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第六章 決壊

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 触れた唇から和樹さんの熱が伝わる。初めてのキスは、身体中が心臓になったかと思うほどに激しく胸が鼓動した。
 何年も想い続けて来た人と、今キスをしている。この状況がまだどこか信じられないのに、怖いくらいに嬉しかった。

「柚季……」
「――ん」

触れただけの唇が一度離れ、でもそれは、触れるか触れないかの距離で。掠れた声で名前を囁かれたと同時に、全てを飲み込んでしまうかのように深く塞がれた。

「……んっ」

口内に入り込んだ熱い舌が私の拙い舌を捕らえる。
 どうすればいいのか分からない。私の腰を抱いていた手のひらが強く抱き寄せ、和樹さんの膝の上に股がされた。それに驚いて声を上げようとしても激しいキスのせいで声にもならない。腰は強く掴まれ、私の顔は和樹さんの手のひらで固定されて。戸惑う私の舌に激しく絡みつく。
 初めて知る感覚に、身体から力が抜けてしまう。初めてなのに身体が勝手に求めて、気づけば和樹さんの肩を強く掴んでいた。熱くて激しいのにどこか優しい。身体中が熱くなって、自分が自分ではなくなっていく。

「柚季……。今日は、何もかも忘れて」

長く激しいキスがようやく終わって、和樹さんの掠れた声が耳元で聞こえた。

「柚季が何も考えられなくなるようにするから」

その声と同時に抱き上げられ、リビングのソファに横たえられた。

「目の前にいる僕のことだけ、見ていればいい」

和樹さんの前髪がサラリと落ちてきて、綺麗な二重の目が間近に迫る。すぐに唇が降ってきて、性急な手のひらが、熱に浮かされたみたいに激しく私の身体を這う。

「柚季――」

全てのことが初めてで、この先どう進んでいくのか漫画や映画でしか知らない。具体的ではない曖昧な情報と現実とでは全然違う。あの、穏やかで優しい目で見てくれていた和樹さんじゃない。目の前にいるのは、私がこれまで見たことのない和樹さんだ。欲望を露わにした、“男“の和樹さん。妹のようにしか見ていなかったはずの私を、どんな理由であれ求めてくれているのが嬉しい。

こんな日が来るなんて、思わなかった――。

大きな手のひらが私の胸元に入り込んでくる。唇を耳から首筋へと滑らせているのに、長い指は器用にブラウスのボタンを外していく。

何度も何度も、そんな風に、お姉さんに――。

そんなことを考えてしまいそうになって頭をぶるぶると振る。

「――柚季、他のこと考えてる?」

私の顔を強引に和樹さんの方へと向けさせられた。

「随分余裕だね。こっちは、年甲斐もなく余裕ないってのに」

いつもより低い声に、身体の芯までゾクリとする。

「初めての柚季に加減できない。ごめんな」

そう言うと身体を起こし、スーツのベストと白いシャツを脱ぎ去った。初めて見る和樹さんの身体に視線を奪われる。男の人の身体は私のものとは全然違った。優しげな雰囲気からは想像できない引き締まった筋肉が綺麗だ。

 その後は、もう、何も考えさせてもらえないくらいに熱の中に引き摺り込まれた。

 引き剥がすように着ていたものを脱がされ、露にされた胸を長い指が触れる。膨らみを揉みしだかれて。和樹さんが胸の中心を唇に含んだ。

「……や、っあ」
「そんな、可愛い声、出すんだな」

聞いたこともない自分の声が恥ずかしくてすぐにでも飲み込もうとしても、与えられる快感にどうしても漏れ出てしまう。

「柚季の声、たまらない。もっと、啼かせたくなる」

激しい愛撫が更に激しくなる。熱く濡れた舌が淫靡に動いて、胸の頂を吸っては舐めて。そこから疼くような刺激が身体を貫いていく。

「もっと、聞きたい」
「だめ、待って――」
「待たないよ」

胸にあったはずの和樹さんの顔が、下へ下へと落ちていく。素肌を滑っていく柔らかな前髪がゾクリと背をのけぞらせた。

「ひゃぁ……っ、そんなところ、だめです!」

和樹さんの端正な顔が、私の脚の間にある。その光景が信じられない。

「ダメじゃない。柚季に痛みなんて感じさせたくない。快感だけに溺れさせたいんだ」

自分の脚の間にある頭に手を添えても全然力なんて入らなくて、引き剥がそうにも離せない。さっきまで胸を愛撫していた舌が、誰にも見せたことのない場所に触れて。強烈な快感が身体をゆるゆると溶かしていく。秘所の尖を最初はゆっくりと、次第に激しくむしゃぶりつくように嬲る。

「どこもかしこも可愛いくて、どうにかなりそうだ」
「あ……っ」

次々に襲ってくる快感を逃そうと身体を捩っても迫って来る。髪を振り乱して、声を漏らして。恥じらいなんてどうでも良くなっていく。

「も……っ、だめ」
「何が、ダメなの?」

和樹さんの低く響く甘い声に、思考を手放してしまいたくなる。

「おかしくなりそうで……怖い」
「いいんだよ。気持ちいいなら、それでいいんだ」
「か、ずきさん……っ」

初めての何も知らない身体を和樹さんが激しく塗り替える。快感だけが身体を埋め尽くした。私の身体の全てにキスをして、何度も「柚季」と呼ぶ。昂りに昂った身体は自然と和樹さんを求めた。その時見上げた彼の顔は、何かを懸命に耐えるような、切なげな目をしていて。そんな和樹さんの顔を見ているだけでさらに欲情した。

「――ごめん。もう僕が限界だ。柚季、力を抜いて」

和樹さんの熱く硬くなったものが私の中へと入っていく。

「……んっ、はぁ」

嫌と言うほど解されて、痛みだけではなく甘い快感が伴う。これまで誰も受け入れたことのないそこは、恥ずかしいくらいに喜んでいるみたいだ。

「あぁ――」

眉間に皺を寄せ、苦しげに目を閉じている。和樹さんの艶かしい表情と喘ぎ声に、また身体の中心が疼く。

「柚季……」

愛おしげに呼ぶ声に、勘違いしてしまいそうになる。

「もう、どうにかなりそうだ」

荒くなる吐息と、私の腰に打ち付けられる和樹さんの身体。触れ合う素肌に、言いようもない感情が押し寄せる。このままでいたい。男と女でいられるこの時間のまま、切り取って保存しておきたい。

このまま朝なんて来ないで、ずっとずっと繋がっていられたらいいのに――。

「柚季、もっと、溺れて。僕に溺れてしまえばいい。この先、忘れないように」

何度も何度も繫りながら、和樹さんがうわごとのように囁く。

 私の身体をきつく抱きしめながら数え切れないほどのキスをした。まるで愛しい人にするみたいに。

「柚季、可愛くてたまらない」
「もう、無理ーー」
「ダメだ。まだ全然足りない」

耳たぶを唇で舐め尽くされ、潤みに潤み切った場所を和樹さんの長くて綺麗な指がかき混ぜる。全身をびくつかせてまた溢れさせる。私の身体はどこまで貪欲になってしまったのだろうか。

「柚季、ずっと、君に触れたかったーー」

掠れて吐息のような声は、はっきりと聞き取れない。幻聴だったのかもしれない。

「そこ、だめ……っ」

最初は圧迫感が優っていたのに、全身を持っていかれそうになるほどの快感が貫くポイントがある。

「ここだね。柚季が僕をきゅうきゅうと締め付ける。いくらだって突いてあげる」
「あ……んっ」

いつも優しい和樹さんの本能をむき出しにした姿に、身体中が喜びで叫び出したくなる。見ているだけで幸せだなんて、そんなもの完全なるまやかしだった。求めて求められて、羞恥も理性も何もかもを手放してぐちゃぐちゃになる程交わりたい。それが本当の自分だったのだ。

「可愛すぎて、柚季が愛おしすぎて、めちゃくちゃにしたくなる」

後ろから抱き潰されるように身体を固定されて、何度も何度も突かれた。その度に私は嬌声を上げる。

 無我夢中で抱き合って、大好きな人の身体にたくさん触れて。きっと私は、一生分の幸せをこの日に手に入れられたんだと思う。たとえそこに、愛はなくても。

たとえ、夜が明けたら魔法が解けたみたいに現実に引き戻されることになっても――。
 
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