一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
44 / 855
日常

第四十四話 バーべキュー

しおりを挟む
 俺は今、じいちゃんとばあちゃんの家にいる。

 いや、正しくいえば家の庭、だ。

 そして目の前では、父さんと母さんが鉄板で肉や野菜を焼き、ばあちゃんはテーブルのセッティングをし、じいちゃんは慣れない手つきでばあちゃんの手伝いをしている。 そして俺の左手には、氷とコーラが入ったビニールのコップがある。

 要するに、状況的にはバーベキューの真っ最中というわけだ。

 肉が焼けるにおいが食欲をそそる。煙はもうもうと立ち、火事と勘違いされるのではと思うほどだ。

 ……いや、どうしてこうなった。



 課外も休みになって、やっと本当の夏休みが来た。

 といっても課題は増やされたし、やらなきゃいけないことはたくさんある。でも、やっと学校に行かなくていいのだ。ともすれば、涼しい家から一歩も出なくていい日もあるかもしれない。

 暑さもピークになる昼下がり。そろそろ飯の準備をしよう。買い物はすでに済ませてあるので、家にあるもので何か作れる。

「何にしようかな……」

 冷蔵庫の中身を思い出しながらソファに横になりぼーっと考えていると、うめずがおもむろに玄関に向かって歩き出した。

「どうしたうめず」

「わうっ」

 なんか、着いて来いって感じだな。俺を振り返りながらうめずは歩みを進める。

 散歩はこの時間には行かないし、いったいどうしたんだろうか。うめずは玄関先にお座りした。

「外は暑いから行かないぞ」

 そんなうめずに声をかけたその時、玄関の扉が開いた。

「ただいまー……ってあら、お迎え?」

「ただいま」

「……おかえり」

 父さんと母さんが帰ってきた。あ、そういや昼頃に帰ってくるって言ってたな。

「暑かった~、うめずも暑そうね」

 うめずはスンスンと鼻を鳴らすと、父さんと母さんに飛びついた。

「うあ~、暑い~」

「昼飯は食ったの?」

 居間に向かいながら聞くと、二人とも首を横に振った。

「どこもかしこも人が多くてねえ」

「まー、盆休みだもんな」

「春都はもう食べた?」

「んや、まだ」

 じゃあ、三人分用意しなきゃいかんのか。うーん、どうしよう。

 そう考えこんでいると、母さんが「それなら」と提案してきた。

「お昼は軽めにしておいて」

「……なんで?」

 俺の疑問には父さんも母さんも答えず、ただ意味深に笑っているだけだった。

「えー何それ……まあいいや、じゃ、そうめんでいい?」

 結局昼飯はそうめんにした。よく夏休みの昼飯で「もうあきた」と言われがちなそうめんだが、俺は結構好きだ。食べ方とか工夫すれば、結構なレパートリーになると思う。

 今日はただ茹でて、麺つゆで食べる。なんだかんだいって、これが一番うまい食い方だと思う。

「いただきます」

 薬味はチューブのワサビ、ショウガ。ネギは切っておいたものを散らす。

 つるりとした口当たりは夏場にもってこいだ。味らしい味はないようにも思えるが、ちゃんとそれなりに風味がする。つゆの味がほとんどだけど。ねぎを絡めて食べるとおいしい。ワサビの塊に当たらないようには気をつける必要がある。ショウガはさっぱりする。

「ごちそうさまでした」

 茶碗を片付け、ソファに座る。テレビをつけてみればローカルテレビ局のワイドショーが放送されていた。レジャー特集。こんなくそ暑い中でレジャーとか、俺には考えられん。涼しい部屋でゲームした方がよっぽど夏は楽しかろうよ。

「……うん、それじゃ、夕方来るから。はい、はーい」

 どこかに電話をかけていたらしい母さんが、スマホを持ったままこちらに来た。

「春都」

「ん、なに」

「夕方、お店の方行くから、そのつもりで準備しといてね」

 ん? 夕方って、なんかあるのか?

「……分かった」

 改めてそう言うということは、まあ、何かあるのだろうけれど。

 てか準備って、何すりゃいいんだ。



 で、あれよあれよという間に、このバーベキュー状態なわけで。

「どういうこと?」

「びっくりした?」

「いや、びっくりしたも何も」

 どうやら俺にサプライズでバーベキューをしようということになったらしい。いわく、誕生日の前夜祭なのだとか。

 前夜祭て。俺の誕生日、明後日なんだけど。

「さ、じゃんじゃん食べなさい」

 渡された紙皿に焼き肉のたれが注がれ、さらにそこに母さんが肉をのせる。こんがり焼けてうまそうだ。

「野菜も食べてな~」

 父さんが玉ねぎとキャベツをのせる。バーベキューの玉ねぎ、結構好きだ。

「……いただきます」

 普段買わないような大判の牛肉。分厚いから食べ応えがある。でも、やわらかい。脂もくどくなく、次々に食べられる。さらになんと、豚肉と鶏肉もあるという。豚トロ、初めて見たときは脂ばっかりじゃんと衝撃を受けたが、食べてみればそのおいしさに感動した。独特の食感がまたいい。鶏肉はもも肉。皮目がカリッとパリッとしていて、身はジューシーで最高だ。

 玉ねぎは甘くてしゃきっとしている。キャベツはちょっと焦げているが、これがバーベキューの醍醐味というものだろう。

「ご飯もあるよ」

 とばあちゃんが言うと、じいちゃんがどこかから大皿を持ってきた。皿の上には俵型のおにぎりが大量に並んでいた。塩と、ごま塩。ごま塩は白ごまだ。ばあちゃんがすったのだろう。

「ありがとう」

 俺は一つずつ取って、たれが入った皿にのせる。しみこませて食べるのがおいしい。塩おにぎりは……牛肉を巻いて食べる。あー、これこれ。やっぱり――。

「うんまぁ」

 思わず声がこぼれるほどだ。

 父さんと母さんもちょいちょい食べているみたいだ。じいちゃんは酒を飲んでいるし、ばあちゃんもその隣で食べている。

「おいしい?」

 母さんに聞かれ、俺は頷く。

「んまい」

 夕暮れ時とはいえ、ずいぶん暑い。セミもまだ鳴いている。

 でも、なんだか楽しい。暑い中でレジャーとか考えられなかったけど、意外とありなのかもしれない。

 肉もうまいし、最高の気分だ。

 前夜祭でこんななら、誕生日当日はどうなっちまうんだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...