやりと憂鬱な空気に飲み込まれていたところに、鋭い声が聞こえて来た。一条の声だ。

「なにがなんでも係にはならないし、学年で絶対出なきゃいけない競技以外に参加するつもりもない。最小限度の力しか出さない」

 なんとも力強いその宣言は、しばらく俺の中でくすぶっていた。



 一条は思ったよりすごいやつだと思った。

 先生の前だろうと無気力を隠さず、自分がやりたくないことで他人がやってくれそうなことは絶対にやらない。怒られたくないけど、面倒ごとからは極力逃げる。

 やるべきことはちゃんとやってるし、嫌なことでも代わりの者がいなければちゃんとやる。ただ、体育だけはうまくさぼる方法をいつも探しているみたいだけど。

 でも、そうか。それでいいのか、と思った。

 他にやりたいやつがいて、自分がやりたくないことは別にやらなくていいのか。一条を見ていたらそう思った。

 昼休み。今日は母さんが弁当を作ってくれていた。分厚い弁当箱でワクワクする。

「本多~」

 しかし食べている途中、また担任に呼び出された。でも、弁当はしまわない。机の上に出しておく。

「はい、なんですか」

「応援団、今年もやるだろ?」

 あ、来た。

「応援団ですか」

「去年はずいぶん立派だったからなあ。楽しみにしている人も多いんじゃないか。今年も立候補するんだろう、頑張れよ」

 俺は、やろうと思えばなんだってやれる。それが本当にやりたいことでなくても、逃げ出したいほど嫌なことでも。

 自分はそれから逃げていない。実は得意かもしれない。

 そう思うのはやめだ。逃げ、とは戦略の一種でもあるのだ。

「いや、今年は立候補しません。他にぴったりな人がいますよ」

 そう答えれば先生は目を丸くした。冗談とでも思ったのだろうか。

「いやいや、お前らしくないな」

「そんなことないですよー。去年経験してみて、俺向いてないなーって思ってたんですよね」

 愛想笑いはそのままにはっきり断れば、先生もそれ以上何も言ってこなかった。

 先生がいなくなってから、再び箸を進める。なんだかすがすがしい気分だった。これほどまでに昼飯の通りがいい日は今まであっただろうか。

 ちゃんとおいしい。卵焼きは出汁が効いているし、梅干しは酸っぱくてご飯に合う。

 ふと視線を教室に巡らせる。一条は、こないだ一緒にいたやつと飯を食っていた。

 いつかしっかり話をしてみたい、と思った。自分からそう思う相手は初めてかもしれない。いつも「話さなきゃいけない」という謎の想いがあって、動いていたようなものだから。

 今更すぐ変われるとは思っていない。でも、ちょっとずつ楽な生き方を見つけていこうかな、と思った。

 にしてもあいつ、ずいぶんうまそうに飯を食うんだなあ。



「ごちそうさまでした」

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