41 / 84
第七章 見えない心
3
しおりを挟む◇
「間もなく、東京国際空港に到着致します。シートベルト着用サインが――」
キャビンアテンダントのアナウンスと共に、少しずつ機体が降下し始め、東京へと戻っていく。
柚季が僕に恋愛感情を持っていないことは分かっている。
けれど、柚季の若林さんへの想いは砕かれた。柚季が僕に抱かれたということは、僕が勝手に嫉妬していた若林さんの従弟だという男に特別な感情はないということだろう。
もう、柚季への想いをないものにはできない。これから先は、どれだけ困難でも本当の自分で柚季と向き合って行きたい。
柚季は、僕が何年もの間、姉と愛し合っていたと思っている。以前、人前式にまで柚季は参加して、僕らの誓いを見ている。すぐに切り替えられるものでも割り切れるものでもないだろう。
僕は柚季を騙していたのだ。一度身体を重ねたからと言って、簡単に許されることじゃない。
それでも、これから柚季と新しい関係をゆっくり育んでいきたい。
その中で本当のことを話したい。柚季がどう答えてくれるか不安しかないが、時間がかかっても柚季と生きて行きたいと真っ直ぐに伝えるつもりだ。
そのためにしなくてはならないことがある。姉ときちんと話をすることだ。姉は僕の柚季への想いを勘付いていたのだろうか。姉に愚かなことをさせたのは、僕のせいでもある。
ふっと息を大きく吐き、飛行機を降りた。
空港に降り立ち、スマホを手に取る。どれだけ呼び出し音を聞いても、すぐに留守番電話に繋がった。諦めて、メッセージを残す。
「姉さん、僕だ。今、帰国した。どうしても、伝えておきたいことがあって電話したんだ」
もう決めたことだ。
「これまでのように姉さんのそばにはいられなくても、僕らが姉弟であることは変わらない。姉さんには幸せになってほしいと思ってる」
姉に対する感謝と情は消えるものでもない。それだけ、この12年姉と向き合って来た。何に変えても守らなければならないと思っていた。
「また、改めて話そう」
まだ、柚季のことは話すべきじゃない。姉は柚季と仲良くしていた。ここで本当のことを言ってしまったら、姉が柚季を困らせるようなことをしてしまうかもしれない。いずれ話をするにしても、タイミングには慎重になるべきだ。
簡単に済む話ではないことは分かっている。今後のためにも、きちんと終わらせたい。スマホをスーツの内ポケットにしまい、前を向いた。
自宅マンションの部屋の鍵を開ける時、これまでにないほど緊張した。玄関ドアを開け部屋に入ると、廊下に柚季が現れた。
「出張、お疲れ様でした」
「ああ、ただいま」
ただ一週間会わなかっただけなのに、ひどく時間が経ったような感覚に襲われる。柚季と一週間顔を合わさないことくらいこれまでもあったのに、どうしてだろう。柚季が遠くなった気がする。
「……あの、お風呂、先に入りますか? それとも――」
「いや、最初に話をしておきたい。柚季はもう夕飯は済ませた?」
今の時刻は20時過ぎ。済ませていても不思議ではない。
「は、はい。私はもう」
「そうか。だったら、話をしよう」
出張から戻ったら話をしようと伝えておいた。柚季もその心づもりでいるだろう。早い時間でもない。ここで、余計な前置きはいらない。
「……分かりました」
そう言って、柚季は僕に背を向けた。遠く感じるのは、その視線を僕に合わせようとしないからか。
スーツケースを置き、リビングのソファに腰を下ろす。柚季は少し離れたところに立ったままだった。
「こっち、座って?」
「は、はい」
よそよそしい態度の一つ一つに、胸が軋む。抱き合ったことで、むしろ距離ができてしまったのかと思うと、たまらなく寂しい。少し距離を空けて、柚季が隣に腰かけた。
「柚季――」
「和樹さん……っ」
何かを思い詰めたように、声をあげて僕を見る。
「ん?」
「私、和樹さんにお願いがあるんです。いいですか?」
柚季が、膝の上で握りしめていた手を、手の甲が白くなる程にさらに強く握りしめていた。
「柚季の頼みだ。なんでも聞いてやりたい。言ってごらん?」
見てすぐに分かるほど緊張している柚季を楽にしてやりたくて、優しく声をかけた。そうしたら、一度顔を俯かせたあと、何かを吹っ切るように勢いよく上げた。
「私と……離婚して欲しいんです」
「え……?」
僕へと真っ直ぐに向けられた目を凝視する。
「離婚、してください」
僕が考えていたことを何一つ話させず、柚季が告げて来た言葉はそれだった。
12
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる