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日常
第三十五話 ポトフ
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「ん~……ん?」
目を開けば、青く澄み渡った空が見えた。公園のベンチで昼寝をする、というのもいいものだ。風は心地よく、鳥のさえずりも聞こえてくる。
「春都、起きた?」
足元から声をかけてくるのはうめずだ。俺とは違ってずいぶん活発な声の持ち主だ。
「起きた起きた」
「気持ちよさそうだったねえ」
そしてうめずは、起き上がった俺の膝に前足を置き、きらきらと輝く瞳でこちらを見つめてきた。
「あのね! 競争しよ! 僕早く動きたい~」
「おーおー、分かった。ちょっと待ってろ」
「わーい!」
さすがに寝起きにダッシュはできない。ちゃんと準備運動はしないとな。
海辺の公園ということもあってか、遠くで波の音が聞こえる。久しく聞いていないその音に、俺もちょっとテンションが上がった。
「ねーねー、まだあ? 春都~」
「よーし、準備オッケーだ」
公園は果てしなく広い。今の時間帯は俺たちしかいないので貸し切り状態だ。
うめずはにこにこ笑って俺のまわりをくるっと一周した。
「じゃあ、ここから向こうの樹までね! あの大きな樹だよ」
前を見れば遠くにずいぶんと大きな樹がそそり立っている。なんか、ゲームの世界みたいだ。真っ赤な実らしきものもついていて、風が吹けば、ザザアッと葉っぱが波打つ。
「分かった」
「それじゃあいくよ~。よーい……どんっ!」
一瞬俺がリードするが、本当に一瞬だった。うめずはぐんぐん加速してその姿が小さくなっていく。
「春都おそーい」
ただでさえ運動神経が悪いというのに、全速力のうめずになど敵うはずもない。人間相手でも勝負にならないのだ。
「ちょっと待て~、うめずー」
ていうかなんで俺はこんな公園でうめずと競争しているんだ?
いや、いつものことか。何を考えているのだろう。
やっとのことで樹にたどり着く。息を整えながらうめずを探すが、いない。
「あれー? うめずー?」
「こっちだよー」
と、うめずは樹の後ろからひょっこりと顔を出した。
「お前早いな」
「春都が遅いんだよ」
木の根元に座る。うめずもその隣に座り、ふんふんと鼻を鳴らした。
「あのね、春都」
「どうした」
「僕もね、春都と同じもの食べたいなあ」
「同じものって……お前、人間と同じもの食ったらだめだろう」
俺がたしなめるように言うと、うめずは不服そうにうなった。
「それはそうだけどさ~、いつも春都だけおいしそうなもの食べてるんだもん! ずるいよ~」
そしてうめずはぱっと笑顔になると、俺に飛びついてきた。
「うお、あぶね」
「お願いだよ~、ね? いいでしょ? 一緒に食べられるもの作ってほしいなあ~」
「分かった、分かった。作るよ」
するとうめずは「やったあ~!」と歓声を上げ、尻尾をぶんぶん振り回す。
「約束だからね!」
「ああ」
「絶対だよ? 忘れちゃヤだよ!」
「大丈夫だ」
うめずは俺の肩に全力で頭をぐりぐりこすりつけてくる。まったく、元気のいい奴だ。
……あれ、でも、なんで俺うめずと話してるんだ? うめずって喋れたんだっけ? ていうかめちゃくちゃ眠い。
考えなければいけないことは山ほどあったが、抗えない眠気の波に、俺は意識を手放した。
「んえ」
目を開けば、見慣れた天井が視界に入る。
と、同時にとてつもない重量と暑苦しさを感じる。見ればうめずが俺の上で寝ているではないか。しかもプープー鼻息を鳴らしながら。
なんか、妙な気分だ。不思議な夢を見た。
暑苦しいことこの上ないが、俺はその状態のまま枕元のスマホを手に取る。
外は薄明。学校に行く準備を始めるにはまだ早すぎる。
「えーっと、なんだっけ……犬と、一緒に、食べられる……」
まだおぼろげな頭のまま、検索画面を開く。ブルーライトがまぶしくて片目しか開けられない。
「あ~……これいいかも」
なんだかよく分からないまま、今日の晩飯が決まった。
うちにあるもので作れそうだし、いいだろう。
というわけで今日はポトフを作る。といってもうめずの分はコンソメを入れないが。
使う野菜はジャガイモ、ニンジン、キャベツだ。普段はベーコンとかを入れるが、今日は豚肉で作ろうと思う。脂身はあまり食べない方がいいらしいので、ヒレ肉にする。
まずは野菜を切っていく。うめずも食べやすい大きさにしないとな。肉も一口大に切っておこう。
炒めるときに使うのはオリーブオイル。量には気を付けないといけない。
まず肉を炒める。火が通ってきたら野菜を入れてさらに炒める。そこに水を加えて煮込んでいく。ある程度柔らかくなるまで煮込んだら、うめずが食べる分だけ別の皿によそって、残りにコンソメを入れる。
ポトフは小さいころから好きな料理の一つだ。正直言うと、からあげに匹敵するかもしれない。調子が悪い時でも結構食べられるんだ、これが。
「うめず、今日は一緒に食うぞ」
程よく冷めつつもほんのり温かいポトフ(コンソメなし)をうめずの前に置く。
当然、現実世界のうめずはしゃべらない。いや、しゃべったらいいなとも思うが、それはそれでちょっとびっくりする。
うめずはジッとポトフを見つめた後、お座りの態勢になった。尻尾がゆらゆら揺れているのを見るあたり、機嫌は良さそうだ。
「さて、俺も――いただきます」
「わうっ」
まずはジャガイモを一口。うん、いい感じに煮込めている。ほくっとしながらもトロトロで、コンソメの味も染みている。ニンジンもその甘みとともにジュワッとうま味が染み出す。キャベツは結構スープが絡んで、なんだか麺を食べているみたいだ。噛めばちゃんとキャベツらしい味がする。
豚ヒレ肉で作るポトフは初めてだけど、結構いけるな。ちゃんと味が出てるし、何よりさっぱりなので、夏場はこっちのほうがいいかもしれない。
そういえばうめずはどうだろう。
「……めっちゃうまそうに食うじゃん」
ハフハフいいながら、ジャガイモやニンジンを食べている。キャベツもお気に召したみたいだ。
さて、俺はカリカリに焼いたパンをスープに浸して食べる。ちょっとふやけたところがおいしい。ポトフは確かにご飯も合うが、パンも捨てがたい。やっぱり洋食なのでよく合うのだ。
なんかうめずと同じものを食べるっていうのいいな。一緒に食べられるご飯のレシピ本もあるみたいだし、たまには作ってみるのもいいかもしれない。
「おいしいか、うめず」
「わうっ」
言葉はたぶん通じていないだろうけど、満足そうなのはよくわかる。
俺もなんとなく、いつもより満足している。いや、満足というより、うれしいのか、楽しいのか。よく分からんが、まあ、気分がいいので良しとする。
明日の朝は、ご飯と一緒に食べることにしよう。
「ごちそうさまでした」
目を開けば、青く澄み渡った空が見えた。公園のベンチで昼寝をする、というのもいいものだ。風は心地よく、鳥のさえずりも聞こえてくる。
「春都、起きた?」
足元から声をかけてくるのはうめずだ。俺とは違ってずいぶん活発な声の持ち主だ。
「起きた起きた」
「気持ちよさそうだったねえ」
そしてうめずは、起き上がった俺の膝に前足を置き、きらきらと輝く瞳でこちらを見つめてきた。
「あのね! 競争しよ! 僕早く動きたい~」
「おーおー、分かった。ちょっと待ってろ」
「わーい!」
さすがに寝起きにダッシュはできない。ちゃんと準備運動はしないとな。
海辺の公園ということもあってか、遠くで波の音が聞こえる。久しく聞いていないその音に、俺もちょっとテンションが上がった。
「ねーねー、まだあ? 春都~」
「よーし、準備オッケーだ」
公園は果てしなく広い。今の時間帯は俺たちしかいないので貸し切り状態だ。
うめずはにこにこ笑って俺のまわりをくるっと一周した。
「じゃあ、ここから向こうの樹までね! あの大きな樹だよ」
前を見れば遠くにずいぶんと大きな樹がそそり立っている。なんか、ゲームの世界みたいだ。真っ赤な実らしきものもついていて、風が吹けば、ザザアッと葉っぱが波打つ。
「分かった」
「それじゃあいくよ~。よーい……どんっ!」
一瞬俺がリードするが、本当に一瞬だった。うめずはぐんぐん加速してその姿が小さくなっていく。
「春都おそーい」
ただでさえ運動神経が悪いというのに、全速力のうめずになど敵うはずもない。人間相手でも勝負にならないのだ。
「ちょっと待て~、うめずー」
ていうかなんで俺はこんな公園でうめずと競争しているんだ?
いや、いつものことか。何を考えているのだろう。
やっとのことで樹にたどり着く。息を整えながらうめずを探すが、いない。
「あれー? うめずー?」
「こっちだよー」
と、うめずは樹の後ろからひょっこりと顔を出した。
「お前早いな」
「春都が遅いんだよ」
木の根元に座る。うめずもその隣に座り、ふんふんと鼻を鳴らした。
「あのね、春都」
「どうした」
「僕もね、春都と同じもの食べたいなあ」
「同じものって……お前、人間と同じもの食ったらだめだろう」
俺がたしなめるように言うと、うめずは不服そうにうなった。
「それはそうだけどさ~、いつも春都だけおいしそうなもの食べてるんだもん! ずるいよ~」
そしてうめずはぱっと笑顔になると、俺に飛びついてきた。
「うお、あぶね」
「お願いだよ~、ね? いいでしょ? 一緒に食べられるもの作ってほしいなあ~」
「分かった、分かった。作るよ」
するとうめずは「やったあ~!」と歓声を上げ、尻尾をぶんぶん振り回す。
「約束だからね!」
「ああ」
「絶対だよ? 忘れちゃヤだよ!」
「大丈夫だ」
うめずは俺の肩に全力で頭をぐりぐりこすりつけてくる。まったく、元気のいい奴だ。
……あれ、でも、なんで俺うめずと話してるんだ? うめずって喋れたんだっけ? ていうかめちゃくちゃ眠い。
考えなければいけないことは山ほどあったが、抗えない眠気の波に、俺は意識を手放した。
「んえ」
目を開けば、見慣れた天井が視界に入る。
と、同時にとてつもない重量と暑苦しさを感じる。見ればうめずが俺の上で寝ているではないか。しかもプープー鼻息を鳴らしながら。
なんか、妙な気分だ。不思議な夢を見た。
暑苦しいことこの上ないが、俺はその状態のまま枕元のスマホを手に取る。
外は薄明。学校に行く準備を始めるにはまだ早すぎる。
「えーっと、なんだっけ……犬と、一緒に、食べられる……」
まだおぼろげな頭のまま、検索画面を開く。ブルーライトがまぶしくて片目しか開けられない。
「あ~……これいいかも」
なんだかよく分からないまま、今日の晩飯が決まった。
うちにあるもので作れそうだし、いいだろう。
というわけで今日はポトフを作る。といってもうめずの分はコンソメを入れないが。
使う野菜はジャガイモ、ニンジン、キャベツだ。普段はベーコンとかを入れるが、今日は豚肉で作ろうと思う。脂身はあまり食べない方がいいらしいので、ヒレ肉にする。
まずは野菜を切っていく。うめずも食べやすい大きさにしないとな。肉も一口大に切っておこう。
炒めるときに使うのはオリーブオイル。量には気を付けないといけない。
まず肉を炒める。火が通ってきたら野菜を入れてさらに炒める。そこに水を加えて煮込んでいく。ある程度柔らかくなるまで煮込んだら、うめずが食べる分だけ別の皿によそって、残りにコンソメを入れる。
ポトフは小さいころから好きな料理の一つだ。正直言うと、からあげに匹敵するかもしれない。調子が悪い時でも結構食べられるんだ、これが。
「うめず、今日は一緒に食うぞ」
程よく冷めつつもほんのり温かいポトフ(コンソメなし)をうめずの前に置く。
当然、現実世界のうめずはしゃべらない。いや、しゃべったらいいなとも思うが、それはそれでちょっとびっくりする。
うめずはジッとポトフを見つめた後、お座りの態勢になった。尻尾がゆらゆら揺れているのを見るあたり、機嫌は良さそうだ。
「さて、俺も――いただきます」
「わうっ」
まずはジャガイモを一口。うん、いい感じに煮込めている。ほくっとしながらもトロトロで、コンソメの味も染みている。ニンジンもその甘みとともにジュワッとうま味が染み出す。キャベツは結構スープが絡んで、なんだか麺を食べているみたいだ。噛めばちゃんとキャベツらしい味がする。
豚ヒレ肉で作るポトフは初めてだけど、結構いけるな。ちゃんと味が出てるし、何よりさっぱりなので、夏場はこっちのほうがいいかもしれない。
そういえばうめずはどうだろう。
「……めっちゃうまそうに食うじゃん」
ハフハフいいながら、ジャガイモやニンジンを食べている。キャベツもお気に召したみたいだ。
さて、俺はカリカリに焼いたパンをスープに浸して食べる。ちょっとふやけたところがおいしい。ポトフは確かにご飯も合うが、パンも捨てがたい。やっぱり洋食なのでよく合うのだ。
なんかうめずと同じものを食べるっていうのいいな。一緒に食べられるご飯のレシピ本もあるみたいだし、たまには作ってみるのもいいかもしれない。
「おいしいか、うめず」
「わうっ」
言葉はたぶん通じていないだろうけど、満足そうなのはよくわかる。
俺もなんとなく、いつもより満足している。いや、満足というより、うれしいのか、楽しいのか。よく分からんが、まあ、気分がいいので良しとする。
明日の朝は、ご飯と一緒に食べることにしよう。
「ごちそうさまでした」
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