一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百二十三話 しゃぶしゃぶ

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 居間がなんだか騒がしい気がして、そっと上体を起こす。

 午前六時。うめずがここにいないということは、今でにぎやかにしているのはうめずだろうか。でも人の声も聞こえる。テレビでもつけているのか?

 父さんと母さんは昼過ぎに帰ってくるっつってたし……

 ……いや、もしかしたら。

「あら、春都。おはよう」

「おはよう。休みなのに早いなぁ」

 やっぱり。ソファでうめずと座る父さんとこたつに入ってのんびりしている母さんがそこにはいた。

「……おはよう。帰ってくるの、昼過ぎじゃなかったの」

「それがねえ、予定が思ったより早く済んじゃって。早く帰ってこれたの」

「連絡しようと思ったけど、せっかくだし、びっくりさせようかなーと思って。どう? びっくりした?」

 そう楽しげに言われては何も言えまい。

「うん、かなり」

 身支度を整える間に母さんが朝ごはんの準備をしてくれていた。

 ハムエッグ、ご飯、みそ汁。みそ汁の具は……玉ねぎとジャガイモだ。

「ジャガイモのみそ汁、久しぶりだ」

「実はな」

 うきうきと話し出したのは父さんだ。

「ずいぶんおいしいジャガイモがあってなあ。つい買ってきてしまったんだ」

 と、父さんが指さした先の台所には、コルク色の紙袋が置いてあった。

「ジャガイモ」

 買ってきてくれないかなあとは思ったが、本当に買ってくるとは。

 思ってみるもんだな。

「塩辛も買ってきたんだ。だから、今日の夜はジャガバターにするよ」

「塩辛のジャガバターはおいしい」

「お、春都もおいしさが分かるようになったか」

 みそ汁のジャガイモもうまい。ちょっと溶けた感じのジャガイモの食感が好きだ。味噌の風味も香ばしい。

「しばらくジャガイモ尽くしになりそうね。ハッシュドポテトでも作ろうか」

 すごく腹にたまりそうなラインナップだなあ。でも、楽しみだ。

「ジャガイモならうめずも食べられると思う」

 そうつぶやけば、ご飯を食べている途中のうめずが顔を上げて「わふ」と返事をした。

「それはいいね」

 このジャガイモはうま味たっぷりだ。バターや塩辛がなくてもおいしく食べられるだろう。



「他に食べたいものはない?」

 朝食を終えこたつでのんびり本を読んでいたら、片付けを終えた母さんがソファに座って聞いてきた。

「んー、冷蔵庫にあるものでなんか作れるやつ」

「何があったかな」

「鍋の具材にできそうなものばっかり」

「あー、鍋いいねえ」

 寒いしねぇ、と母さんはこたつに入った。

「しゃぶしゃぶとか。鶏と豚もあるよ」

「あ、それいいね。そうしよう」

 たれはポン酢とごまだれ両方準備したいよな。

 ポン酢はこないだちょうど買ってきてるし。ごまだれは……あ、ごまだれ。

 立ち上がって冷蔵庫に向かう。ぱっと見、ない。探してみる。ない。あちゃあ、買ってなかったかあ。まあ、なかなか使うタイミングないもんなあ。

「んー……作るか」

 ハッシュドポテトも手作りしてうまかったからな。ないものは作ってみる、というのもありだ。

 いりごまはある。あとは何がいるんだろう。

 スマホで調べたレシピを見ながら作っていくことにする。

 とりあえずごまをすらないことには始まらない。いい匂いだなあ。

 みりんに味噌を溶いたら、砂糖、マヨネーズ、酢、ごま油、ゴマを入れて混ぜていく。酢の匂いがすごい。

 で、これをレンチンしたら完成、と。

「おいしいのかな……」

 試しにちょっとなめてみる。ん、これはいい。

 冷めたらまた味がなじむだろう。晩飯が楽しみだな。

「何作ってんの」

 コーヒーを入れに来た父さんが匂いを嗅ぐ。

「ごま?」

「うん、ごまだれ」

「おー……ごまだれ?」

「晩飯、しゃぶしゃぶだから」

 しゃぶしゃぶかあ、いいなあ、と父さんは水のペットボトルを手に取る。

「ごまだれ、ジャガイモにかけてもおいしそうだな」

「あ、確かに」

 ドレッシングにもなるって書いてあったし、絶対うまいぞ、それ。



 ぐつぐつと煮えたぎる鍋は白だし。白菜、まいたけ、えのきが一緒に煮えていて、鍋の傍らには豚肉と鶏の薄切り肉がある。

「いただきます」

 お椀は二つ。ポン酢とごまだれだ。

「あ、ごまだれおいしい。手作り、いいね」

 母さんが白菜をつけて食べて言った。

「ジャガイモにも合うなあ」

 と、父さんも笑った。

 確かに、甘さも程よくゴマの風味がしっかりあっておいしい。鶏肉の淡白なうま味とよく合う。

 豚肉は濃い目の味になって、ご飯が進む。豚しゃぶサラダとかにも合うだろうな。

 ポン酢はあっさりしていてまたよし。白菜と肉を一緒に食うのが、みずみずしさが増してうまいのだ。

 まいたけはうま味が強いのに、癖があまりないのでおいしい。最近は何かとまいたけを選びがちである。

 えのき、ごまだれによく合う。じゃくじゃくとした食感が特徴的でおいしい。

 白菜はポン酢もごまだれもうまく着こなす。

「ジャガイモ食べる?」

「食べる」

 レンジで加熱したジャガイモはほくほくトロッとしている。ごまだれもいいし、マヨネーズもさっぱりでいい。バターはコクが増し、塩辛を乗っけるとうま味があふれ出す。

 ……昨日の今頃思ったんだっけ。二十四時間も経たないうちに賑やかな食卓になってるって。

 結果として二十四時間どころか数時間でにぎやかになったわけだけど、うれしい誤算というやつか。

 一人鍋とか、気楽に好きなものを食べるというのもいいけど、やっぱ、家族で鍋を囲めるって幸せだ。

 より一層、温まるというものだな。



「ごちそうさまでした」

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