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日常
第百七十四話 豚肉とまいたけのスパゲティ
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「あ、そうそう。春都」
晩飯を食った後、台所で片付けをしていたらソファに座っていた母さんがスマホを指し示した。
「んー?」
「花火、見たよー。ありがとね」
ああ、そういえば動画を送っていたんだったか。
「きれいに映ってたなあ」
と、母さんの隣に座る父さんもスマホを手に取った。
「何を食べたんだ?」
「箸巻きと豚汁。豚汁は配ってた」
「え~何それ、楽しそうじゃないの」
ああいうのってワクワクするよね~、と母さんはうらやましそうにつぶやいた。
洗い物を終え、自分もスマホをもってこたつにもぐりこむ。
「結構人も多かったみたいだね」
「あー、うん。夏ほどじゃないけど」
「寒かったでしょ~」
そりゃもう寒かった。夜だし、外だし、川のそばだし。
最初の予定じゃ、温かい家でゆっくりしながら見るってとこだったけど、まあ、いい経験になった。
「寒かったけど、その分、豚汁がうまかったから」
「そうね、それはそう」
「……あ、花火で思い出したんだけどさ」
ログインボーナスをもらって、デイリーミッションをクリアしながら聞いてみる。
「手持ち花火でもしようって言ってたじゃん」
「そうね、あ。その時に豚汁作る?」
「それは別にいいんだけど、そうじゃなくてさ」
冬限定のイベントもあるし、無課金ゲーマーとしてはちまちまミッションをクリアしないと、完走できないよなあ。
そんなことを考えながら、さっきふと思いついた疑問を口にする。
「花火オフシーズンでしょ、今。どこに売ってんの?」
「……あー」
父さんと母さんが沈黙する。
夏場であればドラッグストアなりスーパーなり、あちこちで花火を目にするものだが冬ともなればめっきり目にしなくなる。
ネットで買ってもいいが、送料激高とか量が融通きかないとか、そういうことがあるし。
「うーん、あんま現実的じゃないねえ」
父さんがスマホを見ながらつぶやいた。
「んー、そうねえ。ま、仕方ないか」
「花火大会があるってことで忘れてたけど、そっか。冬はあんまり手持ち花火売ってないか」
「豚汁は作るよ」
そう言うと二人は「それはうれしい」と笑った。
俺としては、ただ普通に、みんなで飯を食えるってだけで十分楽しいから構わないんだよなあ。
「じゃあ、花火買ったと思って、お肉か寿司か食べたいもの買うか」
父さんがそう言って再びテレビに視線を戻す。テレビではちょうど『クリスマスに食べたい! グルメ特集』と銘打たれたコーナーが放送されていた。
「それいいね」
「そうしよう」
俺も母さんもその提案に賛成する。
これはクリスマスや正月以外にも、ごちそうが食べられるということか。それはちょっと、いや、だいぶ楽しみだ。
底冷えのする渡り廊下で珍しい人影を見つけたのは、朝課外が終わってからのことだった。
「朝比奈」
心底寒さを嫌う朝比奈は、眠そうな、というか半ばいらだちを含んだ表情で振り返った。手に抱えているのは学級日誌のようだった。
朝比奈は俺を視界にとらえると、その表情を少しだけやわらげた。
「一条か」
「いや、珍しく外に出てんなと思って」
「……日直をさぼる訳にはいかないからな」
こういうとこはしっかりしてんだなあ、と感心していると、朝比奈は憂鬱そうなため息をついた。
「あー悪い。寒いのに足止めしたか」
その言葉に朝比奈はきょとんとした後、首を横に振った。
「いや、違う。ため息ついたのはそのことじゃなくて」
「なんかあったのか」
「……もうすぐ冬休みだろ?」
朝比奈はもう一つため息をついて続けた。
「帰ってくるんだよ、姉さんが」
その言葉に思わず顔が引きつる。
お姉さんが帰ってくる。それはすなわち。
「治樹が、帰ってくるのか」
朝比奈は黙って頷くと、寒さのせいか、あるいはそれ以外のせいか、身震いをした。その大変さを想像しただけで、当事者ではない俺がげんなりするほどなので、朝比奈はさぞかししんどいだろう。
「まあ……その、なんだ。……なんかあったら連絡しろよ」
そんなことしか言えないが、朝比奈はやっと少しだけ笑った。
「ああ、ありがとう」
幼いころは、いとこや近くに住む親せきともかかわりがあったような気がするが、最近ではめっきりそういうことがなくなったなあ、と思いながら、台所から香ってくるいい香りを楽しむ。
「はい、完成」
おかずとしてテーブルの中央に置かれたのは生姜焼きとスパゲティだった。
「いただきます」
生姜焼きのたれは母さんの手製だ。同じ材料を使っているのだが微妙に分量が違うのか、俺が作ったのとはやっぱり味が違う。
甘さよりも香ばしさが際立って、キャベツにもたれがたっぷりとかかっているのでドレッシングいらずだ。肉でぐるっとキャベツを巻いて、みずみずしさとうま味をいっぺんにほおばるのがいい。そこをご飯で追っかけるのがうまい。
「ん? これ、キノコ?」
スパゲティの上にのっているのは平たいキノコだ。平たくてひらひらしている。
「そう、まいたけ」
「まいたけ」
その上には生姜焼きと同じ味付けの豚肉がのっている。
これはやっぱり一緒に食うのがいいだろう。
まずやってくるのがたれの甘辛さ。キャベツと一緒に食べた時と味の感じ方が少し違うのは、まいたけの風味があるからだろう。噛みしめればまいたけのいい香りが口中に広がる。豚肉のうま味と脂身の甘味もおいしい。そしてそれらをまとめ上げるのはシンプルにゆでられただけのスパゲティだ。
そしてこれがご飯に合う。がっつり目のスパゲティもいいご飯のおかずになるんだ。
やっぱ母さんが帰ってきたときに作ってくれる飯はうまい。それに、自分じゃやらないような味付けとか、組み合わせとか、そういうのがあって新鮮だ。
年明けまでこんなうまいものが食えるって、幸せだな。
俺としては、冬休み万歳、って感じだ。
「ごちそうさまでした」
晩飯を食った後、台所で片付けをしていたらソファに座っていた母さんがスマホを指し示した。
「んー?」
「花火、見たよー。ありがとね」
ああ、そういえば動画を送っていたんだったか。
「きれいに映ってたなあ」
と、母さんの隣に座る父さんもスマホを手に取った。
「何を食べたんだ?」
「箸巻きと豚汁。豚汁は配ってた」
「え~何それ、楽しそうじゃないの」
ああいうのってワクワクするよね~、と母さんはうらやましそうにつぶやいた。
洗い物を終え、自分もスマホをもってこたつにもぐりこむ。
「結構人も多かったみたいだね」
「あー、うん。夏ほどじゃないけど」
「寒かったでしょ~」
そりゃもう寒かった。夜だし、外だし、川のそばだし。
最初の予定じゃ、温かい家でゆっくりしながら見るってとこだったけど、まあ、いい経験になった。
「寒かったけど、その分、豚汁がうまかったから」
「そうね、それはそう」
「……あ、花火で思い出したんだけどさ」
ログインボーナスをもらって、デイリーミッションをクリアしながら聞いてみる。
「手持ち花火でもしようって言ってたじゃん」
「そうね、あ。その時に豚汁作る?」
「それは別にいいんだけど、そうじゃなくてさ」
冬限定のイベントもあるし、無課金ゲーマーとしてはちまちまミッションをクリアしないと、完走できないよなあ。
そんなことを考えながら、さっきふと思いついた疑問を口にする。
「花火オフシーズンでしょ、今。どこに売ってんの?」
「……あー」
父さんと母さんが沈黙する。
夏場であればドラッグストアなりスーパーなり、あちこちで花火を目にするものだが冬ともなればめっきり目にしなくなる。
ネットで買ってもいいが、送料激高とか量が融通きかないとか、そういうことがあるし。
「うーん、あんま現実的じゃないねえ」
父さんがスマホを見ながらつぶやいた。
「んー、そうねえ。ま、仕方ないか」
「花火大会があるってことで忘れてたけど、そっか。冬はあんまり手持ち花火売ってないか」
「豚汁は作るよ」
そう言うと二人は「それはうれしい」と笑った。
俺としては、ただ普通に、みんなで飯を食えるってだけで十分楽しいから構わないんだよなあ。
「じゃあ、花火買ったと思って、お肉か寿司か食べたいもの買うか」
父さんがそう言って再びテレビに視線を戻す。テレビではちょうど『クリスマスに食べたい! グルメ特集』と銘打たれたコーナーが放送されていた。
「それいいね」
「そうしよう」
俺も母さんもその提案に賛成する。
これはクリスマスや正月以外にも、ごちそうが食べられるということか。それはちょっと、いや、だいぶ楽しみだ。
底冷えのする渡り廊下で珍しい人影を見つけたのは、朝課外が終わってからのことだった。
「朝比奈」
心底寒さを嫌う朝比奈は、眠そうな、というか半ばいらだちを含んだ表情で振り返った。手に抱えているのは学級日誌のようだった。
朝比奈は俺を視界にとらえると、その表情を少しだけやわらげた。
「一条か」
「いや、珍しく外に出てんなと思って」
「……日直をさぼる訳にはいかないからな」
こういうとこはしっかりしてんだなあ、と感心していると、朝比奈は憂鬱そうなため息をついた。
「あー悪い。寒いのに足止めしたか」
その言葉に朝比奈はきょとんとした後、首を横に振った。
「いや、違う。ため息ついたのはそのことじゃなくて」
「なんかあったのか」
「……もうすぐ冬休みだろ?」
朝比奈はもう一つため息をついて続けた。
「帰ってくるんだよ、姉さんが」
その言葉に思わず顔が引きつる。
お姉さんが帰ってくる。それはすなわち。
「治樹が、帰ってくるのか」
朝比奈は黙って頷くと、寒さのせいか、あるいはそれ以外のせいか、身震いをした。その大変さを想像しただけで、当事者ではない俺がげんなりするほどなので、朝比奈はさぞかししんどいだろう。
「まあ……その、なんだ。……なんかあったら連絡しろよ」
そんなことしか言えないが、朝比奈はやっと少しだけ笑った。
「ああ、ありがとう」
幼いころは、いとこや近くに住む親せきともかかわりがあったような気がするが、最近ではめっきりそういうことがなくなったなあ、と思いながら、台所から香ってくるいい香りを楽しむ。
「はい、完成」
おかずとしてテーブルの中央に置かれたのは生姜焼きとスパゲティだった。
「いただきます」
生姜焼きのたれは母さんの手製だ。同じ材料を使っているのだが微妙に分量が違うのか、俺が作ったのとはやっぱり味が違う。
甘さよりも香ばしさが際立って、キャベツにもたれがたっぷりとかかっているのでドレッシングいらずだ。肉でぐるっとキャベツを巻いて、みずみずしさとうま味をいっぺんにほおばるのがいい。そこをご飯で追っかけるのがうまい。
「ん? これ、キノコ?」
スパゲティの上にのっているのは平たいキノコだ。平たくてひらひらしている。
「そう、まいたけ」
「まいたけ」
その上には生姜焼きと同じ味付けの豚肉がのっている。
これはやっぱり一緒に食うのがいいだろう。
まずやってくるのがたれの甘辛さ。キャベツと一緒に食べた時と味の感じ方が少し違うのは、まいたけの風味があるからだろう。噛みしめればまいたけのいい香りが口中に広がる。豚肉のうま味と脂身の甘味もおいしい。そしてそれらをまとめ上げるのはシンプルにゆでられただけのスパゲティだ。
そしてこれがご飯に合う。がっつり目のスパゲティもいいご飯のおかずになるんだ。
やっぱ母さんが帰ってきたときに作ってくれる飯はうまい。それに、自分じゃやらないような味付けとか、組み合わせとか、そういうのがあって新鮮だ。
年明けまでこんなうまいものが食えるって、幸せだな。
俺としては、冬休み万歳、って感じだ。
「ごちそうさまでした」
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