一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百五十九話 トースト

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 休日の朝。駅に人影は少ない。

 電車が通り過ぎて行ったどことなく色の薄い駅に、一つ、白い息を吐きだすとエスカレーターを降りていく。

 今日は本を返したら、あっちこっち店を見て回ろう。たまには当てもなくぶらつくのもいいものだ。



「お、降ってきた」

 図書館を出れば、ほとんど音もなく雨が降っていた。冬の雨は寒い。

 商店街にはアーケードが設けられているが、図書館から商店街までは地味に距離がある。傘を持って来ておいてよかった。

 パラパラと傘を打つ雨の音を聞きながら、人通りのない道を行く。

 曇天でも冬の景色はどこかもやがかかったように見えるが、雨が降るとより一層色が落ちてしまったように見える。でも、この静かな空気は嫌いじゃない。

 商店街は人の姿もまばらで、駅の一足速い賑やかなクリスマスの雰囲気とはかけ離れてはいるが、どことなくクリスマスを感じる飾りつけにはなっている。小さく明滅する電飾、クリスマスカラーで統一されたポスター。

 あ、クリスマスツリーもある。

 個人の店のささやかなショーウィンドウには、白いツリーが飾られていた。

 赤や青、緑に黄色とゆっくり色が変わっていき、時折点滅もしている。てっぺんの星と飾りの星の大きさに違いはない。

 一方で駅前のロータリーに設置されたクリスマスツリーは、それはもう豪華だった。

 青々としたもみの木には電飾と雪を模した装飾が施され、金や銀のモールがふんだんに巻き付けられている。幾何学模様が描かれた丸い飾りは大きく、赤、銀、金、青と彩り豊かだ。そして頂点を飾る星はこれまた大きく豪奢だ。ツリーの足元にはプレゼントの箱が飾られている。

 クリスマスかあ。あ、そういえば咲良の誕生日がそれぐらいだったか。何かした方がいいのだろうか。でも俺の誕生日もポップコーンだったよなあ……ま、なんか飯か何かおごってやるか。

 駅の構内には色々な店がある。飲食店、スーパー、花屋、百貨店。そういえばランドセルの店もあったな。

 うーん、どこ行こう。いつも飯食って帰るだけだからなあ。

 昔は結構歩き回ったものだけど。百貨店の一階は高めのお菓子を売っている店もあるが、子供向けのお菓子の店もある。そこにはゆったりと回る丸い展示棚があって、いろいろなお菓子がそれはもう魅力的に並んでいる。きらきらと輝くべっこう飴、パステルカラーの小さなラムネ、レトロな包装のバター飴。

 季節ごとのお菓子もあるんだよなあ。あ、今の時期ならあれがあるか。ちょっとのぞいてみようか。

「おお、これこれ」

 展示棚はどうやら今も健在らしい。ちょっとぎこちない動きなのがいいんだよな。

 休日だし、子ども連れがいるかとも思ったが、今は俺一人だけのようだ。これはゆっくり見られそうだ。

 えーっと……ああ、あったあった。クリスマスの飴。赤と白のコントラストがかわいらしい、傘の持ち手部分のような形の飴だ。何て名前だったか。まあいいや。

 いくつか買って行こうかな。それとべっこう飴も。

 ここは飴類が多い。棒付きのぐるぐるした飴も、運が良ければ陳列されている。ゲームやアニメに出てくるようなお菓子はいくつになってもテンション上がる。

 一つずつが安いのでつい買い過ぎてしまいそうになるな。

 そしてここの袋がまたいいんだ。カラフルなパズルのようなイラストに、くっきりと黒いアルファベットが散らばっている。材質が結構いいのでおもちゃの片付けにも使っていた。

 あとの店はなかなか手が出せるような値段ではない。

 缶詰に見栄えよく詰められたクッキー、まるで宝石のように詰められた箱入りのチョコレート、上品な雰囲気のようかん。ここのようかん、おいしいんだよなあ。うちの家族そろって、ここのようかん好きなんだ。

 これ、いくらだっけ。

「あ、これなら」

 少々小さめだが、十分だろう。じいちゃんばあちゃんと、うちの分と二つ、ギリ買えそうだ。

 それと、このフロアにはお茶屋がある。茶葉を量り売りしてくれるのだが、この周辺がまたいい香りなのだ。甘いような、香ばしいようなお茶の香り。これが、高いお茶の香りか、と思う。買わないけど。

 エレベーターやエスカレーターもあるが、今日は階段を昇って行く。薄暗い階段はなんか雰囲気があって好きだ。

 用品店のフロアを抜け、やってきたのは本屋だ。

 フロアの半分を占めているそこには、他の本屋では見かけないような漫画もある。結構掘り出し物があるんだ。

 ぶらつくといってもこんなもんだが、十分楽しいな。



「じいちゃん、ばあちゃん。来たよー。ただいま」

「おかえり、春都」

 帰りに店に寄る。家の中はすごく暖かくてほっとした。やっぱ石油ストーブの光と温度はいいなあ。

「これ、お土産」

「あら、どこか出かけたの」

「んー、いつもの図書館」

 ようかんの袋を渡したら、ばあちゃんはうれしさ半分、驚き半分というような表情を浮かべた。

「これ高いやつじゃない」

「いや、それはあんま高くないやつ」

「えー、ありがとね」

「なんだ、ようかんじゃないか」

 じいちゃんもびっくりした様子で袋をのぞき込む。

「お昼は食べた?」

「いや、まだ」

 そう答えればばあちゃんは「じゃあ」と笑った。

「大したものはできないけど、食べていきなさい。今日はあの子たちも帰ってくるんでしょう? 晩ご飯はあなたが作るんだろうし、昼ぐらいゆっくりしなさい」

 それはありがたい。何か食って帰ろうと思いながら、結局昼時にあたってどこも満席だったのだ。腹が減ってしょうがない。

「ありがとう」

「パンでもいい?」

「もう、十分です」

 こたつに入ってぼうっと待つ。本は借りてこなかったが、その代わり、面白そうな漫画を買うことができた。

 夜にでも読もうかなあ、と考えていたら「チン」と軽快な音がした。

「お待たせ」

 香ばしい香りのするトーストは分厚い。それが三枚もある。

「普通のと、ガーリック。バターとジャムも持ってくるね」

「ありがとう。いただきます」

 まずは普通のやつにバターを塗って。トロ~ッと溶けていくさまがたまらない。

 切れ目が入れられたパンは耳までサクサクだ。バターが染みたところはジュワッとジューシーで、カリカリの部分と相まっておいしい。

 ガーリックはバターとニンニクペーストを混ぜたものを塗ってある、ばあちゃん特製のものだ。カリジュワ、という効果音がよく似合う。ニンニクの風味がよく、もちもちのパンはジューシーで、お店のガーリックパンよりもおいしいんじゃないかと思う。

 ジャムはブルーベリー。甘さ控えめで、ブルーベリーの香りがいい。

 入れてもらったホットの紅茶とよく合うなあ。

「今日は晩ご飯、何作るつもり?」

 ばあちゃんに聞かれ、ブルーべりジャムを塗ったパンをほおばりながら答える。

「カレー。カレー粉から作ってみようかなって」

「あら、おいしそう」

「俺たちも食いたいなあ」

 はは、とじいちゃんが笑った。

「よかったら食べにくる? 父さんも母さんも喜ぶと思うよ」

 そう言えばじいちゃんとばあちゃんは視線を合わせて、楽しげに笑った。

「そりゃいい」

「じゃあ、遠慮なく」

 二人は夕方ごろ来ると言った。

 これは楽しい晩ご飯になりそうだ。気合入れて作らないとな。



「ごちそうさまでした」

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