一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第八十話 かき揚げ丼

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「……?」

 なんだか今日は静かだな。いや、朝課外が始まる前の教室はある程度賑やかなのだが、そういうことじゃなくて。なんというか、俺に向かって飛んでくる声がないというか。

 なんだろう、この違和感。



 朝課外は基本、復習や問題演習ばかりをする。

「はい、じゃあ今からチャイムが鳴るまで自習」

 途端に教室の空気が緩むのを感じた。

 実際、問題の解説が終わった後の自習の時間は気が緩む。先生もそれを特に咎めることなく、パイプ椅子を開いて座り、教科書を読み始めた。

 こないだポップアップストアで買ったシャーペン、結構書きやすかったなあ。柄も普段使いしやすかったし、あと、ペン回しがしやすい。授業中にするときは気を付けないと、落とした時に音が結構目立つ。

 なんだか集中力が切れて、頬杖をつき窓の外を見る。

 ずいぶん空の色が薄くなった。雲の輪郭も淡く、水彩画のようにも見える。鳥が一羽飛んでいるけど、烏だろうか。

 やっぱ、街に比べるとこの辺は田舎だよなあ。高い建物といえば学校近くの商工会議所とかだし、ちょっと足を延ばせば一応ショッピングモールもあってその中もある程度充実はしている。しかし客は少ないし、ゲーセンもあるがユーフォーキャッチャーの景品の内容は異様に偏ってるし、フードコートは数年前に無くなった。

 そんなところにずっといれば、たまには街の喧騒に溶け込みたくなるものだ。こことは違う景色見て、めったに食べないような飯食って、この辺にないような店に寄って――アニメのイベントとかも、この町じゃあ無いしな。コンビニで引けるくじも、この辺では入荷すらされない。

 でもまあ、都会に住みたいかというとそういうわけじゃないんだよなあ。たまに行くぐらいがちょうどいい。

 本の品ぞろえがいいのは、ちょっとうらやましいけどな。



 朝課外が終わって、廊下に出る。確か一時間目は英語だったよな。辞書出しとかないと。それから今日は体育もあるし、移動教室も多い。単語テストもあったなあ、えーと、古典単語と英単語……。

「あれ?」

 ロッカーに英単語帳がない。あ、そっか。持って帰ってたな、そういや。鞄に入ってるか。

「ん?」

 ないな。じゃあリュックか?

「……やべ、忘れた」

 いやまあ、対策はしてるからなくても問題ないけど、ちょっと不安だな。咲良に借りに行くか。

 理系の教室の方には、あまり行ったことがない。咲良に引っ張られたり、今日のように忘れ物をしたときに借りに行ったりするぐらいだ。だから少し緊張する。

「……ん~?」

 遠目に教室の中を見てみるが、咲良の姿がない。どっか行ってんのか、それともすれ違ったか。

「あれ、どうした。一条」

 と、やってきたのは朝比奈だ。手には見慣れない資料集を持っている。たぶん、理系しか履修しない科目のやつだろう。

「おぉ、朝比奈。いやそれが……」

 事情を話すと、どうやら知り合いがそのクラスにいたようで、聞いてくれるとのことだ。こういう時、知り合いが少ない弊害が出るんだよなあ……。

 一言二言、朝比奈はその知り合いと話すと、俺のところに来て言った。

「今日休みだって」

「マジか」

 結局、単語帳は朝比奈に借りることにした。

 朝のホームルームが始まる前の廊下は騒がしい。朝課外前とはまた違う喧騒。やっとエンジンかかったなーって感じ。

 朝比奈の英単語帳は俺のものよりずいぶんきれいで、丁寧に扱わないとなあ、とぼんやり思う。咲良のは結構ボロボロで、俺のとどっこいどっこいなんだよな。

「そっか、咲良、休みか」

 だからこんなにも耳が静かだったのか。違和感の正体はこれだったか。てか、普段あいつ、どんだけうるせえんだ。

 これはこれで構わないのだが、なんだか落ち着かないもの確かだった。



 なんか今日はずいぶん体力が有り余っている。放課後はいつもどことなく疲れているものだが、なんでだろう。

 そうか。あんまり人と話してないのか。えーっと、朝比奈と、あとは漆原先生とちょこっと話しただけだもんなあ。先生に「今日は井上君がいないからか静かだな。まあ、普段よりは元気そうではあるがな」なんて言われる始末だ。

 じゃあいつもどんだけ咲良に体力奪われてんだ、俺は。

 ちなみにその当の本人、咲良はすっかり元気になったらしく、さっき『明日は来るぞ!』と、威勢のいいスタンプとともにメッセージが送られてきた。まあ、元気そうで何よりだ。

「晩飯何にしよ……」

 何か家にあるもので作れるだろうか。ていうか家に何があったっけ。

 野菜、そうだ野菜がいっぱいあったな。それで何か作ろう。玉ねぎ、にんじん、インゲン豆、ジャガイモ……ああ、かき揚げにしよう。だったら缶詰のコーンも混ぜるか。それなら家にあるものだけでいけるな。

 普段はかき揚げなんてめったにしないし、ちょっと楽しみだ。



 タレは……お店のはなんかきらきらとして、ちょっととろみのあるやつだよな。うーん、いいや。めんつゆにしよう。

 かき揚げの具を切っていく。玉ねぎはくし形切り、ニンジンは短冊切り。インゲン豆は筋を取って半分に切る。ジャガイモも短冊切りにしよう。コーンは水気を切る。

「あ、そうだ」

 乾燥桜エビと青のりがあったな。あれも入れよう。

 それらを全部ボウルに入れ、混ぜる。そこにてんぷら粉と水を入れて全体にからめるようにする。

 お玉に具材をのせる。バランスよく、偏らないように。そして熱した油にそっと入れる。じゅわぁっといい音がした。やっぱ揚げ物の音っていいな。

 ゆっくりと崩れないように揚げながら、ふと考える。そういや咲良が休むのって、いつぶりだろう。四月の最初の方、盛大に風邪ひいて何日か休んで、それからは毎日来てたよなあ。あの頃は朝比奈も百瀬も知らなかったから、今日以上に声を発さなかったな。

 すっかり揚がったら油を切って、茶碗に持っていたご飯の上にのせる。ちなみに、ご飯にはすでにめんつゆをかけている。かき揚げの上からもかければ、しゅわわーっとはじけるような音がした。

 よし、こんなもんか。

「いただきます」

 結構でかく揚げてしまった。口に入れるのがやっとだ。

 ザクっとした衣に甘くトロっとした玉ねぎ。青のりの風味もいい。それとニンジン。ホクッとしていておいしい。

 ジャガイモはほくほくで、フライドポテトとはまた違う。青のりの風味が相まって、ちょっとのり塩のポテチっぽい。桜エビもいい味出てる。

 インゲン豆は結構ジューシーだ。特徴的な青い風味がおいしい。

 つゆだくのご飯と一緒にかきこむ。醤油と出汁の風味、甘い口当たりがかき揚げとよく合う。

 うん、上手にできた。今度かき揚げサンド作るときも自分で作ってみるか。

 明日は残ったインゲンで胡麻和えでも作るか。弁当に入れたい。プチかき揚げとかもいいかも。

 明日はまた体力がいるだろうし、しっかり栄養つけとかないと。

 今度は俺がダウンしてしまうといけないからな。



「ごちそうさまでした」

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