一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
121 / 855
日常

第百二十一話 カツオのたたき

しおりを挟む
「タコパがしたい」

 いつも通りの昼休み、飯を食っていたら唐突に咲良がそう言った。

「春都の家で」

「なんで俺の家なんだよ」

「人生ゲームもしたいから」

 理由になってない気がする。しかし、咲良は構うことなく話を続けた。

「今週でテストが終わるだろ? しかもテストが終わるのは金曜日ときたもんだ。遊びたいに決まってる」

「それで俺を巻き込むのか」

 すると咲良は何かをたくらむようにニヤリと笑った。

「お前だけじゃない。朝比奈と百瀬も巻き込むぞ」

「おっと?」

「なんなら菜々世も巻き込もう」

「仮にも人んちで遊ぶって話なのに、その規模は何だ」

 咲良は「まあまあ」と笑った。

「今すぐ決めろとは言わないからさ、考えといてくれよ。な?」

「んー……そうだな」

 こいつのいいようにだけさせるのも、なんか癪だな。

「じゃあ、もしやるとしたら、俺も一人呼んでいいか」

「おっ、いいぞー。じゃんじゃん呼べ!」

「一人だっつってんだろうが」

 観月でも呼ぶとしよう。まあ、他に呼ぶ相手なんかいないけどな。

「じゃあ親に聞いてみる。そろそろ帰ってくる頃だし」

「りょーかい!」

 楽しみだなー、と咲良は鼻歌交じりに言う。いや、まだ決まってねえんだけどなあ。



 家に帰って、さっそく母さんに電話した。

「……てなわけでさ、今度の休み、最大五人は遊びに来るんだけど」

 いいかな、と確認する前に、母さんは答えたものだ。

『いいじゃん、いいじゃん。呼びなさい。いいねー、タコパ! 人生ゲーム!』

「あ、そう?」

『だって楽しそうじゃない。お母さんも混ぜてほしいわー』

 そしてしばらくの沈黙の後『そうね』と何やら一人合点して言った。

『ちょっとお父さんと連絡してみる』

「は?」

『だってせっかくお友達が来るんでしょ? おもてなしさせてよ!』

「おもてなしって……」

 そんなたいそうな賓客ではないのだが。

 しかし電話の向こうの母さんが楽しげなので何も言えない。

「……分かった」

『いやー、それにしてもたこ焼きねえ。あなたが生まれた頃を思い出すわー』

「生まれた頃?」

 そう問い返すと、母さんはフフッと笑って答えた。

『正確に言えば生まれる前なんだけど、お母さん、ご飯が食べられなくてね。ご飯が炊ける匂いだけで気持ち悪くなっちゃって』

「あー」

 なんかそんな話聞いた記憶があるような、ないような。

『それで、たこ焼きだけは食べられたのよ。それだけは気分悪くならなくて』

「そんなことあるんだ」

『不思議よねー、人ってねえ。それで、ばあちゃんがせっせとたこ焼きを買いに行ってくれてたのよ。今はもうないけど、昔、お店があってね』

 へえ、そうなんだ。

『パックいっぱいに敷き詰められたたこ焼きがもうおいしくておいしくて。ひとつひとつが小さくて、四十個は食べたね』

「四十⁉」

『昼ごはんよ、昼ごはん』

「へえ……」

 電話の向こうで、母さんは笑った。

『だから、あなたはたこ焼きで育ったといっても過言ではない』

「俺はたこ焼きで育ったのか……」

 喜べばいいのか、何なのか。どういう感情を抱くのが正解なのだろう。

『すくすくと育ってくれたから、何か良かったんじゃない?』

「じゃあよかった」

 そういうことにしておこう。

『それじゃ、お父さんに聞いとくから。たぶん帰ってくるとは思うけど』

「分かった。そのつもりでいる」

『はーい、それじゃあね』

 さて、咲良に連絡しとくか。

 メッセージを送るとすぐに返事が来た。ハイテンションなスタンプ。こいつらしいというか、なんというか。ああ、そうだ。観月にも連絡しとこう。

「ん」

 母さんからメッセージが送られてきた。

『お父さんも帰ってこれるらしいので、金曜日には帰るよ!』

 ……これは騒がしい週末になりそうだ。



 今日はばあちゃんがまた来ていてくれたらしい。冷蔵庫の中がとても充実している。

 作り置きのおかずに、これは……カツオのたたきだ。なんかお店のみたいにキレイにスライスされてる。玉ねぎとネギものっていて、すごくおいしそうだ。これは今日の晩飯に準備してくれたんだろう。ありがたい。

「あ、そうだ」

 これ、ご飯にのっけたらうまそうだ。

 えーっと、たれはポン酢。ニンニクは……ちょっとぐらいならいいか。カツオのたたきにニンニク無しはちょっと寂しい。

「いただきます」

 まずはたたきだけで食べる。結構厚め。玉ねぎとネギ、そしてちょっとだけニンニク。

 カツオの噛み応えに玉ねぎとネギのさわやかさ、ポン酢の酸味がよく合う。そこにニンニクのうま味が覆いかぶさってきてたまらない。あ、めっちゃ香ばしい風味がした。

 これはおいしい。絶対ご飯に合う。

 冷たいカツオと暖かいご飯。うん、思った通りだ。ご飯の甘味も加わって、カツオの濃いうま味がより引き立つ。

 ここまで香ばしいカツオのたたきは初めて食べたなあ。どこで買ってきたんだろう。まあたぶん、あの焼鳥屋が出ていたとこのスーパーかな。

 やっぱニンニク合う。カツオとニンニクだけでもう、風味がすごいんだ。

 カツオのたたき丼、なんて贅沢な飯なんだ。まさかこんなものが食えるとはなあ。今度また何か作りに行かないと。

 今度は何作ろうかなあ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...