一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
38 / 843
日常

第三十八話 グラタン

しおりを挟む
「うわ~、もー。うっそだろ~」

「ん?」

 昇降口を出てすぐ横には駐輪場がある。学年ごと、クラスごとに場所が決められていて、バイク通学のやつらもそこに止めている。

 今日も今日とてそそくさと帰ろうとした俺だったが、その駐輪場で見慣れた姿が右往左往しているのを見つけた。

「どうした、百瀬」

「あ~、一条。いいところに!」

 百瀬は半泣き状態で自転車のハンドルを握りしめる。よく手入れされたシルバーの車体には重々しいバッテリーがついている。

「パンクしちゃったんだよ~。朝は大丈夫だったのに~」

 そう言って百瀬は後ろのタイヤを触った。指で押せばベゴベゴとつぶれる。

「ありゃ」

「どうやって帰ろう~」

 昼からも結構使うらしく、置いて帰るわけにはいかないという。なるほど。それで途方に暮れていたわけだ。

「じゃあ、うち来るか」

「へ?」

「うちっつーか、じいちゃんとばあちゃんの家だけど」

 祖父母がすぐ近くで自転車屋をしていることを説明すると、百瀬の表情がみるみる明るくなった。

「ほんとか! 助かる!」

「んじゃ、行くか」

 自分ちに帰るよりも、店に行く方がずいぶん近い。寄り道してなんか買い食いする暇もないほどだ。

「自転車通学なんだな」

「うん。俺が行ってた中学から進学したやつはバス通学が圧倒的に多いけど、俺は自転車だな。貴志もバスだって言ってた」

「遠いのに大変じゃないか?」

 小中高と近くに学校がある俺としては、バス通学や電車通学は想像つかない。中学の時だけはちょっと距離があったから自転車通学をしていたが、かといって長距離というほどではなかった。

 百瀬は少し考えたが、何でもないように言ったものだ。

「まあ、片道四十分ぐらいだけど、慣れたかなあ」

「慣れたのか……」

 雨の日は大変だけどねーと百瀬は笑って付け加える。

「すげえなー俺には想像できねえ……あ、着いた」

「早。マジで近いね」

「そうなんだよ。めっちゃ近い」

 店は展示スペースが少しと、作業スペースがある。表には中古車や貸し出し用の自転車が並んでいる。

 今、作業スペースでは、じいちゃんとばあちゃんが新車を組んでいた。

 先に俺たちの存在に気づいたのはばあちゃんだった。

「あれ、春都お帰り。友達と一緒なの」

「ん、ただいま。なんかパンクしたって」

 俺は百瀬に、店の中まで自転車を入れるよう促す。

「こんにちは!」

「はい、こんにちは。パンクしてるのは――後ろ?」

「そうです。朝は大丈夫だったんですけど……」

 じいちゃんはその間も黙々と作業を続けている。

「夏場はすぐゴムが悪くなるからね。これ、タイヤ交換しといたほうがいいかも。いいかな?」

「はい! ありがとうございます」

「でも急ぐかな?」

「いえ、大丈夫です。見ててもいいですか?」

 興味津々という表情の百瀬に、ばあちゃんもじいちゃんも少し面白そうに笑った。

「いいよ~、じゃ、春都。椅子出してあげて」

「ん」

「ありがとなー」

 店には折りたたみ式の椅子がある。基本的に来店するお客は高齢のため、最近は一脚買い足したらしい。黒と白のストライプ模様。……そういえばどこで買ってるんだろうか。

「俺、昔から自転車屋さんにあこがれてて! 今はもうないんですけど、うちの近くにお店があったんです。そこで修理しているのを見て、すげえな~って!」

 それにしても百瀬は物怖じせずによく話せるものだ。こいつに人見知りという概念は、もしかしたらないのかもしれない。

「いまだに自転車屋さんになりたいって思ってます!」

 それを聞いたばあちゃんは「あら」と楽しげな声を上げた。話しながらも手は止めない。一度手伝ったことがあるのでなんとなくわかるが、修理ってかなり大変だ。この手際の良さにはいつもすげえなと思う。

「それじゃあ、高校卒業したらうちに弟子入りする?」

「えっ」

 これは俺の声だ。百瀬はというと、期待に満ちたまなざしでばあちゃんを見て、じいちゃんの方を見た。視線を向けられたじいちゃんは動じずに、新車の組み立てを進める。

「えーっ、やりたいです」

「じいちゃんは甘くないよ」

「がんばります!」

 百瀬が言うと冗談に聞こえない。本気で弟子入りするつもりなのだろうか。

 結局真意は分からないまま修理は終わり、百瀬はさっそうと帰っていったのだった。



 百瀬が弟子入りしようがしまいが、腹は減る。

 こないだのピザの残りのチーズがあるので、今日はそれを使ってグラタンを作ろうと思う。ジャガイモが大量にあるので、ジャガイモのグラタンだ。

 まずはジャガイモを薄く切って茹でる。

 その間に玉ねぎとベーコンをオリーブオイルとバターで炒める。そこに小麦粉も入れてさらに炒め、ちゃんと火が通ったところに牛乳を注ぎ入れる。これでソースは完成だ。

 グラタン皿に茹でたジャガイモを並べ、そこにソースをかけ、チーズをのせたらあとは焼くだけだ。

 せっかくだし、買っておいたフランスパンも焼こう。

「そろそろかな……」

 チーズがいい感じに焦げていくのを見るのはとてもワクワクする。もちろん、それを食べるのが一番好きなのだが。

「いただきます」

 パリ、とチーズにスプーンを入れれば牛乳のまろやかな香りが立つ。ほかほかに湯気が出ている様子はとても魅力的だが、暴力的に熱いのでちゃんと少し冷まして口に入れる。

 チーズの塩気と牛乳のコク、玉ねぎの甘さがおいしい。ベーコンも薄切りだが存在感がある。ほくほくのジャガイモも口当たりがよく、ちょっと焦げていたりかたくなっていたりするところも味があっていい。バターの風味もうま味を増している。

 これにフランスパンをつけて食べるのがおいしい。具材とソースをのせてもいい。カリッと香ばしいパンの風味がまったりとしたグラタンの味とよく合うのだ。

 食パンをくりぬいて作るグラタンもあると聞いた。今度作ってみたい。冬になったらかきグラタンを作ってみようとは思っている。

 フランスパンはソースを食べきるためにも必要だ。最後までおいしく、ちゃんと残さず食べたいものだ。それにこうやってぬぐって食べると、チーズのカリッカリの部分も食べられて最高なのだ。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...