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日常
第百十九話 大学芋
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なんか秋っぽいものが食いたい。
「秋っぽいものといえば何だ」
図書館で雑誌を読みながら咲良に聞いてみる。
「……サンマ?」
「最近高いんだよ」
「えー……じゃあマツタケ」
「もっと高いわ」
あー、でも七輪で焼くとかいいよなあ。ちょうど雑誌にも載っている、秋の味覚特集。サンマにマツタケ。ああ、焼きおにぎりもいいな。秋とはあまり関係ないけど。焼きナスもいい。
「秋かあ、他に何があんのかな……栗?」
「ああ、栗な」
焼き栗、茹で栗、甘栗。どれも捨てがたいが、個人的にはモンブランが好きだ。
「こないだテレビで見たんだけど、めっちゃ高いモンブランあった」
「いくら?」
「千二百円。そこら辺のケーキ屋で売ってるのより小さいのに」
「高いな」
聞けばそれは、高級な素材を使って有名なパティシエが作った、有名なデパートの、高級なケーキ屋のモンブランらしい。
「でもめっちゃうまそうだった」
「そりゃまあ、そうだよな」
「モンブランなら、学食で売っていたぞ」
そう声をかけてきたのは漆原先生だ。
寒がりらしい先生は、長袖のシャツにカーディガンを羽織っている。図書館は本のために適温に保たれてはいるが、確かに秋冬は少々寒いか。
「といってもパンなのだがな。モンブラン風パン」
「うまそうじゃないっすか」
「で、これが最後の一つだ」
と、先生は袋を見せた。黄色とオレンジを基調としたもので、確かにやたらポップな字体で「モンブラン風クリームパン」と書かれていた。
咲良はそれを見て不満そうな表情を浮かべた。
「えー? 最後の一個くらい生徒に譲ってくださいよ」
大人げないなあ、と咲良は言うが、先生はまったく気にしていないようで、むしろ得意げに笑った。
「なに、手心を加えてやるだけが優しさではないのだよ、少年」
「もっともらしいこと言ってますけど、結局は食い意地張ってるだけじゃないすか」
「辛辣だな、君」
モンブラン……確かに好きだし、甘いものは食いたい。でも今食いたいのはケーキとかじゃないんだよなあ。こう、シンプルなのが食いたい。
何がいいかなあ。
「お」
学校から帰ると、玄関先に白いビニール袋が置いてあった。ぼこぼこといびつな形に膨らんでいるが、何が入っているのだろう。
「これは……」
泥がついたままのサツマイモ。
と、いうことは……
「あ、やっぱり」
スマホの電源を入れてみれば、着信が一件残っている。
部屋に入りながら、その番号にかけなおす。
『あ、もしもし、春都?』
「もしもし、ばあちゃん」
電話の向こうのばあちゃんは、こちらがたずねる前に話し始めた。
『玄関に置いとったの分かった?』
「ん、サツマイモやろ」
『そうそう。いっぱいもらったんやけど、食べきれんから』
サツマイモが好物であるばあちゃんですら食べきれない量とはいったい……
「どんだけもらったん?」
『時季のものだからねえ。あっちこっちからもらうんよ』
「ああ、なるほどね。そういうこと」
確かに夏は、キュウリやらトマトやら大量にもらってたもんなあ。なんならばあちゃんたち、自分でも育ててるしな。
『なんか作っていこうかとも思ったけど、仕事がね』
「いいよ、ありがとう。持って来てもらえただけでうれしい」
『あら、そう?』
「ん」
電話の向こうからチャイムの音が聞こえてきた。お客さんが来たらしい。
『ああ、お客さん来た。そしたらね』
「うん。ありがとう」
それにしても大量だな。
蒸かすだけじゃ到底消費しきれない。かといって手の込んだものは作れる自信ないし。
「ん~……あ」
そうだ、大学芋。あれならばあちゃんから教えてもらったから作れる。
「よっしゃ」
じゃあさっそく作ろう。おやつにちょうどいいだろう。
結構ひとつひとつがでかい。こりゃ一個でいいな。
泥を洗い流し、切り分けていく。結構力がいるんだ。大きすぎても食べづらいし、かといって小さいのもあれなので、半月切りにしていく。
油を張ったフライパンでこれを揚げていく。サツマイモって揚げると表面がふわーって膨らむことがある。その様子を見ると「サツマイモ揚げてんなあ」って思う。
揚げたらいったん、キッチンペーパーにのせて、別のフライパンに砂糖を水で溶かす。砂糖の量はその日の気分だ。今日はちょっと少なめに。
ふつふつとしてきたらそこに揚げたサツマイモを入れて絡める。おお、それっぽくなってきたぞ。
いい具合になったらクッキングシートにのせる。
出来立てのおいしさはもちろん承知しているが、無理やり食べると口の中がえらいことになる。実際、何度かやらかした。
「そろそろかな」
ごまをかけることもあるが、今日はかけない。
「いただきます」
まだほんのりと温かい大学芋。つやっとした見た目がたまらない。
かりっとした表面に、ホックホクのサツマイモ。そうそう、これが食いたかったんだ。時間が経つとしんなりするけど、それもまたいい。
食べたいものが見つかったときって、なんかめっちゃうれしいよな。
ちょっと砂糖がざりっとしたところもあっておいしい。砂糖とサツマイモだけの甘さが身に染みるようだ。
まだまだサツマイモはいっぱいあるし、今度は砂糖の量を変えて作ってみようかな。
「ごちそうさまでした」
「秋っぽいものといえば何だ」
図書館で雑誌を読みながら咲良に聞いてみる。
「……サンマ?」
「最近高いんだよ」
「えー……じゃあマツタケ」
「もっと高いわ」
あー、でも七輪で焼くとかいいよなあ。ちょうど雑誌にも載っている、秋の味覚特集。サンマにマツタケ。ああ、焼きおにぎりもいいな。秋とはあまり関係ないけど。焼きナスもいい。
「秋かあ、他に何があんのかな……栗?」
「ああ、栗な」
焼き栗、茹で栗、甘栗。どれも捨てがたいが、個人的にはモンブランが好きだ。
「こないだテレビで見たんだけど、めっちゃ高いモンブランあった」
「いくら?」
「千二百円。そこら辺のケーキ屋で売ってるのより小さいのに」
「高いな」
聞けばそれは、高級な素材を使って有名なパティシエが作った、有名なデパートの、高級なケーキ屋のモンブランらしい。
「でもめっちゃうまそうだった」
「そりゃまあ、そうだよな」
「モンブランなら、学食で売っていたぞ」
そう声をかけてきたのは漆原先生だ。
寒がりらしい先生は、長袖のシャツにカーディガンを羽織っている。図書館は本のために適温に保たれてはいるが、確かに秋冬は少々寒いか。
「といってもパンなのだがな。モンブラン風パン」
「うまそうじゃないっすか」
「で、これが最後の一つだ」
と、先生は袋を見せた。黄色とオレンジを基調としたもので、確かにやたらポップな字体で「モンブラン風クリームパン」と書かれていた。
咲良はそれを見て不満そうな表情を浮かべた。
「えー? 最後の一個くらい生徒に譲ってくださいよ」
大人げないなあ、と咲良は言うが、先生はまったく気にしていないようで、むしろ得意げに笑った。
「なに、手心を加えてやるだけが優しさではないのだよ、少年」
「もっともらしいこと言ってますけど、結局は食い意地張ってるだけじゃないすか」
「辛辣だな、君」
モンブラン……確かに好きだし、甘いものは食いたい。でも今食いたいのはケーキとかじゃないんだよなあ。こう、シンプルなのが食いたい。
何がいいかなあ。
「お」
学校から帰ると、玄関先に白いビニール袋が置いてあった。ぼこぼこといびつな形に膨らんでいるが、何が入っているのだろう。
「これは……」
泥がついたままのサツマイモ。
と、いうことは……
「あ、やっぱり」
スマホの電源を入れてみれば、着信が一件残っている。
部屋に入りながら、その番号にかけなおす。
『あ、もしもし、春都?』
「もしもし、ばあちゃん」
電話の向こうのばあちゃんは、こちらがたずねる前に話し始めた。
『玄関に置いとったの分かった?』
「ん、サツマイモやろ」
『そうそう。いっぱいもらったんやけど、食べきれんから』
サツマイモが好物であるばあちゃんですら食べきれない量とはいったい……
「どんだけもらったん?」
『時季のものだからねえ。あっちこっちからもらうんよ』
「ああ、なるほどね。そういうこと」
確かに夏は、キュウリやらトマトやら大量にもらってたもんなあ。なんならばあちゃんたち、自分でも育ててるしな。
『なんか作っていこうかとも思ったけど、仕事がね』
「いいよ、ありがとう。持って来てもらえただけでうれしい」
『あら、そう?』
「ん」
電話の向こうからチャイムの音が聞こえてきた。お客さんが来たらしい。
『ああ、お客さん来た。そしたらね』
「うん。ありがとう」
それにしても大量だな。
蒸かすだけじゃ到底消費しきれない。かといって手の込んだものは作れる自信ないし。
「ん~……あ」
そうだ、大学芋。あれならばあちゃんから教えてもらったから作れる。
「よっしゃ」
じゃあさっそく作ろう。おやつにちょうどいいだろう。
結構ひとつひとつがでかい。こりゃ一個でいいな。
泥を洗い流し、切り分けていく。結構力がいるんだ。大きすぎても食べづらいし、かといって小さいのもあれなので、半月切りにしていく。
油を張ったフライパンでこれを揚げていく。サツマイモって揚げると表面がふわーって膨らむことがある。その様子を見ると「サツマイモ揚げてんなあ」って思う。
揚げたらいったん、キッチンペーパーにのせて、別のフライパンに砂糖を水で溶かす。砂糖の量はその日の気分だ。今日はちょっと少なめに。
ふつふつとしてきたらそこに揚げたサツマイモを入れて絡める。おお、それっぽくなってきたぞ。
いい具合になったらクッキングシートにのせる。
出来立てのおいしさはもちろん承知しているが、無理やり食べると口の中がえらいことになる。実際、何度かやらかした。
「そろそろかな」
ごまをかけることもあるが、今日はかけない。
「いただきます」
まだほんのりと温かい大学芋。つやっとした見た目がたまらない。
かりっとした表面に、ホックホクのサツマイモ。そうそう、これが食いたかったんだ。時間が経つとしんなりするけど、それもまたいい。
食べたいものが見つかったときって、なんかめっちゃうれしいよな。
ちょっと砂糖がざりっとしたところもあっておいしい。砂糖とサツマイモだけの甘さが身に染みるようだ。
まだまだサツマイモはいっぱいあるし、今度は砂糖の量を変えて作ってみようかな。
「ごちそうさまでした」
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