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日常
第四十一話 揚げ物
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今日はいつもより早く目が覚めた。だからといって眠いわけでもなく、いい感じで頭がさえている。
こういう日はめったにないので、何かしないともったいない。
「何しようかな……」
しかしそうすぐに思いつくはずもないので、とりあえず台所に立ってみる。
「そういや、野菜がまだあったな」
ずいぶん消費はしたものの、まだキュウリやトマトが残っている。早いとこ使っておきたいな。
「よし」
決めた。今日の晩に食べられるように、なんか作っておこう。
キュウリとトマト、あとは玉ねぎ。キュウリは乱切りにする。乱切りは最初、どうやってやるのかあんまり分からなかった。リズムよくできるとちょっと楽しい。
トマトは一口大にする。玉ねぎは薄く切って少し水にさらす。
いつもであれば市販のドレッシングで和えるのだが、せっかくだし今日は手作りしよう。手作りといってもシンプルなもので、酢、塩コショウ、オリーブオイルのみだ。ちょっとにんにくを入れると風味がいい。
いわゆるマリネというものだろうか。ちょっと味見をしてみる。うん、酸っぱくていい。
これが夜にはいい感じになじんでいるんだ。しかしこれだけではちょっと足りないので、何か他にも作ろう。これがさっぱりだからなあ、揚げ物とかいいかも。
帰りにスーパー、寄ってみるか。
今日の四時間目は学年集会だった。くそ暑い体育館で、進路の話。
どうして教室でしないかな。こんなに暑くっちゃあ、頭に入るものも入らない。なんだっけ、日本史か世界史か、来年は選ばなきゃいけないんだったか。
一つしか解放されていない体育館の出入り口は混雑している。まあ、体育館の靴と上履き、履き替えなきゃいかんからな。早くこの蒸し暑い中から出たいのだが……。
「一条~」
あまり意味はないが、配られた資料で首元を仰いで待っていると、百瀬が隣にやってきた。
こうして見ると、やっぱり結構小柄だな。
「おう」
「暑いな~。クーラーつけてほしいわ」
「扇風機だけじゃ限界あるよな」
百瀬が俺の手にある資料を見て笑う。
「お前、もうプリントしわっしわじゃん。どうやったらそうなんの?」
「あ?」
見れば確かにしわくちゃだ。
これ先生に見つかったらどやされそうだな。
「あー……昔から俺、プリントの管理下手なんだよ。気づいたらもうこんななってる」
「なんか、何回も紙飛行機折りなおしたみたいな感じだな」
「まあ実際、なんとなく折り曲げてるからな」
「なんでなんとなく折り曲げるんだよ」
しかしまあ、内容は読めるのでいいだろう。ちょっと、ところどころ文字がかすんでいなくもないけど。
「一条はどっちにすんの?」
「俺は……日本史だな。横文字苦手」
「それ分かる~。俺も日本史かなあ、でも世界史も結構好きなんだよね~」
やっとのことで外に出て、思いっきり伸びをする。今日は風がないので、暑さがより際立つな。
「あ、そうだこれ。見てよ」
「ん?」
「暇だから描いてた」
無邪気に笑って百瀬が見せてきたのは、プリントの裏。そこにはおびただしい数の落書きがあった。
「なんだこれ」
「だってさあ、日本史か世界史選ぶ以外、なんか大事な話なかったじゃん? やれ意識がどうとか最高学年がなんだとか、知らねーっての」
百瀬が描いていたのはほとんどがアニメキャラだった。知ってるキャラクターもいる。
「で、思いつくキャラクターをどれだけ描けるかタイムトライアルしてたってわけ」
「なんだよ、お前もなかなかのプリントの扱いじゃねえか」
「まあね」
へへ、と百瀬はいたずらっぽく笑った。
「提出じゃないプリントの裏は基本こんな感じになってる」
「それやばいわ」
「だって描きたくなるじゃんね。プリントの裏は上手に描ける気ぃすんの」
「そうなのか」
俺は絵を描かないからその感覚は分からない。でも、なんか余白に描きたくなる気持ちは分かる気もする。一度授業中に落書きしていて、コテンパンに怒られて以来描いてないけど。
「にしてもうまいよな」
「そう? ありがとー。好きで描いてるだけなんだけどね」
「まさしく、好きこそものの上手なれ、だな」
俺にはそういうの、あるだろうか。好きなことといったら飯を食うことだが……それにうまいも下手もねえよなあ。
晩飯が少し豪華になった。帰りにスーパーに寄ってみたら、なんとたこが安かった。というわけでマリネに、ぶつ切りのたこが追加された。
そしてメインディッシュは、揚げ物だ。とんかつとか、からあげとか特定の料理ではなく、揚げ物。
アスパラ、茄子、ピーマン、玉ねぎ、そして、豚ヒレ肉。あ、豚はとんかつになるか。
アスパラは固い皮の部分をピーラーでむいておく。そして切り分けずそのままバッター液、パン粉をつけて揚げる。バッター液は小麦粉、卵、水を混ぜたもので、これを使うと揚げ物が、というか片付けがずいぶん楽になる。茄子は大きすぎず小さすぎず、食べやすい大きさに。ピーマンは半分、玉ねぎはくし形切り。
豚肉はヒレ肉だ。ロースもいいが、ヒレも結構好きなのだ。
タレはごまを混ぜたトンカツソース。と、ポン酢や醤油も準備する。からしも忘れてはいけない。ああ、そうだ。今日は塩でも食べてみたい。
「いただきます」
まずは豚――ではなく、アスパラ。丸ごとアスパラのフライはちょっと食べてみたかった。まずは塩で。根元から食べる。衣の香ばしさの後に、アスパラ特有の青い香り。みずみずしさもちゃんと残っている。醤油やソースも合う。先端の方は根本よりも香りが強い気がする。こっちはみずみずしさより、しっかりとした歯ごたえがおいしい。
カラッとした衣の内にあるピーマンは少ししんなりとしている。これはソースがいい。ピーマンの苦みがあるので、からしはつけない方が俺の好みだ。
玉ねぎはやけどしてしまいそうになるほどほくほくで熱い。つるんとしていて、とにかく甘い。ソースをひたひたにして食うのが好きだ。ポン酢をかけるとかなりさっぱりである。
そんでもって、満を持しての豚ヒレ肉。これにはソースと、からし。ツンとした風味が来るがぐっとこらえれば豚の甘味が感じられる。噛み応えのある肉はご飯にも合う。ごまの風味がプチッとはじけてたまらないな。
なんでも、目の前で揚げながら食べられる装置もあるらしい。……ちょっと気になる。
箸休めにマリネ。キュウリは朝とは歯ごたえが少し変わっている。トマトも味が染みているし、玉ねぎもしんなりしていて辛みが抑えられている。たこもぷりぷりでいい。
それにしても、自炊当初に比べたら食べられるものを作れるようになったものだ。揚げ物をマスターするのは結構骨が折れた。半生だったり、焦げすぎたり。
でも、うまいもん食いたくて頑張って練習したな。
……あ、もしかしてこれがあれか。好きこそものの上手なれ、ってやつなのか。
「ごちそうさまでした」
こういう日はめったにないので、何かしないともったいない。
「何しようかな……」
しかしそうすぐに思いつくはずもないので、とりあえず台所に立ってみる。
「そういや、野菜がまだあったな」
ずいぶん消費はしたものの、まだキュウリやトマトが残っている。早いとこ使っておきたいな。
「よし」
決めた。今日の晩に食べられるように、なんか作っておこう。
キュウリとトマト、あとは玉ねぎ。キュウリは乱切りにする。乱切りは最初、どうやってやるのかあんまり分からなかった。リズムよくできるとちょっと楽しい。
トマトは一口大にする。玉ねぎは薄く切って少し水にさらす。
いつもであれば市販のドレッシングで和えるのだが、せっかくだし今日は手作りしよう。手作りといってもシンプルなもので、酢、塩コショウ、オリーブオイルのみだ。ちょっとにんにくを入れると風味がいい。
いわゆるマリネというものだろうか。ちょっと味見をしてみる。うん、酸っぱくていい。
これが夜にはいい感じになじんでいるんだ。しかしこれだけではちょっと足りないので、何か他にも作ろう。これがさっぱりだからなあ、揚げ物とかいいかも。
帰りにスーパー、寄ってみるか。
今日の四時間目は学年集会だった。くそ暑い体育館で、進路の話。
どうして教室でしないかな。こんなに暑くっちゃあ、頭に入るものも入らない。なんだっけ、日本史か世界史か、来年は選ばなきゃいけないんだったか。
一つしか解放されていない体育館の出入り口は混雑している。まあ、体育館の靴と上履き、履き替えなきゃいかんからな。早くこの蒸し暑い中から出たいのだが……。
「一条~」
あまり意味はないが、配られた資料で首元を仰いで待っていると、百瀬が隣にやってきた。
こうして見ると、やっぱり結構小柄だな。
「おう」
「暑いな~。クーラーつけてほしいわ」
「扇風機だけじゃ限界あるよな」
百瀬が俺の手にある資料を見て笑う。
「お前、もうプリントしわっしわじゃん。どうやったらそうなんの?」
「あ?」
見れば確かにしわくちゃだ。
これ先生に見つかったらどやされそうだな。
「あー……昔から俺、プリントの管理下手なんだよ。気づいたらもうこんななってる」
「なんか、何回も紙飛行機折りなおしたみたいな感じだな」
「まあ実際、なんとなく折り曲げてるからな」
「なんでなんとなく折り曲げるんだよ」
しかしまあ、内容は読めるのでいいだろう。ちょっと、ところどころ文字がかすんでいなくもないけど。
「一条はどっちにすんの?」
「俺は……日本史だな。横文字苦手」
「それ分かる~。俺も日本史かなあ、でも世界史も結構好きなんだよね~」
やっとのことで外に出て、思いっきり伸びをする。今日は風がないので、暑さがより際立つな。
「あ、そうだこれ。見てよ」
「ん?」
「暇だから描いてた」
無邪気に笑って百瀬が見せてきたのは、プリントの裏。そこにはおびただしい数の落書きがあった。
「なんだこれ」
「だってさあ、日本史か世界史選ぶ以外、なんか大事な話なかったじゃん? やれ意識がどうとか最高学年がなんだとか、知らねーっての」
百瀬が描いていたのはほとんどがアニメキャラだった。知ってるキャラクターもいる。
「で、思いつくキャラクターをどれだけ描けるかタイムトライアルしてたってわけ」
「なんだよ、お前もなかなかのプリントの扱いじゃねえか」
「まあね」
へへ、と百瀬はいたずらっぽく笑った。
「提出じゃないプリントの裏は基本こんな感じになってる」
「それやばいわ」
「だって描きたくなるじゃんね。プリントの裏は上手に描ける気ぃすんの」
「そうなのか」
俺は絵を描かないからその感覚は分からない。でも、なんか余白に描きたくなる気持ちは分かる気もする。一度授業中に落書きしていて、コテンパンに怒られて以来描いてないけど。
「にしてもうまいよな」
「そう? ありがとー。好きで描いてるだけなんだけどね」
「まさしく、好きこそものの上手なれ、だな」
俺にはそういうの、あるだろうか。好きなことといったら飯を食うことだが……それにうまいも下手もねえよなあ。
晩飯が少し豪華になった。帰りにスーパーに寄ってみたら、なんとたこが安かった。というわけでマリネに、ぶつ切りのたこが追加された。
そしてメインディッシュは、揚げ物だ。とんかつとか、からあげとか特定の料理ではなく、揚げ物。
アスパラ、茄子、ピーマン、玉ねぎ、そして、豚ヒレ肉。あ、豚はとんかつになるか。
アスパラは固い皮の部分をピーラーでむいておく。そして切り分けずそのままバッター液、パン粉をつけて揚げる。バッター液は小麦粉、卵、水を混ぜたもので、これを使うと揚げ物が、というか片付けがずいぶん楽になる。茄子は大きすぎず小さすぎず、食べやすい大きさに。ピーマンは半分、玉ねぎはくし形切り。
豚肉はヒレ肉だ。ロースもいいが、ヒレも結構好きなのだ。
タレはごまを混ぜたトンカツソース。と、ポン酢や醤油も準備する。からしも忘れてはいけない。ああ、そうだ。今日は塩でも食べてみたい。
「いただきます」
まずは豚――ではなく、アスパラ。丸ごとアスパラのフライはちょっと食べてみたかった。まずは塩で。根元から食べる。衣の香ばしさの後に、アスパラ特有の青い香り。みずみずしさもちゃんと残っている。醤油やソースも合う。先端の方は根本よりも香りが強い気がする。こっちはみずみずしさより、しっかりとした歯ごたえがおいしい。
カラッとした衣の内にあるピーマンは少ししんなりとしている。これはソースがいい。ピーマンの苦みがあるので、からしはつけない方が俺の好みだ。
玉ねぎはやけどしてしまいそうになるほどほくほくで熱い。つるんとしていて、とにかく甘い。ソースをひたひたにして食うのが好きだ。ポン酢をかけるとかなりさっぱりである。
そんでもって、満を持しての豚ヒレ肉。これにはソースと、からし。ツンとした風味が来るがぐっとこらえれば豚の甘味が感じられる。噛み応えのある肉はご飯にも合う。ごまの風味がプチッとはじけてたまらないな。
なんでも、目の前で揚げながら食べられる装置もあるらしい。……ちょっと気になる。
箸休めにマリネ。キュウリは朝とは歯ごたえが少し変わっている。トマトも味が染みているし、玉ねぎもしんなりしていて辛みが抑えられている。たこもぷりぷりでいい。
それにしても、自炊当初に比べたら食べられるものを作れるようになったものだ。揚げ物をマスターするのは結構骨が折れた。半生だったり、焦げすぎたり。
でも、うまいもん食いたくて頑張って練習したな。
……あ、もしかしてこれがあれか。好きこそものの上手なれ、ってやつなのか。
「ごちそうさまでした」
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