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第二部
《幕間》秘書 神原由希乃の苦悩 1
しおりを挟む「本日の榊常務のご予定ですが、午前中、先週土曜日に行われました結婚披露宴にご出席された方々へのご挨拶回りをされます。午後出社された後、社内役員に挨拶に回られますので、スケジュールの確認をよろしくお願いします。奥様も御同行されますので、その点も重ねて配慮していただきますようお願いします」
月曜日の朝、秘書室内で各役員の秘書による申し送り事項を済ませると、すぐに榊常務の部屋に向かった。
この日の榊常務の出社は午後からだから、少し業務に余裕がある。そんなことを考えながら、役員の部屋が連なるフロアを足早に歩いていた。
「神原さん!」
背後から私の名前を呼ばれて振り向く。その声の主は、ここ、丸菱グループ関連会社”丸菱テクノロジー”の専務秘書の多賀さんだった。
「はい、何か」
「榊常務、やっぱりさすがよね。うちの取締役の中では一番下っ端だけど、披露宴の出席者を聞いただけで全然格が違う。大物国会議員とか? 経団連の会長とか? うちにいたら絶対関わらなそうな人たちよね」
朝からそんな話題。それに、その言い方――。
同じ秘書としてどうかと思う。でも、一方で、仕方がないとも思う。
この”丸菱テクノロジー”は、丸菱の関連会社と言っても、かなり小規模の企業と言える。はっきり言って、関連会社の中でも末端に近い。そんな会社に、本社の、それも創業家一族で社長のご子息がやって来たら、ざわめかずにもいられないだろう。
心の中でそっと溜息を吐き、言葉を返した。
「榊常務は、そういうお立場の方なので。では、午後、林専務にもご挨拶される予定ですので、その時はまたよろしくお願いします」
多賀さんの話題を膨らますことなく、淡々と答えて立ち去ろうとした。なのに彼女は解放してくれない。
「そうそう。その挨拶回り。今日、榊常務の奥様もいらっしゃるんでしょう? どんな人?」
榊常務の奥様――。
その響きにお門違いの胸の痛みを感じて戸惑う。それを誤魔化すように、目の前の秘書を心の中でたしなめた。
この人、これから仕事じゃないのか――。
今度こそ本当に溜息が出てしまいそうになる。
「私もまだ、直接お会いしたことはないので――。では、失礼します」
今度こそ切り上げ、会釈をする。そして、常務室へと身体を向けた。
私が丸菱グループ本社の秘書室から丸菱テクノロジーに異動を命じられたのは、この四月のこと。ちょうど、榊常務が丸菱テクノロジーの常務に就任するのに合わせてのことだった。
最初は、どうして私が関連会社に、それもこんな小さな企業に出向させられなければならないのか分からなかった。
『榊創介氏が関連会社に出向することに伴って、常務に就任する。彼の秘書が勤まる人材は、出向先にはいない。あの方が特別な人だということは神原さんも知っているね? 立場が立場なだけに誰でもいいというわけにはいかない。その点、君ならなんの申し分もない』
私の上司、本社秘書課の倉内課長から直々に言われては、ただの秘書の私が「イヤだ」なんて言えるわけもない。
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