一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百六十六話 コッペパン

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 冬は暖かいこたつでみかん、というのもいいが、アイスもいい。

 晩飯の後、こないだ箱で買っておいたアイスを手にこたつに滑り込む。

 ソファでは父さんがバラエティ番組を見ていた。

「お、アイス。いいねー」

「ちょっといいやつ。食べていいよ」

「じゃあ後でもらおうかなあ」

 シンプルなバニラアイスにチョコレートがかかった棒付きアイス。とろっとしたチョココーティングにもちっとしたような食感のバニラアイス、どっちも甘いけど、このコンビ―ネーションは間違いない。おいしい。チョコレートの後味がほろ苦なのがいいのかもしれないな。

「春都ー」

 溶けだしたアイスをすするようにして食べていたら、台所にいた母さんが言った。

「お昼のお弁当は、ご飯の方がいい?」

「んー?」

 母さんが手に持っていたのはコッペパンの袋だった。五本一袋で百円の、いつもお世話になっているパンである。

「パンじゃダメ?」

「いや、全然問題ない」

「そう? じゃあ明日のお弁当、パンでいい?」

「うん、ありがとう」

 食べ終わったアイスの棒を口にくわえてもてあそんでいたら、父さんが「危ないから捨てな」とソファから声をかけてきた。

「こたつから出たくない。眠い」

「風邪ひくよー」

 布団で寝なさい、と言われ、やっとの思いで立ち上がる。

 このまま布団に直行したいが、歯磨きしないと。でも歯ぁ磨いたら目が覚めるんだよなあ。

 ま、布団にもぐったら眠れるか。



 十二月も半ばだというのに、日差しがずいぶん暖かい。何なら十一月の方が寒かったんじゃないかと思うほどだ。

 席替えで再び窓際の席になった俺は、昼休み、外からの日差しを存分に堪能しながら咲良を待っていた。前から二番目のこの席は案外落ち着く。咲良は「廊下から遠い」と言っていたが。

「外より部屋の中の方が寒くねえ?」

 そう声をかけてくるのは同じクラスの本多勇樹だ。

 クラスのやつらとは事務連絡以外あまりしない俺だが、こいつはちょいちょい話しかけてきてた。そんで最近、日直で一緒になったところ、結構話すようになった。

 スポーツ刈りの頭で、高身長。ぱっと見は威圧感があって近寄りがたいが、話してみれば結構気さくで友人も多い。面倒見がいいらしく、後輩からも結構慕われているようだった。

「ああ、そうだな」

 それこそ席替えで前の席になった勇樹とは話す機会が増えた。

「うーっす、春都」

 しばらくとりとめもない話をしていたら、コンビニのビニール袋を引っ提げて咲良がやってきた。

「なんだ、コンビニ行ってきたのか」

「ちげーよ。朝、学校来るときに買ってきてたんだ」

 咲良の視線が勇樹の方に向くと、勇樹は愛想よく笑った。

「どーもー」

「おう」

 二人が話している間に弁当の準備をする。今日は保温タイプの弁当箱ではなく、大きめの弁当袋だ。

 咲良はパイプ椅子を引っ張ってきて座った。

「じゃー、本多も一緒に食おうぜ」

「あ、勇樹って呼んでくれ。ホンダって名字多くてややこしいんだ」

「そっか、じゃあ俺のことも咲良って呼んでくれ」

 確かに同じ苗字のやつら、授業であてられたときとか大変そうだもんな。

「いただきまーす」

 さて、今日の昼飯はコッペパンだ。

「すげー、春都の飯、超豪華」

 ナポリタンパンに、焼きそばパン。ソースカツが挟まったパンとポテトサラダのパン。そしてこれは……ハンバーグ、卵サラダ、キュウリやレタスが挟まったパン。

「春都にもクラスに友達がいたんだなー」

 そう言って咲良はおにぎりのパッケージを開ける。

「最近な」

 さて、最初に何を食べようか。一番ボリュームがあるこのハンバーグのやつから食おう。

 なんとなくお子様ランチをほうふつとさせる中身だ。ハンバーグのがっつりした肉の味に卵サラダのまろやかさがよく合う。キュウリはみずみずしく、レタスがこれらをうまいことまとめ上げている。

「バレーボールの漫画にはまってるって聞いて、そんで俺がバレー部だって話になって」

 勇樹はそう言って、手作りらしい、でかめのおにぎりをほおばった。

「なるほど、そういうこと」

「春都って最初はさぁ、クールでとっつきにくいタイプかなーって思ってたんだけど、話してみたら案外面白かったんだよなあ」

「お前もなかなかとっつきづらいぞ」

「えー? そんなことないだろー?」

 と、楽し気に勇樹は笑った。

 次はソースカツ。

 これは千切りキャベツと一緒か。こってりとして野菜の甘味を感じるソースがひたひたになっている。揚げたてのようなサクサク感はないが、しっとりとした衣はパンとよくなじんでおいしい。キャベツもあっさり要員として外せないよな。

「ていうかお前ら仲いいよな。中学とかから一緒なのか?」

 次のおにぎりを食べようとしていた咲良と、ナポリタンパンを手に取った俺は勇樹にそう聞かれ、目を見合わせる。

「いや」

「高校一年の時に席が前後だっただけだぞ」

「え、まじ?」

 このナポリタンはソースたっぷりで、パンとの相性がいい。コーンも入っているのがなんだかうれしい。ナポリタンは肉っ気が少なく野菜たっぷりというイメージだが、それがいい。

「最初の方は相性最悪って感じだったよなー」

「なんかうまいことかみ合わない感じだった」

 そう答えれば勇樹は信じられないというような表情を浮かべた。

「そうだったのか。いやー、想像つかねえなあ」

「まあなんだかんだ言って一緒にいるよな」

「まあな」

 焼きそばパン、紅しょうがだけでなくからしマヨネーズも入っていた。

 普通のマヨネーズもまろやかになっていいが、からしマヨネーズは味が引き締まる感じだ。鼻に抜ける風味がいい。紅しょうがのさわやかさもおいしい。パラッと入っているキャベツが甘い。

 最後にポテサラパン。お、薄切りのキュウリも入って……いや、突き刺さってんな。

「てかさ、勇樹って背ぇ高いよな」

「まーな。百九十はあるかなー」

「高ぇ、さすがバレー部」

 身長の話は聞き流し、パンを食べる。

 もったり、もこもことした食感のポテトサラダにシャキシャキとみずみずしいキュウリがおいしい。マヨネーズの塩梅が最高だよな。やっぱ、自分で作ってもうまいけど、誰かに作ってもらったものって、余計にうまく感じる。

「お前、気持ちいい食べっぷりだな」

「そうか?」

「すごい勢いでパンがなくなっていく」

 なんかちょいちょいそういうこと言われるよなあ。そんなに食べっぷりがいいのか。

「まあ、食うことが俺にとって最高の楽しみだからなあ」

 生きていく上で欠かすことのできない食事、これが最高の楽しみって、すごく幸せなことだよなあ。

 なにせ、一日に何度も楽しい思いができるんだからな。



「ごちそうさまでした」

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