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日常
第二百七話 オムライス
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「春都ってさ、卵、片手で割れる?」
昼休み、飯を食い終わって教室でだらけていたら、咲良がふいに聞いてきた。
「なんだ、また唐突に」
「いやーなんか気になってさ」
咲良は自分で持って来ていた雑誌のあるページを見せる。そこにはでかでかと写真があって、その人はどこかで見覚えのある顔だった。誰だっけ。
「ほら、この人。最近テレビによく出てるじゃん。料理研究家とかいう」
「あー。あの人か。で、この人がどうした」
雑誌を受け取り、ページを繰る。どうやらインタビュー記事らしい。なんだ、レシピとかが載ってるわけじゃないのか。
「それがさあ、こないだテレビ見てたらちょうどこの人の料理番組みたいなの始まって。卵割るときに片手だったんだよ」
「何を作ってたんだ」
「オムライス」
「オムライスか……」
最近食ってないな。デミグラスソースのやつ食いたい。
「いや、今は何作ってたかはさほど問題じゃない。卵の割り方だよ」
「あーまあ、片手で割る人いるよな」
「かっこよくね?」
咲良はパイプ椅子の背もたれに身を預け、足を組んだ。そして手を何か動かしながら「こう、片手で割るの。手際よかったし、黄身はつぶれないし」と言った。それでやっと、咲良は卵を割るジェスチャーをしているということに気が付いた。
「かっこいいかはともかくとして、卵焼きの専門店とかの人がやってるのは見てて気持ちいいよな。よくあれで殻が入らないと思う」
「そう、それな。俺がやったらたぶん、いや、絶対殻まみれになる」
卵を片手で……か。
「できないことはないんだけどなあ」
「できるのか?」
期待のこもった眼でこちらを見てくる咲良に、苦笑しながら雑誌を返す。
「できるけど、たまに殻入るし。黄身もきれいじゃないことの方が多い」
「でもできるんだろー? すげーな」
「ちなみに殻が入ったときは、殻ですくうといいらしいぜ」
「どういうこと?」
俺も最近、母さんから教わったばかりだ。ちまちまと殻の破片をとっていたら「残った殻ですくうといいよ」と言われ、半信半疑で試してみれば、すんなりすくえたので驚いた。
「へー。一回試してみてえ」
「気持ちいいぐらいとれるぞ。まあ、殻が入らないように割るのが一番なんだがな」
「何の話をしてるんだ?」
そう言って話に入ってきたのは勇樹だ。
「おー。どこ行ってたんだ?」
「食堂。先輩に呼ばれてさ」
勇樹は自分の席に座ると「で?」と頬杖をついて話を促した。
「あのさー……」
咲良がさっきまでの話をすると、勇樹は笑って言った。
「卵を片手で、なあ。やったことねえや。てか、調理実習以外で料理したことねえ」
「そこからだよなー」
一つあくびをして、咲良はずるずると背もたれに沿って下がっていく。勇樹は俺の方に視線を向けてきた。
「春都はできそうだよな」
「できないとも言い切れないが、できると断言もできない」
「なんだそれは」
「そうしょっちゅう片手で割ることない」
ていうかさ、と勇樹は爪をいじりながら言った。
「俺の場合、握りつぶすんだよね」
「……は?」
ぼんやりとしていた咲良も、その言葉には目を丸くする。
「握りつぶす?」
「そーなんだよ。卵持っただけでつぶれるっていうか」
「そんなことある?」
「あるんだなあ」
打ち付けるときの力加減を間違えてベチャッてなることはあっても、握りつぶしたことはないなあ……
勇樹は真面目腐った顔で言ったものだ。
「カルシウム不足かね?」
「鶏が?」
「だってほら、フライドチキンとかたまに骨折してるぞ」
「調理の過程で折れたわけでなく? そこんとこどうなんだ、春都」
「俺が知るかよ」
あ、そういやうちに卵あったっけ。
卵ってすぐなくなるんだよなあ。
「殻の色が違うのもあるよな。あれって、味違うのかな?」
「気にして食ったことねえや」
卵は何かと料理に使うし、卵さえあれば何とかなるかなって気になる。それに、卵一つでこれだけ話題が尽きないのだから、万能だよなあ。卵。
ちょうど卵が安い日だったので、一パックだけ買って帰った。
それと鶏ささみ。デミグラスソースも外せない。
刻んだ玉ねぎと鶏ささみを炒めたら、ケチャップを入れてさらに炒める。塩コショウとバターで味を調え、そこにご飯を入れる。
オムライスって、チキンライスに卵だよな。味付けが違うだけで、親子丼と同じような具材だ。やっぱ卵と肉は合うのかねえ。
チキンライスを皿に盛ったら卵の準備だ。
ボウルに二つ割り入れ、切るようにして混ぜる。味付けは塩コショウを少々。油をひいて熱したフライパンにジャーっと流し込み、穴ぼこにならないように焦げないように気を付けながら焼いたら、破れないようにチキンライスの上へ。
「よっしゃ。できた」
温めたデミグラスソースをたっぷりかけたら完成だ。今日はキノコなんかが入ったデミグラスソースを買ってきている。
「いただきます」
ソースを卵になじませて、チキンライスと一緒にすくいあげる。
まずやってくるのはコクのあるデミグラスソースの味。わずかながら入っているキノコもいい味だ。深いうま味に、どこか爽やかな香り。
それに卵。シンプルな味がいい。
濃いケチャップ味のチキンライスは、バターの薫り高く玉ねぎの甘味がおいしい。鶏もほろっとしながら噛み応えもあり、染み出すうま味がたまらない。
ケチャップとデミグラス。どっちも濃いけど、相性ばっちりなんだよな。
しっかり焼けた卵、ケチャップの味がしっかりのチキンライス、濃いうま味のデミグラスソース。この三つがそろうとやっぱり、おうちオムライスって感じがする。お店のとはまた違う味わいがおいしいんだよなあ。
結構がっつり腹にたまるし、ちょっと手間はかかるけどおいしいよな、オムライス。
また気が向いたら作ろうかな。
「ごちそうさまでした」
昼休み、飯を食い終わって教室でだらけていたら、咲良がふいに聞いてきた。
「なんだ、また唐突に」
「いやーなんか気になってさ」
咲良は自分で持って来ていた雑誌のあるページを見せる。そこにはでかでかと写真があって、その人はどこかで見覚えのある顔だった。誰だっけ。
「ほら、この人。最近テレビによく出てるじゃん。料理研究家とかいう」
「あー。あの人か。で、この人がどうした」
雑誌を受け取り、ページを繰る。どうやらインタビュー記事らしい。なんだ、レシピとかが載ってるわけじゃないのか。
「それがさあ、こないだテレビ見てたらちょうどこの人の料理番組みたいなの始まって。卵割るときに片手だったんだよ」
「何を作ってたんだ」
「オムライス」
「オムライスか……」
最近食ってないな。デミグラスソースのやつ食いたい。
「いや、今は何作ってたかはさほど問題じゃない。卵の割り方だよ」
「あーまあ、片手で割る人いるよな」
「かっこよくね?」
咲良はパイプ椅子の背もたれに身を預け、足を組んだ。そして手を何か動かしながら「こう、片手で割るの。手際よかったし、黄身はつぶれないし」と言った。それでやっと、咲良は卵を割るジェスチャーをしているということに気が付いた。
「かっこいいかはともかくとして、卵焼きの専門店とかの人がやってるのは見てて気持ちいいよな。よくあれで殻が入らないと思う」
「そう、それな。俺がやったらたぶん、いや、絶対殻まみれになる」
卵を片手で……か。
「できないことはないんだけどなあ」
「できるのか?」
期待のこもった眼でこちらを見てくる咲良に、苦笑しながら雑誌を返す。
「できるけど、たまに殻入るし。黄身もきれいじゃないことの方が多い」
「でもできるんだろー? すげーな」
「ちなみに殻が入ったときは、殻ですくうといいらしいぜ」
「どういうこと?」
俺も最近、母さんから教わったばかりだ。ちまちまと殻の破片をとっていたら「残った殻ですくうといいよ」と言われ、半信半疑で試してみれば、すんなりすくえたので驚いた。
「へー。一回試してみてえ」
「気持ちいいぐらいとれるぞ。まあ、殻が入らないように割るのが一番なんだがな」
「何の話をしてるんだ?」
そう言って話に入ってきたのは勇樹だ。
「おー。どこ行ってたんだ?」
「食堂。先輩に呼ばれてさ」
勇樹は自分の席に座ると「で?」と頬杖をついて話を促した。
「あのさー……」
咲良がさっきまでの話をすると、勇樹は笑って言った。
「卵を片手で、なあ。やったことねえや。てか、調理実習以外で料理したことねえ」
「そこからだよなー」
一つあくびをして、咲良はずるずると背もたれに沿って下がっていく。勇樹は俺の方に視線を向けてきた。
「春都はできそうだよな」
「できないとも言い切れないが、できると断言もできない」
「なんだそれは」
「そうしょっちゅう片手で割ることない」
ていうかさ、と勇樹は爪をいじりながら言った。
「俺の場合、握りつぶすんだよね」
「……は?」
ぼんやりとしていた咲良も、その言葉には目を丸くする。
「握りつぶす?」
「そーなんだよ。卵持っただけでつぶれるっていうか」
「そんなことある?」
「あるんだなあ」
打ち付けるときの力加減を間違えてベチャッてなることはあっても、握りつぶしたことはないなあ……
勇樹は真面目腐った顔で言ったものだ。
「カルシウム不足かね?」
「鶏が?」
「だってほら、フライドチキンとかたまに骨折してるぞ」
「調理の過程で折れたわけでなく? そこんとこどうなんだ、春都」
「俺が知るかよ」
あ、そういやうちに卵あったっけ。
卵ってすぐなくなるんだよなあ。
「殻の色が違うのもあるよな。あれって、味違うのかな?」
「気にして食ったことねえや」
卵は何かと料理に使うし、卵さえあれば何とかなるかなって気になる。それに、卵一つでこれだけ話題が尽きないのだから、万能だよなあ。卵。
ちょうど卵が安い日だったので、一パックだけ買って帰った。
それと鶏ささみ。デミグラスソースも外せない。
刻んだ玉ねぎと鶏ささみを炒めたら、ケチャップを入れてさらに炒める。塩コショウとバターで味を調え、そこにご飯を入れる。
オムライスって、チキンライスに卵だよな。味付けが違うだけで、親子丼と同じような具材だ。やっぱ卵と肉は合うのかねえ。
チキンライスを皿に盛ったら卵の準備だ。
ボウルに二つ割り入れ、切るようにして混ぜる。味付けは塩コショウを少々。油をひいて熱したフライパンにジャーっと流し込み、穴ぼこにならないように焦げないように気を付けながら焼いたら、破れないようにチキンライスの上へ。
「よっしゃ。できた」
温めたデミグラスソースをたっぷりかけたら完成だ。今日はキノコなんかが入ったデミグラスソースを買ってきている。
「いただきます」
ソースを卵になじませて、チキンライスと一緒にすくいあげる。
まずやってくるのはコクのあるデミグラスソースの味。わずかながら入っているキノコもいい味だ。深いうま味に、どこか爽やかな香り。
それに卵。シンプルな味がいい。
濃いケチャップ味のチキンライスは、バターの薫り高く玉ねぎの甘味がおいしい。鶏もほろっとしながら噛み応えもあり、染み出すうま味がたまらない。
ケチャップとデミグラス。どっちも濃いけど、相性ばっちりなんだよな。
しっかり焼けた卵、ケチャップの味がしっかりのチキンライス、濃いうま味のデミグラスソース。この三つがそろうとやっぱり、おうちオムライスって感じがする。お店のとはまた違う味わいがおいしいんだよなあ。
結構がっつり腹にたまるし、ちょっと手間はかかるけどおいしいよな、オムライス。
また気が向いたら作ろうかな。
「ごちそうさまでした」
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