一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百五十話 晩ご飯

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 昼飯を食ったらちょっとゆっくりして、何をしようか考える。

 晩飯のために腹を空かせておきたいので動きたい。うめずと散歩にでも行くか。

「うめず、行くぞ」

「わうっ」

 表に出るとじいちゃんとばあちゃんがもう仕事をしていた。暖かくなってきたこの時期は客が増えるのだとか。

「散歩に行ってくる」

「はーい。行ってらっしゃい」

「気をつけてな」

 二人の言葉に返事をしようとしたがうめずに「わふっ」と先を越された。

「……行ってきます」



 確かに自転車に乗っている人をよく見るようになった。スポーツタイプ、というやつだろうか、普段は見かけないような人たちが多い。

 おそらく向かっているのはこの先にある観光地だろう。この時期は特に観光客が多い。

 桜の季節になると車の量も増える。そこまで続く道は渋滞になるし、その近辺の店をはじめ桜並木の道も人でごった返す。

 歓迎遠足もその辺の公園であるんだ。桜が咲いているかどうかという季節。

「まだ咲かないかなあ」

「わう」

「な、楽しみだな」

 雲一つなく、太陽がまぶしい昼下がり。

 いつもよりひとけの多い道を行く。学校の裏、田んぼ、橋の上。心地良い風に揺れる川の水面がキラキラときらめいている。

 せっかくだから川辺を歩こう。

 この道も桜が並んで植わっていて、そこを境に二本の道が通っている。川辺の方が小高く、もう一方の道は住宅街に面している。古い家の多い、静かな場所だ。

 春に近づいてきたとはいえ、風が強く吹けば冷える。上着を一枚羽織っていてちょうどいいくらいだ。

「なんか黄色いな」

 見慣れてはいるが名も知らぬ雑草が隙間から生えるアスファルトの道の先、二本の道が一つに合流する場所があるのだが、その河川敷一面が黄色い。

 うめずの歩調に合わせながらそこまでいけば、その黄色の正体がわかった。

「菜の花か」

 河川敷一帯を埋め尽くしていたのは菜の花だった。

 淡い黄色の小さな花々がゆらゆらと揺れ、気まぐれに陽を反射し、緑の葉とのコントラストが目に鮮やかだ。

「きれいだなあ」

「わうっ」

 ざあっと風が吹けばうっすらと香りがするようである。

 おや、うめずがうずうずとしている。どうやらこの花畑に飛び込みたいらしい。しかしそんなことをされてはリードを握る俺が大惨事である。

「うめず、行くぞ」

「わぅう」

「悪いがそれは聞いてやれない頼みだ。行くぞ」

「……ふうっ」

 なんとか諦めてくれたらしい。

 菜の花畑を横目に再び歩き出す。車の通りが多い道を通り過ぎて、地元の人以外あまり利用しない道を行く。この辺の家の庭には桜や梅が植わっている。梅の花はもう咲いているなあ。

 白や薄桃の可憐な花が、枝にとまる小鳥の重みで揺れている。

 そういえば、鶯やホトトギスとかの鳴き声をまだ聞かない。とてもきれいなさえずりを聞くことは増えたけど、まだ練習中なのだろうか。思い返せばその鳴き声は、鶯に似ていなくもなかったような。

 さっきは小学校の裏を通ったので、今度は表を歩く。

 ここも桜が何本も規則正しく植わっている。生垣は最近剪定があったらしく、運動場がよく見えるようになっていた。

 休みの日の校庭には人がいない――というわけでもないらしい。

 サッカークラブだろうか。そろいのユニフォームを着た子どもたちがボールを追いかけて走り回っている。

 元気だよなあ。同級生にも地元のスポーツクラブに入ってるやついたけど、タフだったもんなあ。

「わふっ」

「ん? そうだな、そろそろ帰ろうか」

「わう」

 再び歩き出した時、近くで鳥のさえずりが聞こえた。

 ずいぶん上達したみたいで、今度ははっきりと鶯だというのがよく分かった。



 夕暮れ時になると一気に冷え込む。まだ完璧に春とはいかないか。

 でも、ずいぶん日が長くなったものだ。表の閉店準備を手伝いながら空を見上げる。淡い水色の空の端はオレンジ、いや、ピンク色をしていた。ついこの間まで薄暗い時間だったのに。まあ、日が長くなるのは大歓迎だ。

 シャッターを閉め、居間に戻り、あっつい風呂に入ったらもう晩飯の支度はできている。

「さ、座って座って」

「すげー豪華。いただきます」

 ホカホカのご飯に豆腐とわかめの味噌汁、おかずは三品もある。きんぴらごぼうにたくあん炒め、それと豚の天ぷらだ。

 好きな物ばかりだ。うれしいなあ。

 まずはみそ汁を一口すする。はあ、落ち着くなあ。みそ汁を飲むとどうしてこう体が緩むのだろう。豆腐もほかほかでのど越しがいい。わかめの無いようである食感もうまい。

 豚の天ぷら。

 やっぱ自分で作るのとは違うなあ。ふわっとしていながらもサクサクで、豚肉にはにんにく醤油の味が染みている。香ばしくてご飯が進む。クリスピーな触感のところも当然好きだが、しっとりしたところもまたうま味があっていい。

 きんぴらごぼうも優しい味だ。ごぼうの香り程よく、牛肉のうま味も染みている。ニンジンはほのかに甘い。これ、弁当に入っていたら大喜びだな。ゴマも香ばしい。

 たくあんは山盛りご飯にのっける。夢のような光景だ。一面黄色、まぶされたゴマもいい。

「あ、そういや今日、菜の花見てきた」

「あら、どこに咲いてたの?」

「川のとこ」

 そう言うとなんとなくあたりがついたのか、じいちゃんもばあちゃんも頷いた。

「ああ、あそこは毎年咲くもんね。きれいだったでしょ」

「うん。すごかった」

「最近は暖かかったからなあ、一気に咲いたんだろう」

 確かに、ここ最近は春の訪れを肌で感じる。

 しかしまあ、このたくあんは季節を問わずおいしい。ぽりっこりっとした食感はもちろん、ほんの少ししなっとした部分もいい。甘辛くて香ばしく、ご飯が進むことこの上ない。

「おかわりは?」

「ください」

 こりゃ飯一杯で終わらせろというのは無理な話だ。

「はいどうぞ」

「ありがとう」

「たくさん食べなさいね」

 受け取ったご飯の上にまたたくあんをのせる。

 またなんか作って持ってこよう、そうしよう。できれば休みの日を狙って……なんてな。



「ごちそうさまでした」

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