一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二話 生姜焼き

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 正直言って、俺には友達と呼べるような存在があまりいない。別に不便はしていないのだが、授業なんかでペアを組むときなんかはちょっと困る。一年の時には妙に絡んでくる奴が同じクラスにいて苦労しなかったが、二年になってクラスが離れた今、同じクラスにそれほど仲のいい奴がいないのでよく余る。たいていペアを組むのは英語の会話文の音読なんかで、一人でもできるようなことなので俺自身は構わないが、先生たちから「協調性のないやつ」認定されたら内申に関わる。その辺が厄介だ。一人でできることは一人でやりたいのだが。

 そんなことをぼんやりと考える、月曜日の昼下がり。昼休みはまだ始まったばかりで、他の教室に移動していた奴らがわらわらと帰ってきている最中だった。

「春都~昼飯ー!」

 そんな中にまぎれて、間抜けな声をかけてくる奴がいる。色素の薄い髪をふわふわさせて、のんきにニパッと笑っているこいつこそ、一年の頃からやたらと俺にまとわりついてくる例のやつだ。井上咲良。一年の頃、後ろの席だった。「さくらって読むのにさ、さくよしって呼ばれることが案外多いんだよねー。女の子みたいって思うのかな、さくらって」としょっちゅうぼやいていた。俺より少し背が高いのが腹立たしい。

「腹減った。混む前に食堂行こうぜ」

「何だ、弁当持ってきてないのか、今日」

 俺は自分で作った弁当をカバンから取り出す。作ったといっても、休みの日に作り置きしておいたものを詰めただけなのだが。

「よくまあ、毎日のように作ってくるよな」

「毎日ってわけじゃない」

「週に三回も作ってきたらもう、それは毎日っていうんだよ」

 階段を下りながら咲良はへらへらと笑った。どういう理屈だ。こいつの言うことは時々よく分からない。

「今度、俺の分も作ってきてよ」

「なんでだよ」

「春都が作ったごはん、うまそうだし」

「材料費取るぞ」

「そこを何とか」

 すでに混み始めた食堂で、先に俺は席をとっておく。食堂にいるのは二、三年ばかりだ。最近入学してきた一年生の姿はほとんどない。

そういえば俺も、一年の頃はあまり食堂に行かなかった気がする。初めて来たのも入学してしばらくしてからだったような。文化祭の日に、それこそ咲良に誘われて。

「ラッキー、早くできた」

 だしの甘い香りを漂わせるかつ丼とわかめの味噌汁のセットを持って咲良は俺の向かいに座った。

「またかつ丼か」

「最近はまってんの」

 開けた弁当箱の中身は、卵焼きとハンバーグ、プチトマトにちくわのいそべ揚げだ。

「いただきまーす」

 ハンバーグにはオーロラソースをかけている。ケチャップとマヨネーズが混ざったあの味が弁当らしくていい。ちくわのいそべ揚げは青のりの風味とかりっとした香ばしさ、ちくわのほんの少しの甘味がいい感じだ。卵焼きは当然、甘いのに限る。

「今日、数学あった?」

「二時間目」

「上川先生めっちゃ機嫌悪くなかった?」

 俺はその問いかけに、プチトマトを噛みながら頷いた。すると咲良は頬杖をついて心底疲れたような顔をした。

「俺らさあ、朝課外で当たったんだけど、もー空気悪くて」

「飯食ってる途中でひじをつくな」

 むう、と咲良は不服そうにしながらも姿勢を正してかつ丼を一口ほおばった。

「言い方がきついっていうか、不親切っていうか」

「なんか、理系クラスの小テストの結果がどうのって言ってたぞ」

「え? まじ?」

 うちの学校では二年生から文系と理系に分かれる。一組から三組が文系で四組から七組が理系だ。理系クラスで五組の咲良は俺の言葉を聞いて表情をこわばらせた。

「うわー……心当たりあり過ぎる」

「うける」

 甘い卵焼きは、マヨネーズともよく合う。まあ、今日はオーロラソースなのだが。

「ごちそうさん」

 さて、弁当を食い終わったら、甘味の時間だ。食堂には小さなアイスボックスがあって、一個十円のものから少しリッチな百円ちょっとのアイスまで、意外とよりどりみどりである。

「俺も食おう」

 アイスボックスの前で考え込んでいると、食器を返した咲良が隣に来た。

「どれにする?」

「……チョコかバニラ」

「王道」

 結局俺は五十円のバニラアイスを買った。他のアイスに押されて変形していたが味は変わらない。控えめな甘さとわざとらしいバニラの風味が口に広がる。

「あ、結局バニラにしたんだ」

「ん。お前は?」

「チョコバナナ~」

 薄黄色いアイスにチョコレートがコーティングされたそのアイスは、ちょっとお高い。

 食堂から出るとき、ふと日替わり定食の予定表を見る。今日の分にはなにやら修正テープが引かれていた。どうやら変更があったらしい。そこには手書きの文字で「生姜焼き」とかかれていた。

「生姜焼きか……」

 自分ちの冷蔵庫の中身を思い返す。豚肉は冷凍のがあるし、生姜もあった……気がする。いや、でもたれから作るのは疲れるな。六時間目体育だし……。

「なになに、どったの?」

「あーいや。今日の晩飯考えてた」

「え、もう? 気が早くね?」

「いや……」

 ふーん、と咲良は食べ終わったアイスの棒を噛みながら両手を頭の後ろに回して伸びをした。

 生姜焼きならキャベツも必要だろう。玉ねぎも一緒に炒めたらいいだろうか。付け合わせは……まあ、後で考えるか。

「……お前さあ」

 おもむろに咲良は俺を振り返ってつぶやいた。

「なんだ」

「ほんと、飯のことになると楽しそうだよな。普段は何考えてっか分かんねえのに」

「は」

 まあ、確かに俺は何を差し置いても飯が好きなわけだが、そんなに顔に出ているだろうか。思わず口元を隠すと、咲良は面白そうに笑った。

「ま、授業中に考えすぎて、上の空にならないようにしとけよ」

 偉そうに忠告し、にやつく咲良を俺は釈然としないまま視線だけで見上げた。

「……お前にだけは言われたくねえ」



 放課後にスーパーに立ち寄り、生姜焼きのたれと玉ねぎを買う。ついでにバターロールも二袋買っておく。小腹がすいたときにちょうどいいんだこれが。

「ただいま」

 今日も出迎えてくれたうめずを全力で撫でまわし、風呂に入る前に、冷凍された豚肉を外に出しておく。課題を終わらせている間にちょうど良くなるだろう。ほんとは朝のうちに冷蔵庫に入れておけばよかったのだが。

 完全に解凍はされていないが、まあ料理をする分に支障はない。付け合わせのキャベツは千切りに、一緒に炒める玉ねぎは適度に食感が残るぐらいの厚さに切る。

 休みの日ならたれも自分で作るのだが、平日はやっぱり楽をしたい。……まあ、休みになったらなったで、今日は休みだしと思って作らないことも多い。

 フライパンに油をひいて、豚肉を入れる。中途半端に解凍された豚肉はカランコロンと音を立て、ジュワッと湯気を立ち昇らせた。豚肉が焼けるときのにおいは独特だと思う。火が通ったところで玉ねぎを投入する。少し玉ねぎがしっとりしてきたら、買ってきたたれをどぼっと……。

 分量は、まあ、適量だ。たいていの料理は適量で良しである。

「ん、いい匂い」

 ああ、そういえばゴマがあったような気がする。最後にまぶそう。

 ホカホカのご飯とみそ汁を用意して、今日の晩飯は完成だ。

「いただきます」

 まずは肉だけでいただく。トロッと甘辛いたれがよく絡んでいて、豚の脂身ともよく合う。ちょっと焦げたところがまた香ばしい。

 次は玉ねぎ。シャキッと、というよりサクトロっとした食感で甘さ倍増だ。肉と一緒に食べるのがちょうどいい。ときどきプチッとゴマがあって、風味がいい。

 これは中学の時に気づいたことだが、生姜焼きをマヨネーズにつけて食べるとおいしい。甘辛さがマイルドになってこれまたご飯が進む。キャベツはドレッシングではなくたれに絡める。口の中がさっぱりして、また肉が食いたくなる。

 生姜焼き丼もありだ。明日の朝飯分は残してあるので、目玉焼きをのっけて食べよう。黄身のまったりとした味が違った風味を……。

 やっぱり今度は自分でたれから作ってみようかな。生姜は多めに、甘みは抑えて。



「ごちそうさまでした」
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