一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
249 / 846
日常

第二百四十四話 ほうれん草のバターソテー

しおりを挟む
 ずいぶん日差しが暖かい。外に出るにもコートなんかがいらない日も増えてきた。身軽だ。

「こんなに暖かいと、眠くなるな」

「わふっ」

「お前は元気だなあ、うめず」

 気候が良くなると外にも出たくなるものだ。人通りの少ない道を目的地も定めないまま進む。さて、どうしようかなあ。

 のらりくらりと歩いていたら、西高の近くまで来てしまった。

 うちの学校より年季が入っている建物だが、中庭とかは西高の方が広い。どうやら今日は課外か何かあったのか、校門からはぞろぞろと生徒が出てきている。

「遠回りしようか、うめず」

 着実に西高の方へ進むうめずを何とか別の道に誘導しようとするが、どうしてもうめずは西高の方に進みたいらしい。

「えー……」

「わう」

「そこを何とか」

 根気強く方向転換を促していたら、何とか校門手前のわき道にそれることができた。

 こっちはあまり生徒が少ない。みんなバス停やコンビニに用があるからなあ。こっちには民家と小さな郵便局ぐらいしかない。

 ……と、思われがちだがこっちにはこっちでいい店があるんだ。

 小さな個人経営のパン屋。売られているパンも素朴な手作りのものばかりだ。店主はおばあさんで、店はリフォームされているもののところどころ年季が入っている。 ロールケーキとかうまいんだよなあ。クリームに砂糖が混ざってジャリッとしてて。小さい頃はクリームだけ舐めて親を呆れさせていたっけ。

 手頃な価格だし西高のちょうど裏なので学生が多いかと思いきや、これが案外少ないのだ。

「なんか買って帰るかな」

 久々にこちらに来たので、せっかくだから何か食いたい。でも、うめず待たせとく場所ないんだよなあ。

「お、一条」

 と、店から出てきた人物に声をかけられる。

「お前は……守本か」

「久しぶりー。今日は学校休み?」

「ああ。そっちは?」

「課外。うめずも久しぶりだなあ」

「わううっ」

 守本の手にはいくつものパンが入った袋が握られていた。守本は零れ落ちそうになるパンを袋に詰めながら言った。

「一条も買いに来たのか?」

「いや、久々にこっちの道来たから買おうかなと思ったけど、うめずに待っといてもらう場所がなくて」

「そういうことね」

 そう言うと守本は空いている方の手を差し出して提案した。

「俺、待っといていいぞ」

「いいのか?」

「どうせバス停行ってもしばらく待ってなきゃいけないし。いいよ」

 これはありがたいことだ。

「悪いな。すぐ戻る」

「ゆっくりでいいぞー」

 リードを守本に預け、店内に入る。ガタガタと音を立てる自動ドアにちょっとヒヤッとする。

 さほど広くない店内に並ぶのは、サンドイッチや総菜パン、菓子パンにロールケーキ。

 どれもこれも魅力的だ。売り切れのやつもいくつかある。店の真ん中にはワゴンが置いてあって、そこには安売りのパンが置いてある。小学校の給食のパンとか作ってるらしくて、見たことのあるコッペパンも並んでいる。店の隅には牛乳やアイス、お菓子も売っている。小さい袋に入ったジャム。あれも給食ではおなじみだな。

 でも買い物に来るつもりではなかったからあまりお金を持って来てない。いくら安いとはいえ、食べたいパンを片っ端から買うことはできないが……さて、どうするか。

「んー……ん?」

 三段ある棚の一番上、そこには切り分けられる前の食パンがずらっと置いてあった。そういえばここの食パン、買ったことないなあ。いつも総菜パンか菓子パンしか買ってなかったし。

 値段は……うん、買える買える。でもこれ、トレーにのせらんないよな。

「すみません」

 レジに立つ店主に声をかける。店主はゆったりとこちらにやってきてくれた。

「はいはい。どうした?」

「これ欲しいんですけど……」

 欲しい分だけカットしてもらえるとのことなので、そうしてもらった。

 食パンをつぶさないよう気を付けながら袋を受け取って外に出る。

「悪いな」

「おー。うめず、大人しいのな」

 守本からリードを受け取る。うめずは行儀よくおすわりをしていた。

「いや、猫かぶってるだけだ」

「犬なのに猫かぶり」

「まあな」

 それからちょっとだけ話して、守本とは別れた。

 さて、せっかくだ。今日のお昼にさっそく食うとしよう。



 パンは自分の好きな厚さに切り分ける。

 シンプルにトーストしてバターを塗る……なんだかんだいってこれがうまい。だが、今日はもう一品作る。

 茹でたほうれん草を切り分けて、ベーコンも短冊切りにする。コーンの缶詰も準備しよう。

 これをバター醤油で炒める。食欲を刺激する、いい匂いだ。これをトーストしたパンの上にのせる。完成だ。ほうれん草のバターソテーのせトースト。添えてもいいのだが、今日はのせる。

「いただきます」

 まずはバターを塗った方から。

 カリッと香ばしい耳に次いで、サクもちっとした部分。溶けたバターがジュワッと染み出してきておいしい。

 なんだかほんのり甘い気もするなあ。市販のとはちょっと違う。

 そんじゃもう一つ。ほうれん草の方。

 ぽろぽろとコーンがこぼれるので少々食べづらいが、何とかいっぺんに食べたい。ほうれん草のソテーは、ベーコンやコーンも一緒に食ってこそだ。

 ほんの少しトロッとしたような食感のほうれん草、ベーコンの塩気、コーンの甘さ。そしてそれらを包み込むのはバターのまろやかな香りと醤油の香ばしさだ。

 これが甘めのパンによく合う。

 ほんの少ししっとりしてきたパンもおいしい。ほうれん草の味が染みているし、醤油の味もよく分かる。

 うん、これはうまい。

 こんなことならもっと早く食パン買ってみるんだった。気になってはいたが、なかなか手を出せなかったんだよなあ。

 まあ、今知れてよかった。他にも買ったことのないパンもあるし、またいろいろ買ってみよう。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

どうやら旦那には愛人がいたようです

松茸
恋愛
離婚してくれ。 十年連れ添った旦那は冷たい声で言った。 どうやら旦那には愛人がいたようです。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

お父様、ざまあの時間です

佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。 父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。 ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない? 義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ! 私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ! ※無断転載・複写はお断りいたします。

処理中です...