一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百五話 ハムステーキ

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 図書館のカウンター業務をしていたら、珍しい利用者がやってきた。

「お、今日は外に出てこられたみたいだな」

「まあな」

 朝比奈はハードカバーの本をこちらに差し出す。

 ファイリングされた各生徒のバーコードから朝比奈の分を探し、スーパーとかで見るようなバーコードを読み取るやつをかざす。読み込むの、結構難しいんだよなあ。

「さすがに期限ギリギリだったし」

「そうやって期限を気にして来てくれるのは、実にありがたい」

 と、漆原先生が指先で鍵をもてあそびながら、朝比奈の背後にやってきた。

「先生どこから来ました」

「ん? ちょっとな」

「書庫だよ」

 適当にはぐらかす先生の代わりに答えれば、先生は「ああ」と少し残念そうに声をもらした。

「せっかく不思議な感じを演出しようと思っていたというのに」

「大丈夫ですよ。先生は何もしなくても、なんかこう、大丈夫です」

「なんだそれは」

 朝比奈も少し首を縦に振っている。

「先生は、そのままで十分です」

「んー、そうか」

 所定の位置に鍵を戻し、先生は椅子に座って「ふう」と息をついた。その時、わずかに差し込む光が揺れる髪に反射して、髪がわずかに青色を呈した。

 先生は時計に視線をやった。

「ああ、もうこんな時間か。そろそろ帰っていいぞ」

「あ、はーい。お疲れ様です」

 予鈴十分前、朝比奈と連れ立って廊下に出る。

「……最近さ」

 ぽっつりぽっつり階段を昇りながら、朝比奈が口を開いた。

「うん」

「飯のおかずが、毎回一緒なんだよな」

「……どういうことだ?」

 朝比奈自身も困惑しているらしく「まあ、簡単に言えば……」と眉を下げた表情で言った。

「お歳暮やら、年始の挨拶やらで、客が手土産もってくるんだけど」

「ああ、なんか言ってたな」

「その土産が、軒並みハムで」

「あー……」

 なんとなく話が読めてきた。

「それを消費するために、ハムが毎食出てくる」

「そーいうことね」

 そうだよな。ああいうハムは高いし、それなりにうまいかもしれないけど、毎日毎食出されたら違うものも食べたくなるよな。

「誰かにおすそ分け、とかしないのか?」

 そう聞けば朝比奈は力なく首を横に振った。

「しない。姉さんたちにはひと箱あげたみたいだけど、あっちもそんなに食べないし。何が何でも家で食うって」

「はー、なるほどなあ」

「まあうまいんだけどさ」

 ぜいたくな悩みだよな、と朝比奈は苦笑した。ふむ、お歳暮か。

「うちもお歳暮、結構もらうけど、ハムはないなあ。ゼリーとかお菓子が多い。結構日持ちするからありがたい」

「へー、お歳暮って結構種類あるんだな」

 渡り廊下に差し掛かったところ、唐突に後ろから声がして、振り返る間もなく、咲良が俺たちの間に入り込んで来た。

「咲良。どっから来た?」

「職員室~。あ、呼び出しくらったわけじゃねえからな? 雑用とかの手伝いしてたんだからな?」

「まだなんも言ってねえよ」

 それぞれ教室がバラバラなので、少しだけ渡り廊下で話をすることにした。

「俺んちさ、米作ってんだけど。何人か買ってくれてんだよね。で、そこからお歳暮やお中元やらもらう」

「へえ」

「でもさー、内容が軒並み酒でさ。あんまもらったって実感ねえんだよな」

「ああ、酒もよくもらうよな」

 咲良と朝比奈の話が合っている。なんか珍しいものを見ている気分だ。

「たまにジュースがセットになってるやつが来ると嬉しいんだよな」

 朝比奈がそう言えば、咲良も頷いた。

「お中元のジュースって、なんかうまいんだよ。濃いっていうか、お高い味がする」

「お高い味とは」

 分かるだろー? と咲良は笑った。まあ、分からんでもないけども。

「でもハムとかはもらったことねえなあ。むかーし一回だけもらったかな?」

「うちはお菓子をもらったことがない。どういうわけか、ハム率が高い」

「ハム、食ってみてえなあ」

 CMとかで見る、分厚くスライスされるハム。網目状の焼き目がいい色してんだよなあ。

 今年はもらえねえかなあ、なんてな。



 まあ、今はお歳暮やお中元の時期ではないし、高いハムもそうそう売ってないし、何より売っていたとして買うかどうかは別問題なわけで。

 しかしあんな話をしたもんだからハムが食べたい。分厚いの。

 そういう時はハムステーキを食うに限る。これならまあ、手出しできる。小さいのがいくつか入ってるやつもあるけど、今日は分厚くて大きめのやつが三枚ほど入ったものを買う。

 薄く油をひいて熱したフライパンにハムをのせる。ジュワワーッといい音がして、ぱちぱち細かく油が跳ねる。いい香りだ。

 添える野菜はキャベツとトマト。ハムが結構味が濃いので、さっぱりしたものが必須である。

 牛肉のステーキにも、お中元の分厚いハムにも、勝るとも劣らない立派な風格だ。

「いただきます」

 すでに切り分けているので、一切れ、箸でつまんで口に含む。

 ジュワッと染み出すうま味と脂、ぷりっぷりの食感とごろっと感じる肉の塊。ウインナーとも、サンドイッチなんかで使うハムとも違うおいしさだ。

 醤油をつけて食べると香ばしさが増す。つやつやとした表面が魅力的だ。

 野菜で幾分口の中がさっぱりしたところで、ご飯と一緒に食べる。やっぱ合うなあ。塩気が強いのがうまいんだ。

 端の方はカリカリしていてまた違ったおいしさである。

 小さいのは一口で食べられて、弁当にも入れられていいんだけど、でかいのは食べ応えがあるよなあ。

 今度は丼みたいにしよう。たれは……醤油でいい。これは、シンプルな味がよく合う。サンドイッチにしてみるのもありかな。

 前は結構食べてたけど、そういや最近はよく食ってない。なんとなく忘れていたって感じだな。

 運よく思い出せたことだし、今度は小さいの買おうかな。



「ごちそうさまでした」

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