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第七章 見えない心

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「――理由を聞いてもいい?」

かろうじてそう声を発する。

「もう、私と和樹さんが結婚している理由がないからです」

柚季の真意が知りたくて、その目を真っ直ぐに見た。

「そうかな。急に切り替えるのは難しいかもしれないけど、これから少しずつ、二人で新しい関係を作って行けないか? 僕は、柚季と向き合っていきたいと思ってる」

きっかけが何であれ、僕たちは身体を重ねた。彼女を手に入れてはいけないと戒めてきた頃とは違う。無かったことにはできない。

「私と和樹さんが一緒にいたのでは、お姉さんが苦しみます。もう一度、きちんとお姉さんと話し合った方がいいです」
「もしかして、姉が君に何か言った?」

姉が柚季にコンタクトをとったのか。

「お姉さん、とても苦しんでいました。してしまったことを後悔してる」
「だとしても、僕はもう姉のそばにいるつもりはない」
「お姉さんはまだ、和樹さんのことが好きなんですよ? 私と和樹さんは、これ以上一緒にいない方がいい」
「……柚季の気持ちは?」

姉の気持ちではなく柚季の気持ちが知りたい。

「お姉さんと和樹さんが一緒にいた方がいいに決まってます」
「少しも……。少しも、柚季は僕といたいとは思わない? このまま、終わってしまっても構わない?」

もう、祈るようにそう聞いていた。

「僕に抱かれて、柚季の心は少しも動かなかった?」

男が恋愛対象にはならないと言った柚季が、僕には抱かれたのだ。どうしたって、それを期待してしまう。

「最初から一度きりだと思って抱かれました。私は、和樹さんに恋愛感情はありません。それに、和樹さんとお姉さんの関係を知ってる。お姉さんと親族でいながら、和樹さんと本当の夫婦になるなんてことできません」

恋愛感情はない……はっきりと言葉にされて、僕は二度目の絶望を味わった。

「今までのようには一緒に暮らせません。和樹さんは、もう一度お姉さんと向き合って。私も、これからは自分の幸せをちゃんと考えようと思ってます」
「……君の幸せ?」
「はい。私は報われない長い片思いが終わった。これからは新しい幸せを見つけたい。こんな私でも、見ていてくれる人がいるので」

手にいれることはできないと、出会った時から諦めていたのに。柚季に男の影がちらつくたびに心かき乱されて来た。

「それって、あの、若林さんの従弟の……?」

新しい幸せって、その男との未来を見るのか?

お門違いの怒りで気が狂いそうになる。

「これから、ゆっくり関係を深めていけたらって思っています。男の人はダメだって思っていたけど、彼となら自然体でいられる。私のことは気にしないでください。あの夜のことは、なかったことにしましょう」

心が引き裂かれそうになりながら、柚季の幸せも考えろと自分を留める。どれだけ僕が辛かろうと、柚季が幸せになれると言うなら邪魔すべきじゃない。

「……この先彼といたい。だから、なかったことにしたいんだな」

愛しているからこそ、柚季の想いを一番に考えるべきだ。

「はい。そうすることが、一番いいって思っています」

今にも引き留めそうになる手をぐっと留め、ゆっくりと柚季の頭に載せる。必死に優しい男のふりをして。

「……分かった。柚季が幸せになるなら離婚しよう。僕が最初に言ったんだもんな。柚季が幸せになるためなら、いつでもこの結婚は解消するって」

懸命に自分に言い聞かせる。でもこれが限界だった。立ち上がり柚季に背を向けた。

「あ、あのっ、和樹さん!」

立ち去ろうとした僕に、柚季が咄嗟に声をかける。

「和樹さんも。今度こそ、お姉さんとちゃんと幸せになれる方法を見つけてください。私も、和樹さんには幸せになってほしい」

足が立ち止まっても、柚季の方には振り向けない。

「――僕は」

僕の幸せは君といることだ――その言葉を飲み込み、その代わり別の言葉を吐いた。

「離婚の時期は、柚季の都合で決めていいよ」
「でも、私より、和樹さんの方が立場とか都合とか、色々あるんじゃないですか?」

この顔に笑顔を貼り付け、柚季に振り向く。

「そんなことは些細なことだ。気にしなくていい。でも、君にとっては早い方がいいかな。近々、手続きをしよう。それから、離婚理由は、僕が原因だということにしてくれ。なるべく、君に傷がつかないようにしたい」
「でも――っ」
「いいんだよ。“仕事ばかりで結婚生活が成り立っていなかった。妻との生活を顧みない結婚に向かない勝手な男だった“ということで話を合わせておいて」

上手く笑顔が作れなくてぎこちなくなる。

「君の仕事だけど。そのまま同じところで働いてくれてもいいし、もし、同じ職場ではやりづらいようだったら言ってくれ。他の働き口を斡旋してあげることくらいはできる。考えておいて」
「……はい」
「じゃあ、僕は風呂に入って、そのまま休むよ」
「はい――」

これでいい。いいんだ――。

柚季を抱いたこの手がいくら彼女を欲しても。柚季がそれを望まないのなら未来はない。



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