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日常
第三十八話 グラタン
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「うわ~、もー。うっそだろ~」
「ん?」
昇降口を出てすぐ横には駐輪場がある。学年ごと、クラスごとに場所が決められていて、バイク通学のやつらもそこに止めている。
今日も今日とてそそくさと帰ろうとした俺だったが、その駐輪場で見慣れた姿が右往左往しているのを見つけた。
「どうした、百瀬」
「あ~、一条。いいところに!」
百瀬は半泣き状態で自転車のハンドルを握りしめる。よく手入れされたシルバーの車体には重々しいバッテリーがついている。
「パンクしちゃったんだよ~。朝は大丈夫だったのに~」
そう言って百瀬は後ろのタイヤを触った。指で押せばベゴベゴとつぶれる。
「ありゃ」
「どうやって帰ろう~」
昼からも結構使うらしく、置いて帰るわけにはいかないという。なるほど。それで途方に暮れていたわけだ。
「じゃあ、うち来るか」
「へ?」
「うちっつーか、じいちゃんとばあちゃんの家だけど」
祖父母がすぐ近くで自転車屋をしていることを説明すると、百瀬の表情がみるみる明るくなった。
「ほんとか! 助かる!」
「んじゃ、行くか」
自分ちに帰るよりも、店に行く方がずいぶん近い。寄り道してなんか買い食いする暇もないほどだ。
「自転車通学なんだな」
「うん。俺が行ってた中学から進学したやつはバス通学が圧倒的に多いけど、俺は自転車だな。貴志もバスだって言ってた」
「遠いのに大変じゃないか?」
小中高と近くに学校がある俺としては、バス通学や電車通学は想像つかない。中学の時だけはちょっと距離があったから自転車通学をしていたが、かといって長距離というほどではなかった。
百瀬は少し考えたが、何でもないように言ったものだ。
「まあ、片道四十分ぐらいだけど、慣れたかなあ」
「慣れたのか……」
雨の日は大変だけどねーと百瀬は笑って付け加える。
「すげえなー俺には想像できねえ……あ、着いた」
「早。マジで近いね」
「そうなんだよ。めっちゃ近い」
店は展示スペースが少しと、作業スペースがある。表には中古車や貸し出し用の自転車が並んでいる。
今、作業スペースでは、じいちゃんとばあちゃんが新車を組んでいた。
先に俺たちの存在に気づいたのはばあちゃんだった。
「あれ、春都お帰り。友達と一緒なの」
「ん、ただいま。なんかパンクしたって」
俺は百瀬に、店の中まで自転車を入れるよう促す。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。パンクしてるのは――後ろ?」
「そうです。朝は大丈夫だったんですけど……」
じいちゃんはその間も黙々と作業を続けている。
「夏場はすぐゴムが悪くなるからね。これ、タイヤ交換しといたほうがいいかも。いいかな?」
「はい! ありがとうございます」
「でも急ぐかな?」
「いえ、大丈夫です。見ててもいいですか?」
興味津々という表情の百瀬に、ばあちゃんもじいちゃんも少し面白そうに笑った。
「いいよ~、じゃ、春都。椅子出してあげて」
「ん」
「ありがとなー」
店には折りたたみ式の椅子がある。基本的に来店するお客は高齢のため、最近は一脚買い足したらしい。黒と白のストライプ模様。……そういえばどこで買ってるんだろうか。
「俺、昔から自転車屋さんにあこがれてて! 今はもうないんですけど、うちの近くにお店があったんです。そこで修理しているのを見て、すげえな~って!」
それにしても百瀬は物怖じせずによく話せるものだ。こいつに人見知りという概念は、もしかしたらないのかもしれない。
「いまだに自転車屋さんになりたいって思ってます!」
それを聞いたばあちゃんは「あら」と楽しげな声を上げた。話しながらも手は止めない。一度手伝ったことがあるのでなんとなくわかるが、修理ってかなり大変だ。この手際の良さにはいつもすげえなと思う。
「それじゃあ、高校卒業したらうちに弟子入りする?」
「えっ」
これは俺の声だ。百瀬はというと、期待に満ちたまなざしでばあちゃんを見て、じいちゃんの方を見た。視線を向けられたじいちゃんは動じずに、新車の組み立てを進める。
「えーっ、やりたいです」
「じいちゃんは甘くないよ」
「がんばります!」
百瀬が言うと冗談に聞こえない。本気で弟子入りするつもりなのだろうか。
結局真意は分からないまま修理は終わり、百瀬はさっそうと帰っていったのだった。
百瀬が弟子入りしようがしまいが、腹は減る。
こないだのピザの残りのチーズがあるので、今日はそれを使ってグラタンを作ろうと思う。ジャガイモが大量にあるので、ジャガイモのグラタンだ。
まずはジャガイモを薄く切って茹でる。
その間に玉ねぎとベーコンをオリーブオイルとバターで炒める。そこに小麦粉も入れてさらに炒め、ちゃんと火が通ったところに牛乳を注ぎ入れる。これでソースは完成だ。
グラタン皿に茹でたジャガイモを並べ、そこにソースをかけ、チーズをのせたらあとは焼くだけだ。
せっかくだし、買っておいたフランスパンも焼こう。
「そろそろかな……」
チーズがいい感じに焦げていくのを見るのはとてもワクワクする。もちろん、それを食べるのが一番好きなのだが。
「いただきます」
パリ、とチーズにスプーンを入れれば牛乳のまろやかな香りが立つ。ほかほかに湯気が出ている様子はとても魅力的だが、暴力的に熱いのでちゃんと少し冷まして口に入れる。
チーズの塩気と牛乳のコク、玉ねぎの甘さがおいしい。ベーコンも薄切りだが存在感がある。ほくほくのジャガイモも口当たりがよく、ちょっと焦げていたりかたくなっていたりするところも味があっていい。バターの風味もうま味を増している。
これにフランスパンをつけて食べるのがおいしい。具材とソースをのせてもいい。カリッと香ばしいパンの風味がまったりとしたグラタンの味とよく合うのだ。
食パンをくりぬいて作るグラタンもあると聞いた。今度作ってみたい。冬になったらかきグラタンを作ってみようとは思っている。
フランスパンはソースを食べきるためにも必要だ。最後までおいしく、ちゃんと残さず食べたいものだ。それにこうやってぬぐって食べると、チーズのカリッカリの部分も食べられて最高なのだ。
「ごちそうさまでした」
「ん?」
昇降口を出てすぐ横には駐輪場がある。学年ごと、クラスごとに場所が決められていて、バイク通学のやつらもそこに止めている。
今日も今日とてそそくさと帰ろうとした俺だったが、その駐輪場で見慣れた姿が右往左往しているのを見つけた。
「どうした、百瀬」
「あ~、一条。いいところに!」
百瀬は半泣き状態で自転車のハンドルを握りしめる。よく手入れされたシルバーの車体には重々しいバッテリーがついている。
「パンクしちゃったんだよ~。朝は大丈夫だったのに~」
そう言って百瀬は後ろのタイヤを触った。指で押せばベゴベゴとつぶれる。
「ありゃ」
「どうやって帰ろう~」
昼からも結構使うらしく、置いて帰るわけにはいかないという。なるほど。それで途方に暮れていたわけだ。
「じゃあ、うち来るか」
「へ?」
「うちっつーか、じいちゃんとばあちゃんの家だけど」
祖父母がすぐ近くで自転車屋をしていることを説明すると、百瀬の表情がみるみる明るくなった。
「ほんとか! 助かる!」
「んじゃ、行くか」
自分ちに帰るよりも、店に行く方がずいぶん近い。寄り道してなんか買い食いする暇もないほどだ。
「自転車通学なんだな」
「うん。俺が行ってた中学から進学したやつはバス通学が圧倒的に多いけど、俺は自転車だな。貴志もバスだって言ってた」
「遠いのに大変じゃないか?」
小中高と近くに学校がある俺としては、バス通学や電車通学は想像つかない。中学の時だけはちょっと距離があったから自転車通学をしていたが、かといって長距離というほどではなかった。
百瀬は少し考えたが、何でもないように言ったものだ。
「まあ、片道四十分ぐらいだけど、慣れたかなあ」
「慣れたのか……」
雨の日は大変だけどねーと百瀬は笑って付け加える。
「すげえなー俺には想像できねえ……あ、着いた」
「早。マジで近いね」
「そうなんだよ。めっちゃ近い」
店は展示スペースが少しと、作業スペースがある。表には中古車や貸し出し用の自転車が並んでいる。
今、作業スペースでは、じいちゃんとばあちゃんが新車を組んでいた。
先に俺たちの存在に気づいたのはばあちゃんだった。
「あれ、春都お帰り。友達と一緒なの」
「ん、ただいま。なんかパンクしたって」
俺は百瀬に、店の中まで自転車を入れるよう促す。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは。パンクしてるのは――後ろ?」
「そうです。朝は大丈夫だったんですけど……」
じいちゃんはその間も黙々と作業を続けている。
「夏場はすぐゴムが悪くなるからね。これ、タイヤ交換しといたほうがいいかも。いいかな?」
「はい! ありがとうございます」
「でも急ぐかな?」
「いえ、大丈夫です。見ててもいいですか?」
興味津々という表情の百瀬に、ばあちゃんもじいちゃんも少し面白そうに笑った。
「いいよ~、じゃ、春都。椅子出してあげて」
「ん」
「ありがとなー」
店には折りたたみ式の椅子がある。基本的に来店するお客は高齢のため、最近は一脚買い足したらしい。黒と白のストライプ模様。……そういえばどこで買ってるんだろうか。
「俺、昔から自転車屋さんにあこがれてて! 今はもうないんですけど、うちの近くにお店があったんです。そこで修理しているのを見て、すげえな~って!」
それにしても百瀬は物怖じせずによく話せるものだ。こいつに人見知りという概念は、もしかしたらないのかもしれない。
「いまだに自転車屋さんになりたいって思ってます!」
それを聞いたばあちゃんは「あら」と楽しげな声を上げた。話しながらも手は止めない。一度手伝ったことがあるのでなんとなくわかるが、修理ってかなり大変だ。この手際の良さにはいつもすげえなと思う。
「それじゃあ、高校卒業したらうちに弟子入りする?」
「えっ」
これは俺の声だ。百瀬はというと、期待に満ちたまなざしでばあちゃんを見て、じいちゃんの方を見た。視線を向けられたじいちゃんは動じずに、新車の組み立てを進める。
「えーっ、やりたいです」
「じいちゃんは甘くないよ」
「がんばります!」
百瀬が言うと冗談に聞こえない。本気で弟子入りするつもりなのだろうか。
結局真意は分からないまま修理は終わり、百瀬はさっそうと帰っていったのだった。
百瀬が弟子入りしようがしまいが、腹は減る。
こないだのピザの残りのチーズがあるので、今日はそれを使ってグラタンを作ろうと思う。ジャガイモが大量にあるので、ジャガイモのグラタンだ。
まずはジャガイモを薄く切って茹でる。
その間に玉ねぎとベーコンをオリーブオイルとバターで炒める。そこに小麦粉も入れてさらに炒め、ちゃんと火が通ったところに牛乳を注ぎ入れる。これでソースは完成だ。
グラタン皿に茹でたジャガイモを並べ、そこにソースをかけ、チーズをのせたらあとは焼くだけだ。
せっかくだし、買っておいたフランスパンも焼こう。
「そろそろかな……」
チーズがいい感じに焦げていくのを見るのはとてもワクワクする。もちろん、それを食べるのが一番好きなのだが。
「いただきます」
パリ、とチーズにスプーンを入れれば牛乳のまろやかな香りが立つ。ほかほかに湯気が出ている様子はとても魅力的だが、暴力的に熱いのでちゃんと少し冷まして口に入れる。
チーズの塩気と牛乳のコク、玉ねぎの甘さがおいしい。ベーコンも薄切りだが存在感がある。ほくほくのジャガイモも口当たりがよく、ちょっと焦げていたりかたくなっていたりするところも味があっていい。バターの風味もうま味を増している。
これにフランスパンをつけて食べるのがおいしい。具材とソースをのせてもいい。カリッと香ばしいパンの風味がまったりとしたグラタンの味とよく合うのだ。
食パンをくりぬいて作るグラタンもあると聞いた。今度作ってみたい。冬になったらかきグラタンを作ってみようとは思っている。
フランスパンはソースを食べきるためにも必要だ。最後までおいしく、ちゃんと残さず食べたいものだ。それにこうやってぬぐって食べると、チーズのカリッカリの部分も食べられて最高なのだ。
「ごちそうさまでした」
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