一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
108 / 843
日常

第百八話 ドライカレー

しおりを挟む
 学校に行くまでまだ時間はある。のんびりするかと思いソファに座った途端、スマホの通知が鳴った。

「あー……」

 スマホの画面には咲良からのメッセージが映し出されていた。

『まだ家?』

「は? なんだあいつ……」

 そもそも学校にいたら返信できねえし。

「家にいるけど、何? ……っと。うわ、もう返信きた」

『迎えに行く!』

「えー……」

 なんでわざわざ遠回りするんだよ。ま、ただの気まぐれだろうけど。

 たぶん俺が断っても来るだろうからここは素直に待っている方がよさそうだ。

『あと十分ぐらいで着くぜー』

 メッセージとともに送られてきた調子のいいスタンプに思わず苦笑する。

「じゃ、うめず。行ってくるな」

『わふっ!』

 下で待っておくとしよう。



「ちょっと冷えるなあ……」

 やっぱカーディガン羽織ってきて正解だった。

 生徒からの強い要望で、今年からカーディガンの着用がオッケーになったのだ。でもパーカーはだめらしい。その辺の違いがなんともよく分からないが、まあ、温度調節しやすくなったのでいい。

 紺色のカーディガンは父さんのおさがりだ。ちょっとでかいけどポケットついてるから便利だ。

「今日の晩飯何にしようかな~……」

 エントランスの前で待つ間考えるのは冷蔵庫の中身。

 野菜をそろそろ使い切っとかないと悪くなりそうだ。なんか野菜たっぷりの献立にしよう。がっつり飯が食えるのがいいなあ。

「確かカレー粉が残って……ん?」

 明らかに咲良ではない人影がこちらにやってくる。でもなんかどっかで見たことがあるような……?

「あれ、一条君?」

「田中さん」

 ラフな格好をしていたのですぐ分からなかった。田中さんだ。

「どうしてここに?」

「うち、ここなんですよ」

「そうなんだ。それは知らなかった」

「田中さんこそどうしたんです?」

 それは……、と田中さんが説明しようとしたところでエントランスの扉が開いた。

「おーっす、幸輔。待った?」

 やってきたのは、金髪と茶髪が入り混じった、田中さんより少し背が低い男の人だった。まあ俺よりは高いけど。

「いや、今来たとこ」

 田中さんは俺の方を向き直ると、その人を指さして言った。

「こいつ迎えに来た」

「あれ? 幸輔の友達?」

「バイト先の常連さんだよ」

 その人も俺の方を向き、ニパッと笑った。この髪の毛の状態、確か、プリン頭っていうんだっけ。

「ああ、君が一条君! どうも~、山下晃です」

「あ、どうも……」

 俺の名前を知っているのは田中さんと話をしているからか。いや、どうして俺の話してんの。

 田中さんとは同い年とのことらしいが、なんか、幼く見えるな。

「前に言ってたろ、うめずって子と走らせてもらってるって」

「あー! こないだ話してたワンちゃんね! 君が飼い主か~」

「はい」

 なるほど、うめず経由ってわけね。

 同じマンションに住んでいるとはいえ、まあ、会わないものだな。そりゃ当たり前か。

「その制服、一夜高校か。じゃあ、俺たちの後輩だ」

 一夜高校は確かに俺の通う高校の名前だ。

「部活は何か入ってる?」

「いや、なんも」

「そっかー、それもいいよね」

 そうこうしているうちに咲良がきた。今日は咲良もカーディガンを着てきていた。小豆色を選ぶあたり、攻めてんなあと思う。

「あ、友達が来たみたいだね。じゃあ俺らはこの辺で。またね~」

「またな、一条君」

 二人が立ち去った後、咲良が俺のもとにやってきた。

「さっきのは?」

「えーっと……」

 いざ説明するとなると難しいな。

「いつも行ってるスーパーでバイトしてて、うめずが逃げ出した時に確保してくれた人と、その友達」

「なるほど……?」

「ま、俺たちの先輩だ」

「えー、そうなん?」

 まあそれで納得する奴ではない。学校に向かう間、俺は散々詳しく説明をさせられたのだった。



 そんでもって今日の晩飯はカレーにすることにした。しかもドライカレー。

 食堂に行ったらめっちゃいい匂いがしたのでそう決めた。

 フードプロセッサーに玉ねぎ、にんじん、ピーマンをいれて細かくする。相変わらずこの作業は楽しい。

 フライパンに油をひき、ひき肉を炒める。ある程度炒めたらカレー粉を入れてなじませる。こうすることでカレーの香りが立つのだとか。そして細かく刻んだ野菜を入れ、トマトソースを投入する。そして、とんかつソースとケチャップ、ニンニクとショウガ。塩コショウで味を調えたら完成だ。

 これはトッピングなしで食べよう。

「いただきます」

 汁気があまりないカレーもいい。

 ひき肉は豚ひき肉。カレーの香りがぶわっときた後、肉のうま味がじんわりと舌に広がる。野菜の甘味もおいしい。

 トマトの風味もカレーに負けない。

 爽やかさとスパイシーさで、次々と口に運んでしまう。

 それにしてもほんと、カレー粉っていい匂いがするよな。それに何となく落ち着く。やっぱいろんなスパイスが混ざってるからかな。

 そうだ。今度はカレーパンでも作ってみるか。ナンで食ってもうまいだろうなあ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...