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日常
第二百五十八話 親子丼
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朝課外が休みの日は、のんびりではあるが時間には結構気を遣う。予鈴に合わせるべきかホームルーム開始に合わせるべきか悩みどころなのだ。
結果、早めに来てしまう、ということが多い。そうなれば必然的に咲良が来る確率も上がるわけで。
「で、先約って何だったんだよ」
教室に入って来るや否や、机に手をついて聞いてくる。その表情はどことなく楽しげだ。
昨日は咲良にどっか遊びに行くかと聞かれたが、うめずのことがあったので「先約があるんだ」と言って帰っていたのだ。今更そのことを思い出し「ああ……」と視線を宙にさまよわせる。
すると咲良が続けた。
「よほど大切な相手がいたんだろう」
「そりゃそうだ」
「何々、何の話?」
この会話に入ってきたのは勇樹だ。勇樹は自分の席に座るとからかうような口調で聞いてくる。
「恋人? なに、春都、昨日デートだったん?」
「んなわけあるか」
「えー? でも先約で大切な相手っつったら、恋人が思いつくだろー?」
「ちげーっての」
咲良はなんとなく予想がついているようで、このやり取りを面白そうに眺めている。この野郎、他人事だと思いやがって。まあ実際、咲良にとっちゃ他人事なんだけども。
「うめずだよ、うめず」
これ以上話が大きくなる前にそう答えれば、勇樹は「は? うめず?」ときょとんとした。
「うちで飼ってる犬。せっかく半休だったし、構い倒そうと思って」
「なんだ、そういうこと」
「やっぱり、そうだと思った」
咲良はそう言うと笑った。
「いやー、春都が先約っつーことは家族関連か飯関連だろうなーと」
「なんだその推測は」
「でも合ってたろ?」
「むう……」
はじめの頃こそなかなか意思疎通がはかれなくて言い合いばかりしていたものだが、俺の言葉足らずでも咲良はなんとなく意図を汲んでくれるようになった。まあ、それはお互い様か。
「でもさー、実際、春都モテるだろ?」
勇樹め、こいつ、せっかく人が終わらせた話題を蒸し返しやがって。
「知るか」
「つれないなあ。咲良もモテそうじゃん?」
「え? 俺?」
急に話題を振られた咲良は少し驚いていたものの、得意げに胸を張った。
「まあ、そうだな。そこそこモテる」
「その自信はどこから来るんだよ」
「えー? いや、視線が集まるのって、案外気付くもんだぜ?」
それはお前が居眠りしているからとか、いろいろ危なっかしいからとか、そういうことじゃないのか。
そう思っていたら、咲良はこちらを見てふふんと鼻で笑った。
「ま、春都にはわかんないか。そういうの、疎そうだもんな!」
「急に上から。何様だよ」
「咲良様と呼べ」
「すーぐ調子に乗る……」
でも実際、俺の興味は飯に全振りだもんなあ。言い返せない。
「そういうお前はどうなんだよ、勇樹」
咲良が話を振ると、勇樹はゆるゆると首を横に振った。
「そんな暇ねえよ。でもまあ、この学校、カップル多いらしいよ」
と、勇樹は何人かの名前をあげていくが、全部素通りしていく。そんなことより今日の晩飯の方が気になる。冷蔵庫にあるもので何とかまかないたいのだが、どうしよう。
そういえば卵があと二パックあったなあ。早いとこ使っとかないと。中途半端だけどいっぺんに食うには多すぎるくらいに残っている卵は茹でておくとして……うーん、卵料理かあ。
「おい、春都」
勇樹に呼ばれて、はっと意識をこちらに戻す。
「何、卵がどうした」
「誰も卵のことなんか話してねーっての」
と、勇樹は俺が話を聞いていなかったことに対して腹を立てるでもなく、クックッと面白そうに笑った。
「それで? 卵がなんだって?」
「ああ、いや。うちに卵がいっぱいあるから、何作ろうかなーと……」
「卵なあ。目玉焼き……じゃあ、大量消費はできないか」
咲良はそう言って笑うと、腕を組んで考えこみ始めた。
「オムライスとか、卵焼きとか……」
勇樹も先ほどまでの話題を切り上げて思考を巡らせているようだった。
「卵かあ。煮卵とかもいいよなー」
いろいろと考えこんでいたが「あっ」と三人の声がそろう。
そこで出された料理名は、まさにそれだ、と思えるものだった。
「案外思いつかないもんだなー、親子丼」
そうそう、鶏肉もあるんだしがっつり丼物だし、最高じゃないか。
玉ねぎは薄すぎず厚すぎずというぐらいにスライス。なんか昨日もやったな、これ。
フライパンに水、醤油、酒、みりん、砂糖を入れて沸騰させ、玉ねぎと鶏肉を入れる。今日はささみだ。
鶏に火が通ったら、溶いた卵を入れ、加熱したら完成だ。
どうしても半熟とはいかないが、ふわふわの卵を白米にかける瞬間はいつも幸せだ。
「いただきます」
たっぷりと汁を含んだ卵と鶏肉を一緒に一口。
フワッフワでジュワジュワッとした口当たりの卵は甘辛く、鶏も淡白ながら癖がなく、うま味があっておいしい。
ささみは確かに他の部位と違ってぱさっとしているが、これに汁をしみこませて食うのがうまい。
ご飯も一緒に食べないとな。つゆだくにしたことだし、つゆも一緒に。
んー、これこれ。米の甘味に卵のふわふわ、砂糖の優しい甘みと醤油のコク。鶏肉のうま味。親子丼ならではの味わい、甘み。口いっぱいにほおばるとよく分かる。玉ねぎも程よくシャキッとしていていい。
今度は半熟の親子丼を作ってみようか。練習してみるか。
でもまあ、結局はまた、この親子丼に落ち着くんだろうなあ。ま、それもまたよしである。
「ごちそうさまでした」
結果、早めに来てしまう、ということが多い。そうなれば必然的に咲良が来る確率も上がるわけで。
「で、先約って何だったんだよ」
教室に入って来るや否や、机に手をついて聞いてくる。その表情はどことなく楽しげだ。
昨日は咲良にどっか遊びに行くかと聞かれたが、うめずのことがあったので「先約があるんだ」と言って帰っていたのだ。今更そのことを思い出し「ああ……」と視線を宙にさまよわせる。
すると咲良が続けた。
「よほど大切な相手がいたんだろう」
「そりゃそうだ」
「何々、何の話?」
この会話に入ってきたのは勇樹だ。勇樹は自分の席に座るとからかうような口調で聞いてくる。
「恋人? なに、春都、昨日デートだったん?」
「んなわけあるか」
「えー? でも先約で大切な相手っつったら、恋人が思いつくだろー?」
「ちげーっての」
咲良はなんとなく予想がついているようで、このやり取りを面白そうに眺めている。この野郎、他人事だと思いやがって。まあ実際、咲良にとっちゃ他人事なんだけども。
「うめずだよ、うめず」
これ以上話が大きくなる前にそう答えれば、勇樹は「は? うめず?」ときょとんとした。
「うちで飼ってる犬。せっかく半休だったし、構い倒そうと思って」
「なんだ、そういうこと」
「やっぱり、そうだと思った」
咲良はそう言うと笑った。
「いやー、春都が先約っつーことは家族関連か飯関連だろうなーと」
「なんだその推測は」
「でも合ってたろ?」
「むう……」
はじめの頃こそなかなか意思疎通がはかれなくて言い合いばかりしていたものだが、俺の言葉足らずでも咲良はなんとなく意図を汲んでくれるようになった。まあ、それはお互い様か。
「でもさー、実際、春都モテるだろ?」
勇樹め、こいつ、せっかく人が終わらせた話題を蒸し返しやがって。
「知るか」
「つれないなあ。咲良もモテそうじゃん?」
「え? 俺?」
急に話題を振られた咲良は少し驚いていたものの、得意げに胸を張った。
「まあ、そうだな。そこそこモテる」
「その自信はどこから来るんだよ」
「えー? いや、視線が集まるのって、案外気付くもんだぜ?」
それはお前が居眠りしているからとか、いろいろ危なっかしいからとか、そういうことじゃないのか。
そう思っていたら、咲良はこちらを見てふふんと鼻で笑った。
「ま、春都にはわかんないか。そういうの、疎そうだもんな!」
「急に上から。何様だよ」
「咲良様と呼べ」
「すーぐ調子に乗る……」
でも実際、俺の興味は飯に全振りだもんなあ。言い返せない。
「そういうお前はどうなんだよ、勇樹」
咲良が話を振ると、勇樹はゆるゆると首を横に振った。
「そんな暇ねえよ。でもまあ、この学校、カップル多いらしいよ」
と、勇樹は何人かの名前をあげていくが、全部素通りしていく。そんなことより今日の晩飯の方が気になる。冷蔵庫にあるもので何とかまかないたいのだが、どうしよう。
そういえば卵があと二パックあったなあ。早いとこ使っとかないと。中途半端だけどいっぺんに食うには多すぎるくらいに残っている卵は茹でておくとして……うーん、卵料理かあ。
「おい、春都」
勇樹に呼ばれて、はっと意識をこちらに戻す。
「何、卵がどうした」
「誰も卵のことなんか話してねーっての」
と、勇樹は俺が話を聞いていなかったことに対して腹を立てるでもなく、クックッと面白そうに笑った。
「それで? 卵がなんだって?」
「ああ、いや。うちに卵がいっぱいあるから、何作ろうかなーと……」
「卵なあ。目玉焼き……じゃあ、大量消費はできないか」
咲良はそう言って笑うと、腕を組んで考えこみ始めた。
「オムライスとか、卵焼きとか……」
勇樹も先ほどまでの話題を切り上げて思考を巡らせているようだった。
「卵かあ。煮卵とかもいいよなー」
いろいろと考えこんでいたが「あっ」と三人の声がそろう。
そこで出された料理名は、まさにそれだ、と思えるものだった。
「案外思いつかないもんだなー、親子丼」
そうそう、鶏肉もあるんだしがっつり丼物だし、最高じゃないか。
玉ねぎは薄すぎず厚すぎずというぐらいにスライス。なんか昨日もやったな、これ。
フライパンに水、醤油、酒、みりん、砂糖を入れて沸騰させ、玉ねぎと鶏肉を入れる。今日はささみだ。
鶏に火が通ったら、溶いた卵を入れ、加熱したら完成だ。
どうしても半熟とはいかないが、ふわふわの卵を白米にかける瞬間はいつも幸せだ。
「いただきます」
たっぷりと汁を含んだ卵と鶏肉を一緒に一口。
フワッフワでジュワジュワッとした口当たりの卵は甘辛く、鶏も淡白ながら癖がなく、うま味があっておいしい。
ささみは確かに他の部位と違ってぱさっとしているが、これに汁をしみこませて食うのがうまい。
ご飯も一緒に食べないとな。つゆだくにしたことだし、つゆも一緒に。
んー、これこれ。米の甘味に卵のふわふわ、砂糖の優しい甘みと醤油のコク。鶏肉のうま味。親子丼ならではの味わい、甘み。口いっぱいにほおばるとよく分かる。玉ねぎも程よくシャキッとしていていい。
今度は半熟の親子丼を作ってみようか。練習してみるか。
でもまあ、結局はまた、この親子丼に落ち着くんだろうなあ。ま、それもまたよしである。
「ごちそうさまでした」
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