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第二部
あなたのために出来ること 12
しおりを挟む「今日は、お疲れ様でした。本当にありがとうございます」
お客様皆さんをお見送りした後、誰もいなくなったリビングで創介さんに改めてお礼をする。
「なんとか成功したか? お父さんも出て来てくれたことだし。これで、おまえが榊家の人間として認められていると印象付けることが出来ただろう」
「本当に感謝してます。創介さん、ありがとう」
「おまえも頑張ったからだ。これからもよろしく頼むよ。奥さん」
冗談ぽく創介さんが言うから、私は笑って「はい」と答えた。
「創介さん、私、改めてお父様にお礼してきます」
「ああ。じゃあ、俺はここで片づけを始めておくよ」
二階の書斎へと向かう。
ドアを二度ほどノックし「雪野です」と告げると、「どうぞ」と返事が返って来た。無意識のうちに深呼吸をして、部屋へと足を踏み入れる。
「先ほど、皆様お帰りになられました」
「そうか」
お父様が、視線をデスクの上のノートパソコンから私の方へと向ける。
「今日は、私のためにこの場とお時間をお貸しくださってありがとうございまいた。おかげで、皆様とゆっくりお話することが出来ました」
頭を下げる。こうして二人きりでいると、それだけで何とも言えない緊張に襲われる。でも、しっかりと感謝の気持ちをを伝えたかった。
「雪野さん――」
私を呼ぶ声に頭を上げる。その時には、お父様は席を立ち窓辺に佇んでいた。既に暗くなっていた窓の向こうを見ている。
「はい」
「都のことは許してやってほしい……」
「……え?」
お母様のこと――?
突然のお父様の言葉に戸惑う。
「あれは、君の義母だ。本当なら一番に指導してやるのが筋だが、君には何もしてやっていない。ただでさえ慣れないところを、君一人で闘わせているようなものだからな」
「い、いえ。それにはそれの事情が――」
お父様が、私に何か用件以外のことで言葉を掛けて来たのは初めてのことで、戸惑いと共に驚きで一杯になる。
「そうだな。普通の嫁姑とは違う。でも、それだけじゃない」
そのぴんとした身体をゆっくりと私の方に向けた。
「君も聞いているかもしれないが、雪野さんにはどことなく創介の本当の母親の面影がある。それはつまり、都にとっての君は、私の前妻に似ている存在だということになる」
そ、それは……。
それはつまり、私が、亡くなられたお母様を思い出させる存在だということ――。
「だから、君を見ると複雑な気持ちになるんだろう。創介が君を選んだことが、まるで自分を責めているようにも感じているかもしれない」
創介さんがいつまでも今のお母様を許していないと、そう感じ取っているということだろうか。
「創介の本当の母親が亡くなって、すぐに再婚したのは事実だ。創介と都の間には憎しみと罪悪感の歴史がある。それは君も知っているだろう? 結局それはすべて私の罪だ」
どうして気付かずにいたんだろう。考えればすぐにわかることなのに、思いが及ばずにいたなんて。
確かに以前、創介さんと付き合い始めた頃、創介さんが言っていた。
――目元が、どことなく母親に似ている。
私のこの存在自体が、お母様の心を抉っているのか――。
「だから、都との距離が縮まらないことを気に病む必要はない。君に責任があることではないからな。ただ、仕方がないものと思っておいてくれ」
お父様の言葉に、簡単に頷けない自分がいた。
それじゃあ、このままでいるの――?
私がお母様に会わないようにすれば、お母様の心は本当に晴れるのか。
何年も、何十年も、罪の意識と苦しさに囚われたままでいる。その苦しさの重みを感じると同時に、また違う思いも込み上げる。
創介さんの気持ちは?
創介さんの、亡くなった本当のお母様の気持ちは――?
愛しい子供を残して死ななければならなかった。
そのうえ、夫は違う誰かを愛していた――。
自分の身に置き換え少し想像しただけで、胸が引き裂かれる思いがする。
答えが出ない。でも、出なくて当然なのだ。私は、ただ想像することしか出来ない部外者で。そんな私が、当事者である創介さんやお母様、そして亡くなられたお母様の意思を踏みにじることはできない。
でも――。
「――分かりました。でも、いつか。いつか変わる日が来ることを、勝手に待っていてもいいですか?」
そうお父様に言っていた。
「……そうだな。いつか、死ぬまでに、絡まったものがお互いに納得できる形で解ける日が来ればそれは幸運なことだ」
その視線は、再び闇に戻される。お父様の声に潜む寂しさは、それは願いであって、決して叶うことはないと言っているようだった。
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