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日常
第百六十五話 つくね丼
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「お、なんか広告入ってるぞ、春都」
朝、学校に行く支度をしていたら、新聞を読んでいた父さんがそう言って一枚の紙を差し出してきた。
「ん?」
受け取って見てみれば、そこには大輪の花火が夜空に打ちあがっている様子を捉えた写真が載っていた。
「花火大会?」
「来週あるらしいね」
「えー、そうなんだ」
夏に中止になったから冬にやろう、ということか。
「来週? どうせならあと一週間遅らせてくれないの?」
と、母さんがチラシを一緒にのぞき込む。
「私たち見られないじゃん」
「そうだなあ」
そっか、来週はもう二人とも出てるのか。ま、今度は一週間もしたら帰ってくるらしいけど。
「また雨降らないといいな」
冬の花火は見たことない。やっぱり夏とは見え方が違うのだろうか。
なんかちょっと楽しみだ。
「来週末、花火大会があるらしいな」
化学基礎の授業中、問題演習の解説が一段落したタイミングで先生はそう言った。途端に教室がざわめきだし「おお、ちょっと声は抑えような」と先生がやんわりと注意する。
「花火大会のイメージは夏だが、冬もいいもんだぞ」
「寒くないですか?」
前の方の席に座ったやつがそう言うと、先生は笑った。
「そりゃ寒いけどな」
「だったら暖かい中で見たいですって」
「いやいや、冬には冬の楽しみ方があるぞ」
へえ、そうなんだ。いったいどんな?
「冬は夏より空気が澄んでいるだろう?」
そう先生が解説しだすと、教室が少し静かになった。
「夏場よりも空気が乾燥しているから、光の屈折が変わるんだ。だから見え方が変わってくる。夏場には見えづらい寒色の光がよく見えるんだ。きれいに見えると思うぞ」
これはいいことを聞いた。ちょっと気にしながら見てみよう。
「ちなみに、花火の色の違いは化学で習ったな?」
その問いに何人かが「炎色反応」と答え、先生は「そうそう」と満足げに頷いた。
「化学って面白いだろう? 少し知識を頭に入れているだけで、世界の見え方が変わってくる。まあ、化学に限らず、色々知っておくのはいいことだ」
だから雑談も無駄じゃないんだ、と言って先生は黒板に向き直り「じゃあ、授業を進めようか」とチョークを手に取った。
なるほど、冬の花火の特徴は分かった。
あと気になるのは、冬の花火大会の屋台だ。さすがにかき氷はないだろうけど、何があるかなあ。
昼休み。今日は学食に来ていた。
「なんだかんだ言って、結局ここに落ち着くんだよなあ~」
咲良はそう言って、大盛りのかつ丼とみそ汁をのせたトレーを持って来て向かいに座った。
「いただきます」
今日の弁当は豚丼風だ。焼いて甘辛いたれを絡めた豚肉が、ご飯の上にぎっちりと詰まっている。
「来週、花火大会があるんだろ?」
「ああ」
この味付けはご飯によく合う。噛み応えのある豚肉に濃い目の味付け、千切りキャベツもしいてあるので、くどいとは感じない。箸は進むばかりだ。
「屋台も出るってな」
「何が出るんだろうなあ。よっしゃ、見に行こ」
「川の近くだし、絶対寒いぞ」
咲良は「それが逆に良いんじゃないか?」と笑った。
「冬らしくていいじゃん」
「それはまあそうだろうけど」
「コート来て花火大会って、変な感じ」
まあ俺は、ちょっと早めに屋台を見て回った後、家でゆっくり見るつもりだが。
すると咲良は少し身を乗り出してこう提案してきた。
「一緒に行こうぜ!」
「えー、寒い」
甘い卵焼きはいつも通りほっとする味だ。
「せっかくなら祭りの会場で見たくね?」
「それはまあ……」
「じゃ、けってーい」
勝手に決めるな、と言いそうになったが思いとどまる。
実際、屋台の明かりを感じながら花火を見たいという気持ちがないこともない。それに俺はたぶん、咲良に誘われでもしなけりゃ、会場で見ることはないだろうし。
「屋台何があるだろうなー。かき氷?」
「それは寒い」
「売れないか。じゃあ……」
それからはどんな屋台が出るかという話で、昼休みいっぱい盛り上がったのだった。
「あら、いいじゃん。楽しそう」
台所で晩飯の準備をしていた母さんに、咲良と花火大会に行くという話をしたらそう言って笑った。ちなみに俺は「たまには一緒に料理しようか」と母さんに言われて、隣で手伝いをしていた。
今日はつくね丼らしい。できるだけ均等に肉だねをとって丸めていく。母さんは丸めていった先からフライパンで焼いていた。
「春都、誰かに誘われないとそう出かけることないじゃない」
「う」
さすが母親。よく分かっている。
「楽しんでらっしゃい」
「うん」
ふわっと甘辛い香りがする。照り焼きにするらしい。
「寒いから案外、人は少ないかもなあ」
どんぶりにご飯をよそう父さんがそう言った。
「それはそうかも」
「花火、きれいだろうなあ」
「動画撮るよ」
ほかほかの白米に照りっとおいしそうにきらめく、まん丸なつくねがのっかる。
「いただきます」
手作りのつくねはふわっとしている。昼の弁当よりも甘めだが、醤油の香ばしさもあっておいしい。主に砂糖と醤油だけの味付けなのに、どうしてこう、ご飯に合うんだろう。
つくね丼は味変も楽しい。
一味を振ればピリッと味が締まる。七味だとより薫り高い。山椒かな。
俺のお気に入りはマヨネーズだ。まったりとした口当たりのマヨネーズがつくねと相まって、マイルドな味になる。ああ、ここに一味をかけてもいいな。まろやかだけじゃなくて、ピリッとアクセントがきいておいしい。
「冬の花火は、寒色がよく見えるんだって」
「寒色?」
「緑とか、青とか」
へえ、それは見てみたいね、と二人は笑った。
その様子を見て、できれば一緒に見たいなあ、と思っていたら母さんが「そうだ!」と手を打った。
「手持ち花火でもしようか」
冬に手持ち花火。手がかじかんで線香花火がまともにできる気がしない。
でも楽しそうだな。そしたらじいちゃんやばあちゃんも一緒にできるし。
うちだけの花火大会。その時は俺が屋台飯を作ろうか。
「ごちそうさまでした」
朝、学校に行く支度をしていたら、新聞を読んでいた父さんがそう言って一枚の紙を差し出してきた。
「ん?」
受け取って見てみれば、そこには大輪の花火が夜空に打ちあがっている様子を捉えた写真が載っていた。
「花火大会?」
「来週あるらしいね」
「えー、そうなんだ」
夏に中止になったから冬にやろう、ということか。
「来週? どうせならあと一週間遅らせてくれないの?」
と、母さんがチラシを一緒にのぞき込む。
「私たち見られないじゃん」
「そうだなあ」
そっか、来週はもう二人とも出てるのか。ま、今度は一週間もしたら帰ってくるらしいけど。
「また雨降らないといいな」
冬の花火は見たことない。やっぱり夏とは見え方が違うのだろうか。
なんかちょっと楽しみだ。
「来週末、花火大会があるらしいな」
化学基礎の授業中、問題演習の解説が一段落したタイミングで先生はそう言った。途端に教室がざわめきだし「おお、ちょっと声は抑えような」と先生がやんわりと注意する。
「花火大会のイメージは夏だが、冬もいいもんだぞ」
「寒くないですか?」
前の方の席に座ったやつがそう言うと、先生は笑った。
「そりゃ寒いけどな」
「だったら暖かい中で見たいですって」
「いやいや、冬には冬の楽しみ方があるぞ」
へえ、そうなんだ。いったいどんな?
「冬は夏より空気が澄んでいるだろう?」
そう先生が解説しだすと、教室が少し静かになった。
「夏場よりも空気が乾燥しているから、光の屈折が変わるんだ。だから見え方が変わってくる。夏場には見えづらい寒色の光がよく見えるんだ。きれいに見えると思うぞ」
これはいいことを聞いた。ちょっと気にしながら見てみよう。
「ちなみに、花火の色の違いは化学で習ったな?」
その問いに何人かが「炎色反応」と答え、先生は「そうそう」と満足げに頷いた。
「化学って面白いだろう? 少し知識を頭に入れているだけで、世界の見え方が変わってくる。まあ、化学に限らず、色々知っておくのはいいことだ」
だから雑談も無駄じゃないんだ、と言って先生は黒板に向き直り「じゃあ、授業を進めようか」とチョークを手に取った。
なるほど、冬の花火の特徴は分かった。
あと気になるのは、冬の花火大会の屋台だ。さすがにかき氷はないだろうけど、何があるかなあ。
昼休み。今日は学食に来ていた。
「なんだかんだ言って、結局ここに落ち着くんだよなあ~」
咲良はそう言って、大盛りのかつ丼とみそ汁をのせたトレーを持って来て向かいに座った。
「いただきます」
今日の弁当は豚丼風だ。焼いて甘辛いたれを絡めた豚肉が、ご飯の上にぎっちりと詰まっている。
「来週、花火大会があるんだろ?」
「ああ」
この味付けはご飯によく合う。噛み応えのある豚肉に濃い目の味付け、千切りキャベツもしいてあるので、くどいとは感じない。箸は進むばかりだ。
「屋台も出るってな」
「何が出るんだろうなあ。よっしゃ、見に行こ」
「川の近くだし、絶対寒いぞ」
咲良は「それが逆に良いんじゃないか?」と笑った。
「冬らしくていいじゃん」
「それはまあそうだろうけど」
「コート来て花火大会って、変な感じ」
まあ俺は、ちょっと早めに屋台を見て回った後、家でゆっくり見るつもりだが。
すると咲良は少し身を乗り出してこう提案してきた。
「一緒に行こうぜ!」
「えー、寒い」
甘い卵焼きはいつも通りほっとする味だ。
「せっかくなら祭りの会場で見たくね?」
「それはまあ……」
「じゃ、けってーい」
勝手に決めるな、と言いそうになったが思いとどまる。
実際、屋台の明かりを感じながら花火を見たいという気持ちがないこともない。それに俺はたぶん、咲良に誘われでもしなけりゃ、会場で見ることはないだろうし。
「屋台何があるだろうなー。かき氷?」
「それは寒い」
「売れないか。じゃあ……」
それからはどんな屋台が出るかという話で、昼休みいっぱい盛り上がったのだった。
「あら、いいじゃん。楽しそう」
台所で晩飯の準備をしていた母さんに、咲良と花火大会に行くという話をしたらそう言って笑った。ちなみに俺は「たまには一緒に料理しようか」と母さんに言われて、隣で手伝いをしていた。
今日はつくね丼らしい。できるだけ均等に肉だねをとって丸めていく。母さんは丸めていった先からフライパンで焼いていた。
「春都、誰かに誘われないとそう出かけることないじゃない」
「う」
さすが母親。よく分かっている。
「楽しんでらっしゃい」
「うん」
ふわっと甘辛い香りがする。照り焼きにするらしい。
「寒いから案外、人は少ないかもなあ」
どんぶりにご飯をよそう父さんがそう言った。
「それはそうかも」
「花火、きれいだろうなあ」
「動画撮るよ」
ほかほかの白米に照りっとおいしそうにきらめく、まん丸なつくねがのっかる。
「いただきます」
手作りのつくねはふわっとしている。昼の弁当よりも甘めだが、醤油の香ばしさもあっておいしい。主に砂糖と醤油だけの味付けなのに、どうしてこう、ご飯に合うんだろう。
つくね丼は味変も楽しい。
一味を振ればピリッと味が締まる。七味だとより薫り高い。山椒かな。
俺のお気に入りはマヨネーズだ。まったりとした口当たりのマヨネーズがつくねと相まって、マイルドな味になる。ああ、ここに一味をかけてもいいな。まろやかだけじゃなくて、ピリッとアクセントがきいておいしい。
「冬の花火は、寒色がよく見えるんだって」
「寒色?」
「緑とか、青とか」
へえ、それは見てみたいね、と二人は笑った。
その様子を見て、できれば一緒に見たいなあ、と思っていたら母さんが「そうだ!」と手を打った。
「手持ち花火でもしようか」
冬に手持ち花火。手がかじかんで線香花火がまともにできる気がしない。
でも楽しそうだな。そしたらじいちゃんやばあちゃんも一緒にできるし。
うちだけの花火大会。その時は俺が屋台飯を作ろうか。
「ごちそうさまでした」
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