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日常
第二百三十九話 つくしの卵とじ
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今日はなんだか調子が出ない日だ。
まあ、休みでよかった。借りた漫画もあるし、じっくり読むとしようか。
「ん~……」
ベッドに横になり、ぺらぺらとページをめくる。
「……だめだ」
どうも今日は集中力のない日のようである。
調子が出ない日にもいろいろあって、ただただぐうたらしてしまう日とか、寝こけてしまう日とか、ひたすら本を読みまくる日とかある。
今日は本を読んでも内容が入ってこない。こういうときは無理して読まないに限る。
紙袋に本を戻し、居間に行く。父さんはこたつでパソコンをしていて、その傍らでうめずが尻尾を振り、台所には母さんが立っていた。
なんとなく頭がぼーっとする。とりあえず水分でも取っておこうと、オレンジのパックジュースを持って来てテーブルにつく。
こういうパックジュースにストローを刺すのはなんとなくワクワクする。
百パーセント果汁で酸味が強いが爽やかな甘みもある。
「本は読んだの?」
母さんが台所の掃除をしながらこちらに声をかけてくる。
「いや、今日は……」
「読む気にならない?」
「んー」
「まあ、そういう日もあるよね」
最後の方をすするときはずぞぞぞーっと結構豪快な音がする。
「元気はある?」
「まあ、ある」
「じゃあ手伝って」
「何を」
「ちょっと待ってねー」
片づけを終え、母さんが持ってきたのは新聞紙だった。中に何か包んでいるのかふっくらしている。
「はかま、一緒に取ってくれる?」
新聞紙に包まれていたのはつくしだった。
「あー、つくしね」
「夜、卵とじにしようと思って。食べてくれる?」
「食べる食べる」
小さい頃は見た目と味が苦手だったけど、食べられるようになったんだよなあ。
ちまちま、ちまちまとはかまを取っていく。こういう単純作業は何も考えなくていいから、頭がぼーっとしているときにちょうどいい。
つくしってよく見ればすごい形してるよなあ。漢字で書いたら土筆、だったか。土の筆、確かに筆の形に見えなくもない。先っぽをよく見るとちょっとぞわっとする。この細かい造形、自然にできてんのすげえなあ。
「楽しい?」
「……んー、なんか無心」
「そういう時間が必要なのよ」
テレビの音も聞こえない。聞こえてくるのは手元の作業音と父さんのタイピング音、うめずの呼吸音ぐらいか。
のどかだなあ。こんなふうな時間を過ごせるのは贅沢だよなあ。
「はい、ありがとう」
すっかりはかまがとれたつくしの山を母さんは台所に持っていく。なんか手が青臭い。手ぇ洗うか。
「これから何すんの」
「あく抜き」
「ふーん……」
なんとなく気になるのでそのまま作業をのぞき込む。
お湯を沸かして重曹を溶かし、つくしを入れて煮ていく。
「つくしだけじゃ足りないもんね。他に何か食べたいものある?」
「うーん……」
「鶏? 豚? それとも魚とか?」
「焼き魚食べたい」
「じゃあ鮭を焼こうか。冷凍があるはず」
それとみそ汁でいいかな、と母さんは鍋を軽くかきまぜた。
煮たらお湯を捨て、水にさらす。しばらくさらしたらギュッと水気を絞って、あく抜きは終わりらしい。皿に移して冷蔵庫に入れた。
「みそ汁の具はなめこでいいかな?」
「いいよー」
「じゃあ晩ご飯はそれでいいね。決まり」
母さんは冷蔵庫の扉を閉じ、時計を確認した。
「うん、もうちょっとして作ろう。それまでいったん休憩」
「なんか飲む?」
「うーん、紅茶あったよね。それ飲みたいなあ」
「分かった」
電気ケトルにペットボトルの水を入れ、スイッチを入れる。
ふと床が温かいことに気が付いて、外に視線を向けた。すっかり春、とまではいかないが、ずいぶん日差しに力が満ちてきたように思う。
つくしも食べられるし、確かに春は近づいているのだなあ。ぼんやりそう思うと、少し心が浮き立った。
じゅうじゅうパチパチと魚の脂がはじける音、ほんの少し焦げたような味噌の香り、甘辛い湯気。なんだか朝ご飯のようでもあり、確かに夜ご飯の雰囲気でもあるこの感じが好きだなあ。
「お、つくしだ」
テーブルに並んだ皿を見て父さんが嬉しそうに言った。
「もうそんな季節なんだな」
「そう。春都が手伝ってくれたの」
「お、いいじゃないか」
「はかま取っただけだよ……」
季節のものがテーブルに並んでいるのは確かにうれしい。
「いただきます」
まずは鮭から食べようかな。
ほくっと身をほぐし、口に含む。程よい塩気と鮭のうま味がふわっと広がる。これはやっぱりご飯が合うなあ。皮目もちょっと焦げを落として食べる。マヨネーズをつけて食うのが好きだ。
で、つくし。
噛みしめればはっきりと現れる苦み。一瞬「むっ」となるが食べ進めていけば甘辛いジュワッとした味付けと卵のまろやかさがにじみだしてきて、おいしいと思えるようになる。
大量に食えるものではないが、いいご飯のおかずだ。
なめこのみそ汁はほんのりトロッとしている。プチプチとした食感のなめこと刻まれたシャキトロッとしたネギの風味がおいしい。
「つくし、うまいなあ」
「ほんと。やっぱり季節のものっていいね」
もう一口、つくしを食べてみる。
今度は卵を多めに。うん、俺はこれぐらいのバランスが好きだなあ。ご飯にのっけて食べると、少し冷めたつくしの風味がふうわりと程よく香る。
そういやばあちゃんもよく作ってくれるよなあ、この時期。
しゃき、じゃきとした食感と苦みを味わいながら思う。おいしいと思えるものが増えるって、幸せだなあ。
「ごちそうさまでした」
まあ、休みでよかった。借りた漫画もあるし、じっくり読むとしようか。
「ん~……」
ベッドに横になり、ぺらぺらとページをめくる。
「……だめだ」
どうも今日は集中力のない日のようである。
調子が出ない日にもいろいろあって、ただただぐうたらしてしまう日とか、寝こけてしまう日とか、ひたすら本を読みまくる日とかある。
今日は本を読んでも内容が入ってこない。こういうときは無理して読まないに限る。
紙袋に本を戻し、居間に行く。父さんはこたつでパソコンをしていて、その傍らでうめずが尻尾を振り、台所には母さんが立っていた。
なんとなく頭がぼーっとする。とりあえず水分でも取っておこうと、オレンジのパックジュースを持って来てテーブルにつく。
こういうパックジュースにストローを刺すのはなんとなくワクワクする。
百パーセント果汁で酸味が強いが爽やかな甘みもある。
「本は読んだの?」
母さんが台所の掃除をしながらこちらに声をかけてくる。
「いや、今日は……」
「読む気にならない?」
「んー」
「まあ、そういう日もあるよね」
最後の方をすするときはずぞぞぞーっと結構豪快な音がする。
「元気はある?」
「まあ、ある」
「じゃあ手伝って」
「何を」
「ちょっと待ってねー」
片づけを終え、母さんが持ってきたのは新聞紙だった。中に何か包んでいるのかふっくらしている。
「はかま、一緒に取ってくれる?」
新聞紙に包まれていたのはつくしだった。
「あー、つくしね」
「夜、卵とじにしようと思って。食べてくれる?」
「食べる食べる」
小さい頃は見た目と味が苦手だったけど、食べられるようになったんだよなあ。
ちまちま、ちまちまとはかまを取っていく。こういう単純作業は何も考えなくていいから、頭がぼーっとしているときにちょうどいい。
つくしってよく見ればすごい形してるよなあ。漢字で書いたら土筆、だったか。土の筆、確かに筆の形に見えなくもない。先っぽをよく見るとちょっとぞわっとする。この細かい造形、自然にできてんのすげえなあ。
「楽しい?」
「……んー、なんか無心」
「そういう時間が必要なのよ」
テレビの音も聞こえない。聞こえてくるのは手元の作業音と父さんのタイピング音、うめずの呼吸音ぐらいか。
のどかだなあ。こんなふうな時間を過ごせるのは贅沢だよなあ。
「はい、ありがとう」
すっかりはかまがとれたつくしの山を母さんは台所に持っていく。なんか手が青臭い。手ぇ洗うか。
「これから何すんの」
「あく抜き」
「ふーん……」
なんとなく気になるのでそのまま作業をのぞき込む。
お湯を沸かして重曹を溶かし、つくしを入れて煮ていく。
「つくしだけじゃ足りないもんね。他に何か食べたいものある?」
「うーん……」
「鶏? 豚? それとも魚とか?」
「焼き魚食べたい」
「じゃあ鮭を焼こうか。冷凍があるはず」
それとみそ汁でいいかな、と母さんは鍋を軽くかきまぜた。
煮たらお湯を捨て、水にさらす。しばらくさらしたらギュッと水気を絞って、あく抜きは終わりらしい。皿に移して冷蔵庫に入れた。
「みそ汁の具はなめこでいいかな?」
「いいよー」
「じゃあ晩ご飯はそれでいいね。決まり」
母さんは冷蔵庫の扉を閉じ、時計を確認した。
「うん、もうちょっとして作ろう。それまでいったん休憩」
「なんか飲む?」
「うーん、紅茶あったよね。それ飲みたいなあ」
「分かった」
電気ケトルにペットボトルの水を入れ、スイッチを入れる。
ふと床が温かいことに気が付いて、外に視線を向けた。すっかり春、とまではいかないが、ずいぶん日差しに力が満ちてきたように思う。
つくしも食べられるし、確かに春は近づいているのだなあ。ぼんやりそう思うと、少し心が浮き立った。
じゅうじゅうパチパチと魚の脂がはじける音、ほんの少し焦げたような味噌の香り、甘辛い湯気。なんだか朝ご飯のようでもあり、確かに夜ご飯の雰囲気でもあるこの感じが好きだなあ。
「お、つくしだ」
テーブルに並んだ皿を見て父さんが嬉しそうに言った。
「もうそんな季節なんだな」
「そう。春都が手伝ってくれたの」
「お、いいじゃないか」
「はかま取っただけだよ……」
季節のものがテーブルに並んでいるのは確かにうれしい。
「いただきます」
まずは鮭から食べようかな。
ほくっと身をほぐし、口に含む。程よい塩気と鮭のうま味がふわっと広がる。これはやっぱりご飯が合うなあ。皮目もちょっと焦げを落として食べる。マヨネーズをつけて食うのが好きだ。
で、つくし。
噛みしめればはっきりと現れる苦み。一瞬「むっ」となるが食べ進めていけば甘辛いジュワッとした味付けと卵のまろやかさがにじみだしてきて、おいしいと思えるようになる。
大量に食えるものではないが、いいご飯のおかずだ。
なめこのみそ汁はほんのりトロッとしている。プチプチとした食感のなめこと刻まれたシャキトロッとしたネギの風味がおいしい。
「つくし、うまいなあ」
「ほんと。やっぱり季節のものっていいね」
もう一口、つくしを食べてみる。
今度は卵を多めに。うん、俺はこれぐらいのバランスが好きだなあ。ご飯にのっけて食べると、少し冷めたつくしの風味がふうわりと程よく香る。
そういやばあちゃんもよく作ってくれるよなあ、この時期。
しゃき、じゃきとした食感と苦みを味わいながら思う。おいしいと思えるものが増えるって、幸せだなあ。
「ごちそうさまでした」
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