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日常
第二百三十六話 かつ丼
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実際には食べてないのに毎日のように食べている気がするものがある。
「ん、どした?」
人の出入りが激しい食堂。何とか陣取った席で飯を食う俺の向かいでは、咲良が今日もかつ丼を食っている。
「飽きねえの?」
「何が?」
「かつ丼。そればっかり食ってんじゃん」
そりゃたまには別のも頼んでるけど、九割がたかつ丼食ってるよなあ、こいつ。
咲良は米をかきこみ、肉をほおばる。それをしっかり味わって飲み込んだ後、声を発した。
「飽きないなあ。いつ食ってもうまい」
「そんなもんか」
「だって春都もそうでしょ」
そう言うと咲良はお茶を飲んで続けた。
「好きな食いもんは、立て続けに食ってもうまいだろ?」
ふむ、と考えこむ。好きな食いもん、俺の場合はからあげか。からあげを毎日、あるいは週五ぐらいで食うとして、うんざりするだろうか。
「……食える」
「それと一緒だって」
咲良はいつものようににぱっと笑うと、おいしそうにかつ丼をほおばった。
今日の俺の弁当にもカツは入っている。ソースがひたひたのカツだ。サクッとはしていないが、ジュワッと染み出すソースの甘辛さとしっとりした衣、淡白な豚肉は白米によく合う。
「なんか俺も毎日かつ丼食ってる気ぃしてくんだよな」
「なんでだよ」
「そりゃお前、目の前で毎日食われてりゃなあ」
「あはは。そんなもんかー?」
咲良はみそ汁をすすって言った。
「学食のかつ丼もうまいけどさー、うどん屋のかつ丼もうまいんだよなー」
「あ、それ分かる」
「な? うどん屋行くといっつも迷うんだよな~」
やっぱり出汁が違うのだろうか。セットメニューを頼むと決まってミニうどんがついてくるのもいい。
「あとはー、弁当屋のとかめっちゃうまそうに見える」
弁当屋のかつ丼は定期的にCMで見る気がする。
「あれはサクサク食感よりしっとり食感なんだよな」
「サクサクは揚げたてじゃないと厳しいだろう」
「そうそう。家でたまに作ってくれるのがうまくてなー。めったにないんだけど」
「なんで?」
「妹があんま食わねーの。それに、揚げ物は手間がかかるって」
揚げ物は手間がかかる、というのはよく分かる。自分一人の時はちょっと考えるもんなあ。でも母さんは「うちで揚げたの、おいしいもんね」と言って揚げ物してくれる。ありがたい話だ。
「だからどうしても休みの日に食いたくなったら、コンビニとかで買う。何気にうまいんだぜ」
「コンビニにかつ丼……あったっけ?」
「卵とじとソース、二種類ある」
詳しいな、こいつ。咲良はどんぶりについた米粒を丁寧に箸で取りながら言った。
「ソースの方はキャベツがしいてあるんだよね。卵とじの方は玉ねぎ多め。あ、店舗によって違うんだけどね」
「そうなのか」
「店内調理? とかいうところもある。運が良ければ揚げたて食えるぜ」
コンビニでかつ丼、考えが及ばなかったなあ。今度から気にかけてみるか。
「ふいー、ごちそうさん」
「ごちそうさま」
でもその前に、うちのかつ丼、食いたくなってきたなあ。
「かつ丼? いいよー」
家に帰って、晩ご飯の片づけを手伝いながら母さんにリクエストすれば、嬉しそうにそう言ってくれた。
「じゃあ明日の晩ご飯はかつ丼ね。ひれ? ロース?」
「できれば、ロースが」
「ソースかな? それとも卵とじ?」
「卵とじ」
いわゆるかつ丼、という感じのが食いたかったんだよ。
「いいね。じゃ、それとみそ汁にしようかなー」
「うん。ありがとう」
「そうやってリクエストしてくれるのはありがたいなあ。からあげじゃなくていいの?」
「んー」
揚げ物といえばからあげの俺だが、今回ばかりはどうしてもかつ丼の気分だ。
「なんか、食いたくて」
「そういう気分の時もあるよなあ、分かる分かる」
と、のんびりと父さんが同意する。母さんは笑みをたたえたまま「分かった」と言った。
「からあげはまた今度作ろうね」
「はい」
食べたいものがあるっていうのは、つくづく、幸せだなあと思った。
晩飯が楽しみだと、その日一日頑張れる。
「ただいま」
帰って来た時からすでに甘い出汁のいい香りがしていた。学校のとも、うどん屋のとも違う、うちのかつ丼の香りだ。さっさと風呂に入って食いたい。
みそ汁は豆腐とわかめ。いい眺めである。
「いただきます」
こんもりとどんぶりに盛られたご飯とかつ、それを彩るのは半熟の眩しい卵だ。
やっぱりまずはかつだけで一口。分厚い揚げたてのカツはサックサクで、肉は柔らかく、ジュワッとうま味と出汁が染み出してくる。衣も香ばしい。
「おいしい……」
「そう? よかったー」
「かつ丼、久しぶりに食べたなあ」
父さんと母さんは一味をかけて食べている。それはそれでうまそうだな。あとでやってみよう。
しっかり卵も一緒に食べる。つるっとしたような、とろんとしたようなまろやかな卵がうまく衣に絡んでおいしい。
途中でみそ汁を一口。わかめの風味と豆腐ののど越しがたまらない。
少し時間が経つと衣がしんなりしてきて、ご飯となじみやすい。
米のほこっとした甘みにだしのうま味がたっぷり、肉も食べ応えがあるし、卵がよく絡んだ衣がなんともいえない香ばしさである。かつ丼って、こんなにうまかったんだなあ。
脂身のところも甘みがあっておいしい。
一味をかけると甘みにピリッと刺激が加わって引き締まるようだ。これはこれでうまい。
出汁と肉のうま味が染みたご飯をかきこむ。これは一粒残さず食べたくなるな。かつとご飯の配分は気にしたいところだが、ご飯だけでもなかなか満足度が高い。
毎日食いたい、というあいつの気持ちも分からないでもないな。
このかつ丼ならいくらでも食えそうだ。
「ごちそうさまでした」
「ん、どした?」
人の出入りが激しい食堂。何とか陣取った席で飯を食う俺の向かいでは、咲良が今日もかつ丼を食っている。
「飽きねえの?」
「何が?」
「かつ丼。そればっかり食ってんじゃん」
そりゃたまには別のも頼んでるけど、九割がたかつ丼食ってるよなあ、こいつ。
咲良は米をかきこみ、肉をほおばる。それをしっかり味わって飲み込んだ後、声を発した。
「飽きないなあ。いつ食ってもうまい」
「そんなもんか」
「だって春都もそうでしょ」
そう言うと咲良はお茶を飲んで続けた。
「好きな食いもんは、立て続けに食ってもうまいだろ?」
ふむ、と考えこむ。好きな食いもん、俺の場合はからあげか。からあげを毎日、あるいは週五ぐらいで食うとして、うんざりするだろうか。
「……食える」
「それと一緒だって」
咲良はいつものようににぱっと笑うと、おいしそうにかつ丼をほおばった。
今日の俺の弁当にもカツは入っている。ソースがひたひたのカツだ。サクッとはしていないが、ジュワッと染み出すソースの甘辛さとしっとりした衣、淡白な豚肉は白米によく合う。
「なんか俺も毎日かつ丼食ってる気ぃしてくんだよな」
「なんでだよ」
「そりゃお前、目の前で毎日食われてりゃなあ」
「あはは。そんなもんかー?」
咲良はみそ汁をすすって言った。
「学食のかつ丼もうまいけどさー、うどん屋のかつ丼もうまいんだよなー」
「あ、それ分かる」
「な? うどん屋行くといっつも迷うんだよな~」
やっぱり出汁が違うのだろうか。セットメニューを頼むと決まってミニうどんがついてくるのもいい。
「あとはー、弁当屋のとかめっちゃうまそうに見える」
弁当屋のかつ丼は定期的にCMで見る気がする。
「あれはサクサク食感よりしっとり食感なんだよな」
「サクサクは揚げたてじゃないと厳しいだろう」
「そうそう。家でたまに作ってくれるのがうまくてなー。めったにないんだけど」
「なんで?」
「妹があんま食わねーの。それに、揚げ物は手間がかかるって」
揚げ物は手間がかかる、というのはよく分かる。自分一人の時はちょっと考えるもんなあ。でも母さんは「うちで揚げたの、おいしいもんね」と言って揚げ物してくれる。ありがたい話だ。
「だからどうしても休みの日に食いたくなったら、コンビニとかで買う。何気にうまいんだぜ」
「コンビニにかつ丼……あったっけ?」
「卵とじとソース、二種類ある」
詳しいな、こいつ。咲良はどんぶりについた米粒を丁寧に箸で取りながら言った。
「ソースの方はキャベツがしいてあるんだよね。卵とじの方は玉ねぎ多め。あ、店舗によって違うんだけどね」
「そうなのか」
「店内調理? とかいうところもある。運が良ければ揚げたて食えるぜ」
コンビニでかつ丼、考えが及ばなかったなあ。今度から気にかけてみるか。
「ふいー、ごちそうさん」
「ごちそうさま」
でもその前に、うちのかつ丼、食いたくなってきたなあ。
「かつ丼? いいよー」
家に帰って、晩ご飯の片づけを手伝いながら母さんにリクエストすれば、嬉しそうにそう言ってくれた。
「じゃあ明日の晩ご飯はかつ丼ね。ひれ? ロース?」
「できれば、ロースが」
「ソースかな? それとも卵とじ?」
「卵とじ」
いわゆるかつ丼、という感じのが食いたかったんだよ。
「いいね。じゃ、それとみそ汁にしようかなー」
「うん。ありがとう」
「そうやってリクエストしてくれるのはありがたいなあ。からあげじゃなくていいの?」
「んー」
揚げ物といえばからあげの俺だが、今回ばかりはどうしてもかつ丼の気分だ。
「なんか、食いたくて」
「そういう気分の時もあるよなあ、分かる分かる」
と、のんびりと父さんが同意する。母さんは笑みをたたえたまま「分かった」と言った。
「からあげはまた今度作ろうね」
「はい」
食べたいものがあるっていうのは、つくづく、幸せだなあと思った。
晩飯が楽しみだと、その日一日頑張れる。
「ただいま」
帰って来た時からすでに甘い出汁のいい香りがしていた。学校のとも、うどん屋のとも違う、うちのかつ丼の香りだ。さっさと風呂に入って食いたい。
みそ汁は豆腐とわかめ。いい眺めである。
「いただきます」
こんもりとどんぶりに盛られたご飯とかつ、それを彩るのは半熟の眩しい卵だ。
やっぱりまずはかつだけで一口。分厚い揚げたてのカツはサックサクで、肉は柔らかく、ジュワッとうま味と出汁が染み出してくる。衣も香ばしい。
「おいしい……」
「そう? よかったー」
「かつ丼、久しぶりに食べたなあ」
父さんと母さんは一味をかけて食べている。それはそれでうまそうだな。あとでやってみよう。
しっかり卵も一緒に食べる。つるっとしたような、とろんとしたようなまろやかな卵がうまく衣に絡んでおいしい。
途中でみそ汁を一口。わかめの風味と豆腐ののど越しがたまらない。
少し時間が経つと衣がしんなりしてきて、ご飯となじみやすい。
米のほこっとした甘みにだしのうま味がたっぷり、肉も食べ応えがあるし、卵がよく絡んだ衣がなんともいえない香ばしさである。かつ丼って、こんなにうまかったんだなあ。
脂身のところも甘みがあっておいしい。
一味をかけると甘みにピリッと刺激が加わって引き締まるようだ。これはこれでうまい。
出汁と肉のうま味が染みたご飯をかきこむ。これは一粒残さず食べたくなるな。かつとご飯の配分は気にしたいところだが、ご飯だけでもなかなか満足度が高い。
毎日食いたい、というあいつの気持ちも分からないでもないな。
このかつ丼ならいくらでも食えそうだ。
「ごちそうさまでした」
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