一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
250 / 846
日常

第二百四十五話 ちらし寿司

しおりを挟む
 スーパーのワゴンセール品の山が、まるで桜の花が――いや、桃の花が咲き誇っているかの色合いになっている。

 いろいろなメーカーのひなあられだ。

 こうして見ると全部同じようでいてちょっとずつ違うんだなあ。小分けになってるやつとか、キャラクターものとか、いろんな形のが入ってるのとか。

 たいていは二、三色で、白はほとんどのやつに入っている。何気にうまいんだよな、これ。



「さーて、何しよっかなー」

 結局買ったひなあられをお供にお茶でもしようか。うーん、ほうじ茶にしよう。こないだ母さんがティーバッグ買ってきてくれてたな。

 お湯を沸かす間に、ふと思い立ってDVDケースを漁る。

「あった」

 ずいぶん前のDVDだが、最近またなんとなく見たくなったんだよなあ。長い長いシリーズものだが、ゲームが原作なのでそっちやってればなんとなく登場人物も関係性も分かるので、途中から見ても悪くない。

 というか、自分の推しが登場している回ばっかり見てる気もするな。

 お湯が沸けたらコップに注ぐ。コポコポコポ……という音が心地いい。はじめは緑色に見えていたお茶の色だが、ティーバッグをゆすると鮮やかな茶色に変わった。

 ほうじ茶はなんだか香ばしい。なんとなく、よそで出されるような味だ。ああ、観月んとこ行ったときに出されるお茶の味と一緒か。

「さてと……よっこいしょ」

 ソファに深く腰を下ろせば、傍らにうめずがやってくる。

 とりあえずひなあられを開けてみる。がさがさと袋を扱うと、うめずが鼻を近づけて来た。

「だめ。これはお前が食っちゃいけないやつ」

「わふっ」

「そんな顔してもダメ」

 少しの攻防の後、うめずは諦めてくれたみたいだ。その代わりと言わんばかりに、視線はお菓子をしまってある引き出しに向けられている。

「くぅうん……」

「……分かったよ」

 クッキーを出してやろうと立ち上がれば、うめずが後ろをついてくる。見えてはいないが、かなりしっぽを振っているのだろう。

 皿にクッキーを移してやると、うめずは嬉々として食らいついた。

 さて、俺も食おう。

 白、ピンク、薄緑、それに醤油。鮮やかだなあ。ひな祭りというのは俺には無縁の話だが、おいしいものは味わいたい。

 白は薄い塩味のようだ。餅っぽい味がする。まあ、あられだから当たり前か。ピンクはうすら甘い。薄緑は……これは何だ、磯の香りがする。のりか。醤油は香ばしい。

 いっぺんに食うと味があっちこっちにいって口の中が忙しい。まあこれはこれでうまいな。

 さて、今度こそのんびりアニメを見させてもらおう。



 いろいろな味を交互に、あるいは同じ味を立て続けに、まとめて。そうやって食っていたらあっという間になくなってしまった。思いのほかうまかったな。

 少しぬるくなったほうじ茶を飲みながら早送りのボタンを押す。オープニングまで楽しむこともあるが、今日は本編だけ楽しみたい気分だ。

 成長するにつれて見るアニメは変わっていく。中にはアニメを見なくなっていくやつもいるし、鼻で笑うやつもいる。でも、昔見てワクワクしたものはどんなに時間が過ぎても色あせないものだなあ。

 たまに、記憶リセットして最初の鮮烈な感動をもう一度味わってみたいとも思うけど。何回も見ることで味わえる楽しさもあるわけで。

 なんか久々にこのゲームしたくなってきたなあ。最近ゲームはスマホゲーム以外ご無沙汰だし。あ、充電しとかないと。

 しかし立ち上がるのが面倒でソファに横になっていると玄関の扉が開く音がした。

「春都ー。元気?」

「ばあちゃん」

 いろいろな荷物を抱えてやってきたのはばあちゃんだ。

「元気。ばあちゃんは」

「ばっちりばっちり。はい、これおみやげ」

 渡されたのはどこかで見たことのあるもの。ひなあられだ。

「お、ひなあられ」

「この会社の、おいしいのよ」

「うまかった」

「あら、食べたのね」

「ついさっき」

 そう言うと、ばあちゃんは笑った。

「あらら、それじゃあ被ったんだ」

「でもうまかったから、また買いに行こうかなと思ってたし」

「そう。ならよかった」

 今度は大事に食べよう。

 ひなあられを棚にしまっていると、ばあちゃんも台所にやってきた。

「それとねー、もう一つ持って来てるの。おみやげ」

「なになに」

 どうやらそれはタッパーに入っているようだった。

「晩ご飯のお楽しみよ」



 その正体はふたを開けた瞬間に分かった。

「ちらし寿司だ」

 酸味と甘みの混ざり合った香り、しいたけやタケノコを細かく切ってあるやつが混ざったご飯、目にも鮮やかなピンク色のでんぶ、黄色い錦糸卵。

「はい、これも持って行って」

 ちらしずしをうまいこと皿に移してテーブルに持って行って、台所に帰ってきて差し出されたのはシンプルなお吸い物だ。白だしに巻き麩、ネギが散らされている。

「いただきます」

「はい、どうぞ」

 ちらし寿司はどういう配分で食べるべきかいつも悩む。

 とりあえず米から。ツンとくるような酸味はないが、爽やかである。甘みもあるし、しいたけのうま味もいい。たけのこもシャキシャキといい食感だ。

 でんぶ。少し冷えてシャキッとしたような食感も好きだが、甘みがいいアクセントである。

 錦糸卵って、よくもまあこんなにうまく作れるものだなあといつもながらほれぼれする。卵焼きほどの主張はないが、素朴な味が、ちらしずしの濃いうま味によく合う。

 お吸い物がよく合うことだなあ。巻き麩はほとんどほどけている。これ、好きなんだよなあ。

「どう? 味は?」

「おいしい」

「そう。いっぱい食べなさい」

 ちらし寿司はパッと見重そうで、それなりに味も主張があるものだが、どういうわけかパクパクと食べ進めてしまう。酢のおかげか。

 何よりあれだ。シンプルにおいしいんだな。

 桃の節句、ひな祭り。まったく縁のない俺だが存分に楽しませてもらった。満足満足。

 おやつにひなあられ、食おうかな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

蛍地獄奇譚

玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。 蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。 *表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。 著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

お父様、ざまあの時間です

佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。 父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。 ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない? 義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ! 私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ! ※無断転載・複写はお断りいたします。

処理中です...