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第十二章 報い

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 それからも、形だけのお見舞いに病院を訪れ続けた。
 和樹さんが病院を抜け出した時、和樹さんはもちろんのこと私も含めて皆でこっぴどく怒られた。
 今思い出してみても、あれは、本当に和樹さんらしからぬ行動だ。今では笑い話でも、あの時、伊藤家は大変だったみたいだ。

 季節は、気付けば秋も本番となっていた。和樹さんの退院の日も近い。これまでに与えられた一人の時間が、私に決意させてくれた。

 和樹さんの病室へと向かう途中、白い廊下の真ん中でお姉さんとでくわして足が止まる。
 これまでずっと、二人きりで直接会うことのないように気を遣って来た。でも、この日は違う。お姉さんと鉢合わせる時間を見計らって、ここに来た。

「……お姉さん」

こうして声を掛けるのは、いつぶりだろう。もう、ずっとずっと昔のことのような気がする。目の前に立つお姉さんの目は大きく見開かれていた。
 まさか、私が話しかけるとは思っていなかったのだろう。その大きくて綺麗な目が激しく揺らめいていた。
 でも、顔色も頬の肉付きも、事故が起きた頃よりかなり良くなっていた。そんなお姉さんの顔を確かめるように見つめ、私は口を開いた。

「あの……っ」

やっぱり、こうしてお姉さんを前にすれば、恐ろしいほどの緊張と恐怖が身体中を突き抜ける。握り合わせた手のひらは汗にまみれ、背中がじっとりと濡れ始める。
 でも、もう逃げてはいけない。

「私は、お姉さんに、嘘をつきました」

心臓の早い鼓動が、胸を締め付ける。

「和樹さんにもお姉さんにも嘘をつきながら、お姉さんと接していました」

握り合わせた手に力を込めた。

「本当は、和樹さんに対して恋愛感情があるのに、それを和樹さんにもお姉さんにも隠し続けて騙していた。それは、和樹さんとは関係ない、私の私自身の罪です」

声が震えているのをかき消すように、はっきりと言った。

「それは、どんな擁護もできないことです」

お姉さんが和樹さんを裏切ったこととは関係ない、和樹さんの感情とも関係ない、完全なる私の罪。
 和樹さんは、私の気持ちにはまったく気づかなかったと言ったけれど、お姉さんは嘘だらけの私から何かを感じ取っていたかもしれない。
 でも、その感情さえ懸命に押し殺して、懸命に私と仲良くなろうとした。不安を払拭しようと必死だったのかもしれない。私は、お姉さんを苦しめた人間だ。もっと早くに、謝らなければならなかった。

「でも、この感情は一生隠し続けていく決意もしていました。だから、和樹さんの名誉のためにもこれだけははっきり言わせてください」

真っ直ぐにお姉さんの目を見る。

「偽装の結婚生活の中で、和樹さんと私の間には本当に何にもありませんでした。和樹さんはお姉さんを裏切るようなことはしていません」

それだけは伝えたかった。

「嘘をついて偽装結婚を申し出たのは私です。どこまでも卑怯でした」

自分のしたことから、逃げずに全てを曝け出す。卑怯でずるい人間であること、何もかも丸ごと飲みこんで生きていく。

 誰かに罪を犯しながらそれを誤魔化していたままでは、この先大切なものを守ることなんてできない。

「本当にごめんなさい」

深々と頭を下げる。

「私はお姉さんを苦しめた。どんな責めも受け入れます」

何かを後ろめたく思いながら生きてくのはもう嫌だ。誰かに恨まれ憎まれていては、本当に幸せになることなどできない。人を苦しめた代償は、払わなければならなかったのだ。

「――だから。この子だけは守らせてください。他に何も望んだりしません」

私には、この子がいる。心から愛した人との子だ。

この子のために――。

私は、正々堂々生きていきたい。


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