183 / 843
日常
第百八十三話 皿うどん
しおりを挟む
遠出をした翌日の、この何ともいえない脱力感は何だろうか。脱力感、というより虚無感に近いか。
「疲れたぁ……」
ベッドにだらりと横たわれば、接地しているところから体力を吸われていくようだ。
「あぁ~……」
「ねえ、春都」
枕元のぬいぐるみを背中にひいて伸びをしていたら母さんが部屋の扉を開けた。
「……何してんの? 大丈夫?」
「大丈夫~、何?」
「アイス食べない? カップアイス」
「食べる~」
反動をつけて起き上がり、ベッドからずり落ちる。
「よっこいしょ」
のっそりと立ち上がれば、母さんは笑った。
「疲れてるね」
「んー」
「アイスは何味がいい? バニラ、チョコ、抹茶」
「チョコ」
こたつにもぐりこんで息をつく。うめずはソファで横になっていた。
「あれ? 父さんは?」
「買い物行ってる」
テレビをつけたタイミングで目の前にアイスとスプーンが置かれた。
「ありがとう。いただきまーす」
丸いカップのふたを開けるのは結構力がいる。内蓋をはがし、濃い茶色のひんやりとした表面にスプーンを入れれば、細かく砕かれたクッキーの感触が伝わってくる。
ひんやりと甘く、濃いチョコの味とほろ苦いクッキーがよく合う。昨日のクレープにアイストッピングしなかったもんなあ。今日食えて満足だ。
「さー、私も食べよう」
母さんも嬉々としてこたつにもぐりこみ、バニラのアイスをほおばった。
「テレビ何やってる?」
「なんかもう特番ばっかり」
「あ、ほんと。何もないねえ」
何か録画してたかな~、と母さんがレコーダーの電源をつけたところで玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~」
「おかえり」
「寒かった~」
父さんは俺を見るや否や、パッといたずらっぽい表情を浮かべてにじり寄ってきた。それを見たうめずがそそくさとこたつに逃げ込む。
「ちょ、待って」
「おりゃ!」
父さんの手が首に触れ、氷のような冷たさが全身を駆け巡った。
「冷たい!」
「ははは。仕返しだ」
「いつのことを根に持ってんだよー」
父さんもアイスを食べるかと聞かれていたが「寒いからあとで」と言っていた。
「うー寒い」
さっきまで程よく感じていたアイスが、途端に冷たくなったようだ。
「あ、こないだの映画、録画してたの」
「んー、面白そうだったから」
「見ていい?」
「いいよ」
アイスを食べ終え、ぼんやりとしながらテレビの画面に目を向ける。
腰を据えて見るのもいいが、少々疲れる。スマホと交互に見たり、何かしら作業をするときにBGM代わりに流したり、家で見る映画はそれぐらいがちょうどいいと最近は思う。
「あ、咲良」
ぶぶっとスマホが震え、咲良から何か送られてきた。
「写真か」
昨日、あっちこっちで咲良が撮りまくっていたやつだ。ほとんど自撮りだが、こいつ、器用だよなあ。俺が撮ったら、まず誰か一人フレームアウトする。
「そうだ」
浮かれまくった格好の咲良の写真、送っとこ。
「なにそれ?」
ソファに座っていた父さんがスマホをのぞき込んで来た。アイスを食べ終えた母さんも横からのぞき込む。
「昨日撮った写真」
「何その恰好。にぎやかだね」
「俺がさせた」
「しっかり楽しんでるなあ」
遊びに行った俺より、父さんと母さんの方がなんか楽しそうだ。
「春都もこれ着たら?」
「え、俺はいい」
「楽しそうじゃないの」
ノリノリの母さんに、苦笑してはっと気が付く。
下手したら来年の誕生日、咲良にこれを着せられるかもしれない。というか、こういうのが売ってるって知った母さんが買ってくるかもしれない。
……せめて傷が浅くなる方法を考えておかないとなあ。
落ち着く料理、というのがある。
テンション上がるとか、めったに食べられないとか、そういうワクワクもいいけど、どこかに出かけたり変わったものばかり食べたりした後には、そういう落ち着く料理というのが恋しくなる。
そんな料理の一つが今日の晩飯でもある皿うどんだ。なんとなく、皿うどんは落ち着く。
「いただきます」
皿うどんの醍醐味といったらこのたっぷり具材の餡だ。キャベツにニンジン、もやし、コーン。かまぼこもいいよな。お店だと海鮮もちょっと入ってるけど、おうち皿うどんにはなくてもいい。
餡をかけたばかりであれば、パリパリとした麺の香ばしさを楽しめる。とろみのある優しい出汁の味がする餡と、カリポリッ、サクッとした食感の麺の相性は最高だ。
キャベツの甘味、ニンジンのほくほく感、もやしのみずみずしさにコーンのはじける甘さがおいしい。
かまぼこの食感と魚の風味もいい。
ちょっと時間が経ったらふにゃっとした麺の食感が楽しい。餡となじんでうま味を増し、ほんの少しだけもちっとした感じのしっかりした食感があるのがおいしい。
「春都、味変する?」
「する」
皿うどんの味変は酢が気に入っている。
程よくかければさっぱりとして、ただでさえ箸が進む皿うどんがさらにパクパク食べられてしまう。
皿の上のコーンをかき集めていたら、気分が落ち着いているのに気付いた。
やっぱ気分も体力も、取り戻すには飯が一番だな。
「ごちそうさまでした」
「疲れたぁ……」
ベッドにだらりと横たわれば、接地しているところから体力を吸われていくようだ。
「あぁ~……」
「ねえ、春都」
枕元のぬいぐるみを背中にひいて伸びをしていたら母さんが部屋の扉を開けた。
「……何してんの? 大丈夫?」
「大丈夫~、何?」
「アイス食べない? カップアイス」
「食べる~」
反動をつけて起き上がり、ベッドからずり落ちる。
「よっこいしょ」
のっそりと立ち上がれば、母さんは笑った。
「疲れてるね」
「んー」
「アイスは何味がいい? バニラ、チョコ、抹茶」
「チョコ」
こたつにもぐりこんで息をつく。うめずはソファで横になっていた。
「あれ? 父さんは?」
「買い物行ってる」
テレビをつけたタイミングで目の前にアイスとスプーンが置かれた。
「ありがとう。いただきまーす」
丸いカップのふたを開けるのは結構力がいる。内蓋をはがし、濃い茶色のひんやりとした表面にスプーンを入れれば、細かく砕かれたクッキーの感触が伝わってくる。
ひんやりと甘く、濃いチョコの味とほろ苦いクッキーがよく合う。昨日のクレープにアイストッピングしなかったもんなあ。今日食えて満足だ。
「さー、私も食べよう」
母さんも嬉々としてこたつにもぐりこみ、バニラのアイスをほおばった。
「テレビ何やってる?」
「なんかもう特番ばっかり」
「あ、ほんと。何もないねえ」
何か録画してたかな~、と母さんがレコーダーの電源をつけたところで玄関のドアが開く音がした。
「ただいま~」
「おかえり」
「寒かった~」
父さんは俺を見るや否や、パッといたずらっぽい表情を浮かべてにじり寄ってきた。それを見たうめずがそそくさとこたつに逃げ込む。
「ちょ、待って」
「おりゃ!」
父さんの手が首に触れ、氷のような冷たさが全身を駆け巡った。
「冷たい!」
「ははは。仕返しだ」
「いつのことを根に持ってんだよー」
父さんもアイスを食べるかと聞かれていたが「寒いからあとで」と言っていた。
「うー寒い」
さっきまで程よく感じていたアイスが、途端に冷たくなったようだ。
「あ、こないだの映画、録画してたの」
「んー、面白そうだったから」
「見ていい?」
「いいよ」
アイスを食べ終え、ぼんやりとしながらテレビの画面に目を向ける。
腰を据えて見るのもいいが、少々疲れる。スマホと交互に見たり、何かしら作業をするときにBGM代わりに流したり、家で見る映画はそれぐらいがちょうどいいと最近は思う。
「あ、咲良」
ぶぶっとスマホが震え、咲良から何か送られてきた。
「写真か」
昨日、あっちこっちで咲良が撮りまくっていたやつだ。ほとんど自撮りだが、こいつ、器用だよなあ。俺が撮ったら、まず誰か一人フレームアウトする。
「そうだ」
浮かれまくった格好の咲良の写真、送っとこ。
「なにそれ?」
ソファに座っていた父さんがスマホをのぞき込んで来た。アイスを食べ終えた母さんも横からのぞき込む。
「昨日撮った写真」
「何その恰好。にぎやかだね」
「俺がさせた」
「しっかり楽しんでるなあ」
遊びに行った俺より、父さんと母さんの方がなんか楽しそうだ。
「春都もこれ着たら?」
「え、俺はいい」
「楽しそうじゃないの」
ノリノリの母さんに、苦笑してはっと気が付く。
下手したら来年の誕生日、咲良にこれを着せられるかもしれない。というか、こういうのが売ってるって知った母さんが買ってくるかもしれない。
……せめて傷が浅くなる方法を考えておかないとなあ。
落ち着く料理、というのがある。
テンション上がるとか、めったに食べられないとか、そういうワクワクもいいけど、どこかに出かけたり変わったものばかり食べたりした後には、そういう落ち着く料理というのが恋しくなる。
そんな料理の一つが今日の晩飯でもある皿うどんだ。なんとなく、皿うどんは落ち着く。
「いただきます」
皿うどんの醍醐味といったらこのたっぷり具材の餡だ。キャベツにニンジン、もやし、コーン。かまぼこもいいよな。お店だと海鮮もちょっと入ってるけど、おうち皿うどんにはなくてもいい。
餡をかけたばかりであれば、パリパリとした麺の香ばしさを楽しめる。とろみのある優しい出汁の味がする餡と、カリポリッ、サクッとした食感の麺の相性は最高だ。
キャベツの甘味、ニンジンのほくほく感、もやしのみずみずしさにコーンのはじける甘さがおいしい。
かまぼこの食感と魚の風味もいい。
ちょっと時間が経ったらふにゃっとした麺の食感が楽しい。餡となじんでうま味を増し、ほんの少しだけもちっとした感じのしっかりした食感があるのがおいしい。
「春都、味変する?」
「する」
皿うどんの味変は酢が気に入っている。
程よくかければさっぱりとして、ただでさえ箸が進む皿うどんがさらにパクパク食べられてしまう。
皿の上のコーンをかき集めていたら、気分が落ち着いているのに気付いた。
やっぱ気分も体力も、取り戻すには飯が一番だな。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
252
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる