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日常
第九十六話 からあげ
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「ただいまー!」
日曜日は三人そろってじいちゃんたちの店に来た。うめずも一緒なので、正確にいえば三人と一匹だ。
「おぉ、来たか」
「おかえりー」
こうやって店に来るのは俺の誕生日以来だろうか。
「お前はまた、どこに行ってたんだ?」
居間でテレビを見ていたじいちゃんが母さんを振り返ってそう聞くと、母さんはあっけらかんと笑って言ったものだ。
「ちょっと海外の方にね」
「またそう簡単に……海外だろ? 大丈夫だったのか」
「大丈夫、大丈夫!」
じいちゃんは少し呆れたように母さんを見ている。この光景もまあ、おなじみだな。
「まったく……もう少し連絡しろとあれほど」
「してるしてる」
「出発、到着、帰国だけだろうが」
言い合いこそしてはいるが、なんか平和だなあ。じいちゃんもばあちゃんも母さんのことが心配なんだよなあ。
母さんは、じいちゃんになんか重そうな箱を渡す。
「なんだこれは」
「ウイスキー。じいちゃん好きでしょ」
「ごまかそうとしてないか? 俺は騙されんぞ」
「いいからいいから。ね、お母さん、お土産!」
母さんはばあちゃんを手招きし、ばあちゃんは「なになに」とやってくる。
その間、俺はうめずと戯れていた。こっちの家にしかないおもちゃもあるんだよな。
「これ」
「あら、香水?」
「きれいでしょ? お母さんが好きそうなにおいでね」
「あ、ほんと。あんまり強すぎなくていいね」
「ね?」
今日は晩御飯もこっちで食べるって聞いてるし、何が食えんのかな~。さっきちらっと見えた冷蔵庫の中には鶏肉と、あとなんかいろいろあったけど。
「これ、よかったら」
父さんは父さんで、じいちゃんとばあちゃんになんか渡している。なんでも、仕事先でいい感じのお菓子があったんだとか。
「わざわざありがとうね」
「お二人で食べてください」
お口に合うといいですが、と父さんは眉を下げて笑う。
ばあちゃんが早速包みを開ける。中に入っていたのはきれいな絵柄の箱で、どことなく甘い香りが漂っている。
ふたを開けると、その香りが濃くなった。
「あら、チョコレート」
一粒ずつ分けられたチョコレートだ。いろんな形をしていたり、つやっつやの色付きだったり。中には包装されているものもある。
「この銀紙で包まれているのはウイスキーボンボンです」
ああ、あれか。チョコレートの中にお酒が入ってるやつ。ちょっと食ってみたいんだよなあ。ちょっとした憧れの逸品だ。
「きれいねー、ありがとう」
「ウイスキーと合うんじゃない? お父さん。今晩どう? 晩酌、付き合うよ」
「それはお前が食べたいんだろう」
それからしばらく近況報告をした。その間のお茶請けとしてチョコレートをいくつか食べたのだが、すごくおいしかった。俺が食べたのはミルクチョコのシンプルなやつと、ナッツが入ったやつだった。ミルクチョコは舌触りがすごくなめらかで、ナッツ入りのやつはほんのりビターな味だった。ナッツのキャラメリゼ、めちゃくちゃうまい。
うめずにはちょっと豪華なおやつを。はじめは少し警戒しているようだったが、おいしいと分かるともう一気に食べてしまった。
「さて、それじゃそろそろ晩御飯の支度をしようか」
と、ばあちゃんが立ち上がると、母さんも一緒に台所に向かった。
俺もなんとなくその後ろに続く。
「あら、手伝ってくれるの?」
「手伝えることがあるなら」
そう言うと、ばあちゃんはにっこりと笑った。
「ちょっと待ってね」
ばあちゃんはササッと何やら支度をすると「はいっ」といくつかのものを渡してきた。
皮が向かれた大根、おろし金、皿。なるほど、大根おろしか。
「向こうで座ってやってくれていいよ。手、ケガしないようにね」
「ん、分かった」
大根おろしは大根をおろすだけだ、と侮っていた時期が俺にもあった。いやいや、これが結構重労働なんだ。
結構おろしづらいし、手は冷たいし、小さくなってきたら手を削りそうになるし、何よりめちゃくちゃ手が疲れる。いや、手というか肩というか……とにかく腕だ。腕が痛くなる。フードプロセッサーでもできるとあって一度やってみたけど、めっちゃベチャベチャでおいしくなかったんだよ……。
じゃっかじゃっかと無心でおろす。やべっ、滑る滑る。
「これは塩コショウかな?」
「そうね、こっちが醤油だから」
何作ってんだろうなあ。香ばしい匂いと、じゅわあ、ぱちぱちという油がはじける音。揚げ物でこの香り……。
「もしかして」
出来上がった大根おろしをテーブルに置き、台所に向かう。父さんとじいちゃんはばあちゃんに頼まれて食卓の準備をしていた。
母さんとばあちゃんが作っていたのはからあげだった。
しかも、もも肉だけじゃない。砂ずりと軟骨もある。これ、確か薬研軟骨だったっけ。
「あら、大根おろしありがとうね。もうすぐできるから待ってて」
よっしゃ、じゃあ、レモンとポン酢と山盛りご飯の準備をしよう。砂ずりとか軟骨のからあげはいわゆるおつまみメニューだが、充分おかずになる。
「はーい、おまたせー」
おお、きたきた。ジュワジュワいってる。
「揚げたてのうちに食べよう」
「いただきます」
やっぱ最初はもも肉かな。ニンニクの風味が気持ち強め。かりっとした皮目ともっちり、じゅわあっとした身。はぁ~、これ、うまいなあ。特製ニンニク醤油の香りがたまらん。めっちゃご飯に合う。
大根おろしもかけて、こっちはポン酢。さっぱりいける。あったかいのと冷たいのがいっぺんに来て口の中が不思議だ。
砂ずりのからあげは最近初めて食べた。見た目がちょっと抵抗あったけど、どうしても食べてみたい気持ちが勝って、食べてみたらおいしかった。当然うちの味付けもうまい。シンプルな塩コショウで、歯ごたえが独特だ。かみしめるとどことなくレバーっぽい味がするような。これもポン酢が合うのだ。
で、薬研軟骨。カリッとポリッと、そしてごりっごりっと噛むときの音。食感がすごく好きだ。少しついた身が何となくうれしい。
「うん、おいしいな」
じいちゃんが、母さんからもらったウイスキーをさっそく飲んでいた。やっぱりおいしいのかなあ。
「春都はまだ飲めないか」
「まだまだだよ」
「早く一緒に飲めるといいねえ」
母さんはちゃっかりウイスキーを拝借している。まあ、じいちゃんも楽しそうだからいいんだろうけど。
「春都が生まれた年のウイスキー買ってあるもんね」
「そうそう、最初はそれを飲むって言ってたな」
父さんはビールを飲みながら、母さんの言葉に頷いた。ああ、そういえばそうだったなあ。俺の部屋の、日が当たらないところに飾ってたっけ。
「それは楽しみね」
ばあちゃんが本当に楽しそうに笑った。
ご飯でからあげ食うのもおいしいけど、こうやってみんなでお酒飲みながら食うのも楽しいんだろうなあ。なんだか楽しみだ。
「うちはみんなお酒が強いから、春都も酒豪になるかもね」
母さんはそう言って笑う。
酒豪かあ……ま、酒豪だろうとなんだろうと、ご飯もお酒も、どっちも楽しめるような大人になりたいものだ。
「ごちそうさまでした」
日曜日は三人そろってじいちゃんたちの店に来た。うめずも一緒なので、正確にいえば三人と一匹だ。
「おぉ、来たか」
「おかえりー」
こうやって店に来るのは俺の誕生日以来だろうか。
「お前はまた、どこに行ってたんだ?」
居間でテレビを見ていたじいちゃんが母さんを振り返ってそう聞くと、母さんはあっけらかんと笑って言ったものだ。
「ちょっと海外の方にね」
「またそう簡単に……海外だろ? 大丈夫だったのか」
「大丈夫、大丈夫!」
じいちゃんは少し呆れたように母さんを見ている。この光景もまあ、おなじみだな。
「まったく……もう少し連絡しろとあれほど」
「してるしてる」
「出発、到着、帰国だけだろうが」
言い合いこそしてはいるが、なんか平和だなあ。じいちゃんもばあちゃんも母さんのことが心配なんだよなあ。
母さんは、じいちゃんになんか重そうな箱を渡す。
「なんだこれは」
「ウイスキー。じいちゃん好きでしょ」
「ごまかそうとしてないか? 俺は騙されんぞ」
「いいからいいから。ね、お母さん、お土産!」
母さんはばあちゃんを手招きし、ばあちゃんは「なになに」とやってくる。
その間、俺はうめずと戯れていた。こっちの家にしかないおもちゃもあるんだよな。
「これ」
「あら、香水?」
「きれいでしょ? お母さんが好きそうなにおいでね」
「あ、ほんと。あんまり強すぎなくていいね」
「ね?」
今日は晩御飯もこっちで食べるって聞いてるし、何が食えんのかな~。さっきちらっと見えた冷蔵庫の中には鶏肉と、あとなんかいろいろあったけど。
「これ、よかったら」
父さんは父さんで、じいちゃんとばあちゃんになんか渡している。なんでも、仕事先でいい感じのお菓子があったんだとか。
「わざわざありがとうね」
「お二人で食べてください」
お口に合うといいですが、と父さんは眉を下げて笑う。
ばあちゃんが早速包みを開ける。中に入っていたのはきれいな絵柄の箱で、どことなく甘い香りが漂っている。
ふたを開けると、その香りが濃くなった。
「あら、チョコレート」
一粒ずつ分けられたチョコレートだ。いろんな形をしていたり、つやっつやの色付きだったり。中には包装されているものもある。
「この銀紙で包まれているのはウイスキーボンボンです」
ああ、あれか。チョコレートの中にお酒が入ってるやつ。ちょっと食ってみたいんだよなあ。ちょっとした憧れの逸品だ。
「きれいねー、ありがとう」
「ウイスキーと合うんじゃない? お父さん。今晩どう? 晩酌、付き合うよ」
「それはお前が食べたいんだろう」
それからしばらく近況報告をした。その間のお茶請けとしてチョコレートをいくつか食べたのだが、すごくおいしかった。俺が食べたのはミルクチョコのシンプルなやつと、ナッツが入ったやつだった。ミルクチョコは舌触りがすごくなめらかで、ナッツ入りのやつはほんのりビターな味だった。ナッツのキャラメリゼ、めちゃくちゃうまい。
うめずにはちょっと豪華なおやつを。はじめは少し警戒しているようだったが、おいしいと分かるともう一気に食べてしまった。
「さて、それじゃそろそろ晩御飯の支度をしようか」
と、ばあちゃんが立ち上がると、母さんも一緒に台所に向かった。
俺もなんとなくその後ろに続く。
「あら、手伝ってくれるの?」
「手伝えることがあるなら」
そう言うと、ばあちゃんはにっこりと笑った。
「ちょっと待ってね」
ばあちゃんはササッと何やら支度をすると「はいっ」といくつかのものを渡してきた。
皮が向かれた大根、おろし金、皿。なるほど、大根おろしか。
「向こうで座ってやってくれていいよ。手、ケガしないようにね」
「ん、分かった」
大根おろしは大根をおろすだけだ、と侮っていた時期が俺にもあった。いやいや、これが結構重労働なんだ。
結構おろしづらいし、手は冷たいし、小さくなってきたら手を削りそうになるし、何よりめちゃくちゃ手が疲れる。いや、手というか肩というか……とにかく腕だ。腕が痛くなる。フードプロセッサーでもできるとあって一度やってみたけど、めっちゃベチャベチャでおいしくなかったんだよ……。
じゃっかじゃっかと無心でおろす。やべっ、滑る滑る。
「これは塩コショウかな?」
「そうね、こっちが醤油だから」
何作ってんだろうなあ。香ばしい匂いと、じゅわあ、ぱちぱちという油がはじける音。揚げ物でこの香り……。
「もしかして」
出来上がった大根おろしをテーブルに置き、台所に向かう。父さんとじいちゃんはばあちゃんに頼まれて食卓の準備をしていた。
母さんとばあちゃんが作っていたのはからあげだった。
しかも、もも肉だけじゃない。砂ずりと軟骨もある。これ、確か薬研軟骨だったっけ。
「あら、大根おろしありがとうね。もうすぐできるから待ってて」
よっしゃ、じゃあ、レモンとポン酢と山盛りご飯の準備をしよう。砂ずりとか軟骨のからあげはいわゆるおつまみメニューだが、充分おかずになる。
「はーい、おまたせー」
おお、きたきた。ジュワジュワいってる。
「揚げたてのうちに食べよう」
「いただきます」
やっぱ最初はもも肉かな。ニンニクの風味が気持ち強め。かりっとした皮目ともっちり、じゅわあっとした身。はぁ~、これ、うまいなあ。特製ニンニク醤油の香りがたまらん。めっちゃご飯に合う。
大根おろしもかけて、こっちはポン酢。さっぱりいける。あったかいのと冷たいのがいっぺんに来て口の中が不思議だ。
砂ずりのからあげは最近初めて食べた。見た目がちょっと抵抗あったけど、どうしても食べてみたい気持ちが勝って、食べてみたらおいしかった。当然うちの味付けもうまい。シンプルな塩コショウで、歯ごたえが独特だ。かみしめるとどことなくレバーっぽい味がするような。これもポン酢が合うのだ。
で、薬研軟骨。カリッとポリッと、そしてごりっごりっと噛むときの音。食感がすごく好きだ。少しついた身が何となくうれしい。
「うん、おいしいな」
じいちゃんが、母さんからもらったウイスキーをさっそく飲んでいた。やっぱりおいしいのかなあ。
「春都はまだ飲めないか」
「まだまだだよ」
「早く一緒に飲めるといいねえ」
母さんはちゃっかりウイスキーを拝借している。まあ、じいちゃんも楽しそうだからいいんだろうけど。
「春都が生まれた年のウイスキー買ってあるもんね」
「そうそう、最初はそれを飲むって言ってたな」
父さんはビールを飲みながら、母さんの言葉に頷いた。ああ、そういえばそうだったなあ。俺の部屋の、日が当たらないところに飾ってたっけ。
「それは楽しみね」
ばあちゃんが本当に楽しそうに笑った。
ご飯でからあげ食うのもおいしいけど、こうやってみんなでお酒飲みながら食うのも楽しいんだろうなあ。なんだか楽しみだ。
「うちはみんなお酒が強いから、春都も酒豪になるかもね」
母さんはそう言って笑う。
酒豪かあ……ま、酒豪だろうとなんだろうと、ご飯もお酒も、どっちも楽しめるような大人になりたいものだ。
「ごちそうさまでした」
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