一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百十八話 アジフライ

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 テスト前は朝がゆっくりだ。

 ほくほくとした心持でソファにのんびりと座っていたらスマホが鳴った。

「母さんか」

 通話ではなくメッセージだ。

『夕方楽しみにしてて!』

 ……どういうことだ。

 とりあえず首を傾げたキャラクターのスタンプを送れば、少しして電話がかかってきた。母さんはメッセージを送るより電話の方が楽らしい。

「もしもーし」

『あら、まだ家?』

「んー。テスト前」

『なるほどね』

 しかしこれならあのメッセージの真意がわかるというものだ。

「どういうこと?」

『ああ、実はね』

 母さんは楽しげに笑った。

『いいものを送ってるの。今日の夕方には着くだろうから、楽しみにしてて』

「ああ、そういうこと。ありがとう」

『なに? 何だと思った?』

「いや……」

 何だと思った、っていうか、なにも思いつかなかったというか。何をしでかすつもりだろうかとは思ったけど。

『まあ、夜ご飯にでも食べて』

「ということは食品か」

『内容はお楽しみ~』

 そこを詳しく聞き出そうとしたが、そうこうしているうちに登校時間になった。

 仕方ない。今日の夕方には明らかになることだ。楽しみにしておこう。



「なんかさー……」

 昼休み。今日は勇樹も一緒に飯を食っていたのだが、咲良が俺の方を見て言った。

「春都、なんかいいことでもあった?」

「なんでだ?」

 昼飯は食堂が作っている弁当だ。数量限定で内容は日替わりである。基本はご飯の上にどんとおかずがのっているもので、今日はキャベツとチキンカツだった。

「なんかそわそわしてるなーと思って」

「え、そうなんだ」

 そう言って少し驚くのは勇樹だ。

「いつも通りに見える」

「いつも通りだぞ」

「えー? 絶対違うって」

 食堂のチキンカツはなんと揚げたてで、サクサクと香ばしく、ソースも染みておいしい。付け合わせのキュウリの漬物はほんのりしそっぽい風味がする。ご飯に温められているのが弁当らしいなあ。

「なんか楽しいことがあったか、楽しいことがあるか!」

 自信満々に言い、咲良はカツをほおばった。

「ま、たいてい飯関連だけどな」

 その自信ありげな言い方に腹が立つが、あながち間違ってもいないので何も言い返せない。

 実際、楽しみなのだからしょうがない。でも俺そんな顔に出てるかなあ。

「俺は分かんなかった」

 勇樹は弁当を早々に食べ終わり、別に買っていたパンの袋を開けていた。

「咲良は分かりやすいけど」

「えー? 何だよそれー」

 咲良はケタケタと笑った。

「俺そんな分かりやすい?」

「表情筋の可動域が広いと思う」

「それは分かる」

 というか、俺の隣にいたら誰でも表情豊かに見えるものだと思うんだが。あ、でも朝比奈は似たり寄ったりだろうか。それは朝比奈に失礼か。

「俺、ポーカーフェイスじゃない? クールキャラっていうかさ」

 そう決め顔をして咲良は言うが、なんか滑稽に見えて思わず笑ってしまった。

「笑うなよー」

「お前もうちょっと本気出せよ……できるだろ?」

「さっきの結構渾身の決め顔だったんだけど?」

 本気で訳が分からないという顔をする咲良がさらにおかしくて、午後からの授業、たまに思い出して笑いをこらえるのに必死だった。



 荷物は、帰り着いてから三十分ほどして届いた。

「これは……」

 箱の中身は冷凍のアジフライだった。おお、このまま揚げればいいってことか。一袋にいくつも入っているんだな……って五袋も来てるし。しばらくアジフライには困らないなあ。

「ん?」

 何か一緒に入っている。紙?

『来週には帰って来るよ!』

 この筆跡は母さんのものだ。

 そっか、来週帰ってくるのか。案外遅かったなあ。そうだ、何食いたいか聞いとかないと。どっか外食とか行くかな。

 頬が緩むのを感じて、ぐにぐにともんで戻す。

 さて、飯だ。

 アジフライに添えるのはキャベツ。千切りにしてたっぷりと。

 アジフライは衣がついていてそのまま揚げられるから、油をフライパンで温めて……

「うわ、でか」

 思った倍はでかい。これは食べ応えがあるなあ。こりゃ二切れでいい。

 こんがりきれいに揚がったら、皿に盛って完成だ。醤油とタルタルソースを準備しよう。

「いただきます」

 しかも身が分厚い。ずっしりと箸から伝わる重さにわくわくする。

 まずは醤油で。サクッと香ばしい衣、ふんわりとした身、かと思えばしっかりとした食感の部分もある。臭みもないし、魚のうま味があふれ出てくるようだ。

 醤油の味がそのうま味を引き立てる。ここまでアジをしっかり楽しめるアジフライは初めてかもしれない。

 キャベツはドレッシングでさっぱり。酸味が強めのドレッシングは揚げ物の時にいい。

 タルタルソースをかけると一気にジャンクな感じになる。シャキッと玉ねぎにまろやかなマヨネーズ。やっぱフライとタルタルソースって合うなあ。

 そしてこの組み合わせはご飯が進むんだ。

 二枚目で幸せな満腹感を感じるころ、ふと手元に置いていた手紙に視線を落とす。

『来週には帰ってくるよ!』

 たった一文、簡潔な言葉だけど俺の表情筋を緩めるには十分だ。

 緩みすぎには、気を付けたいがな。



「ごちそうさまでした」

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