一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
125 / 843
日常

第百二十五話 鶏南蛮そば

しおりを挟む
 途端に朝晩が冷え込むようになってきた。冬服、出しておいて正解だったな。

 こういう季節は極力教室から出ないで、予習するなり読書するなり、じっとしているに限る。

 この間、学校の図書館で借りた本は面白かった。本棚の隅の方に追いやられ、古い匂いがする本。しばらく誰も読んでいないのだろうなあ、というのは一目瞭然だった。図書館に所蔵された年がそれぞれの本には押印されているのだが、そこまで昔ではないものの、最近とはいいがたいぐらいであった。

 シリーズものだったのでとりあえず一冊借りたのだが、これがなかなかに面白い。今朝の休み時間で読み終わったので、続きを借りに行こう。同じ作家で、また違うシリーズ物もあったからそっちも読んでみたい。

 教室に暖房はまだついていないが、人の熱気である程度は暖かいものだ。しかし一歩廊下に出れば、うっすらと浮かんでいた汗がさっと冷えて寒い。

「こりゃ体調も崩すよなあ……」

 最近は体調不良で学校を休むやつも増えてきた。かくいう俺もこの温度差に少々堪えている。本格的に体調を崩さないようにしないといけないなあ。

 皆勤賞には興味ないけど、風邪ひくとしんどいし。

「失礼しまーす……」

 図書館に入るとき、特別挨拶をしなければいけないということではないのだが、職員室なんかに入るときは一言声をかけなければいけないので、つい言ってしまう。

 本を返し、続きを借りるために本棚に向かう。

 今日は利用者も少ないみたいで、カウンター当番は暇そうだった。先生はどこかに行っているらしい。姿を見かけなかった。

「えーっと、ああ、あった」

 先日、俺が借りた時と同じ形でその本はあった。まあ、今まで誰も借りていなかったようだし、今更だとは思うが、万が一借りられていたらどうしようかとは思っていた。シリーズ物はできるだけ途切れることなく読みたいものだ。

 基本はミステリーで、登場人物同士の掛け合いが面白い。表現もきれいだし、ちょっと難しかったりややこしかったりする漢字も多いのだが、その辺は何度も読んでいれば慣れる。

 そして何より、飯の描写が秀逸だ。読んでいたら腹が減る。

 登場頻度は少ないが、食事のシーンは何度も読み返した。もうちょっと書いてくれてもいいのになあ、と思うくらいだ。

 さて、せっかく利用者も少ないし、静かだし、ここでしばらく読んでいこうか。



「お、ちょうどよかった」

 本から意識を引き戻したのは、漆原先生の声だった。

「なんですか?」

「君に渡そうと思っていたものがあってね」

 そう言って先生はコルク色の封筒を取り出した。

「あ、これ。こないだの」

 中に入っていたのは一枚の写真だった。季節外れのサンタクロースとトナカイ三匹――もとい、こないだのハロウィーンでそれはもう嬉々として仮装した咲良と百瀬、それに巻き込まれて半ばあきらめた顔をした俺と朝比奈が写っている。

「よく撮れているだろう?」

「そうですね」

「いい写真だったから、その日のうちに現像してきたんだ」

 そう言って先生は満足げにニコニコと笑った。こないだ先生の所に行ったら撮られたんだっけ。結局、先生からは飴をもらった。

「よかったら他の三人にも持って行ってくれないか」

「はあ、いいですよ」

 同じ封筒を三枚預かる。

 時計を見れば、昼休みが終わるにはまだ時間があった。今から渡しに行くとするか。

「何なら引き伸ばして図書館のハロウィン特集やクリスマス特集の展示に使ってもよかったんだがな?」

 先生のその楽し気な言葉には、笑ってこう返すほかなかった。

「それだけは勘弁してください」



 とりあえず咲良のところへ行こう。今日は五時間目に単語テストがあるからと教室に帰っていたはずだ。

「咲良」

 こっちのクラスも最近席替えしたらしく、咲良は一番後ろの席になっていた。声をかけやすいのでとてもいい。

「おー、春都。どしたー?」

 単語帳を片手に咲良はやってきた。

「これ、漆原先生が。こないだの写真だって」

「あれかー! 現像してくれたんだな~。サンキュー」

 どれどれ、と咲良はさっそく中身を取り出す。

「あはは、いいね、これ。すごくいい」

「朝比奈と百瀬にも渡しに行かなきゃならん」

「あ、俺ついてくるー」

 と、咲良は単語帳を机の上において戻ってくる。

「勉強はいいのか」

「まあ、何とかなるでしょ!」

 多分何とかならない確率の方が高い気もするが、いつものことなのでもう何も言わない。

 せっかくついてくるんだ。しっかり使ってやろう。



 この時期の風呂は身に染みる。知らず知らずのうちに芯まで冷え切った体が、じわじわと温まっていくのは気持ちがいい。

 そして当然、体の中からも温めたくなるものだ。

 というわけで今日の晩飯はそばにする。しかもいつもよりちょっといいやつ。鶏南蛮そばだ。レシピはちゃんと調べたから大丈夫だ、たぶん。

 長ネギを三センチぐらいに切り分け、鶏むね肉と一緒に焼く。しっかり焼き目がついたらそこに、だし汁、みりん、醤油、酒を入れてひと煮立ちさせる。ちょっと一味唐辛子を入れたら出汁は完成である。

 別に湯がいておいたそばを椀に入れ、そこに出汁をかけたら出来上がりだ。

「いただきます」

 いつも食べている出汁の香りより甘い香り。鶏に限らず、南蛮そばとかいうのは甘めの出汁のイメージがある。

 甘いといってもスイーツの様な甘さではなく、醤油のコクと鶏のうま味、そしてみりんのまろやかさが心地よい甘さだ。そばの食感ともよく合う。最後に入れた一味唐辛子がうまいこと味を引き締めている。

 そして何より、具も一緒に食いたい。鶏はほろっとしていて、味がしっかり染みている。ネギはしゃきっとしていながら、とろりとした甘みが染み出してくる。

「は~……あったか……」

「わふっ」

 先にご飯を食べ終わったらしいうめずが足元にすり寄ってきた。うっすらと拍動を感じる温かさが触れ、心地いい。

 そろそろこたつで飯を食いたくなる季節だなあ。

 ぬくもりが口から食道を通って、おなかがじんわりと温まる。出汁の香りとうま味がほっとする。なんだか眠くなってきてしまった。

 さて、片づけたら早いとこ寝てしまおう。寝不足は健康の大敵だ。



「ごちそうさまでした」
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...