鏡と林檎姫

U__ari

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毒林檎

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 コン、コンーー。

 太陽が空を支配する頃、扉を叩く音を聞いた姫さまは顔をパッと明るくして喜んだ。






 一晩経ってやっと戻ってきた狩人は、どことなく要領を得ないお喋りを繰り広げ実に姫さまをイライラとさせたが、あのうつくしい見た目の林檎はもう一つたりともありませんと言うと姫さまの機嫌も砂糖菓子のように甘くなった。


 たんまり褒美を持たせ、狩人を帰してしまうとその足で姫さまは鏡の前へとやって来た。





 そしていつも通りに、鏡へ尋ねた。




「鏡よ、鏡。一番うつくしいのはーー」





 そう尋ねられると、姫さまのにこやかな表情とは反対に鏡は少し困った音を出した。





「姫さま、お答えします。一番うつくしいのは、それはしらゆきのつくる林檎にございます。それが、いちばんうつくしい。」言い終えるとその鏡面に果樹園の姿を映した。




 驚いた姫さまが覗き込んだそこには、あのあかあかと美しい色を持つ林檎はひとつたりともなかった。



 しかしそこには、カラフルな美しい果実たちが憎たらしくしかし愛らしく実っていたのだった。






「これはどういうこと!」林檎のように真っ赤な色をその顔に浮かべて姫さまは鏡に手をバシンと叩きつけた。赤い目がギョロリと動き出し、色とりどりに塗られたそれらをひとつひとつ確実に睨みつけていく。




「他人に任せたからだわ」と唐突に姫さまがこぼした。「自分自身で努力しなければ、そうよいつもそうしてきたのに……」





 姫さまはドレスをその場に脱ぎ捨て、動きやすい軽い服をその身に纏った。その細い腰にギュッときつくベルトを締め、部屋を静かに出て行った。




 城の薬品庫へ向かい、戸棚に並ぶガラス瓶に閉じ込められた液体をまじまじと眺めその中身を確かめていく。


 次に引き出しを開けて紫や黒といったひどく醜い粉ばかりを選んでいった。




 キッチンにやってくると数多の果物の中からひとつ、真っ赤なものをとりあげて大きな鍋の中にゆっくりと溺れさせた。



 その鍋の中へ、選び抜かれた液体と粉とが混ざり合っていく。


 姫さまがなにか言葉を呟くと、鍋の表面は灰色のどんよりとした雲に覆われてその中身を隠してしまった。






「出来たわね」そう言って、姫さまはその唇の端を持ち上げた。




 鍋の中へ腕を伸ばし、なにかを掴んでゆっくりと持ち上げる。そしてそれをカゴへ詰めて、城から姿を消したのだったーー。








 足取りは軽かった。


 なにもかもがこれで解消されるのだ。




 また、一番うつくしくなれるーー。そう思うだけで心が弾んだ。







 そうして彼女は目的の地へと足を踏み入れた。そう、しらゆきの果樹園へとーー。

 



 まず一歩、そしてまた一歩。歩くたびに心を溶かすような甘い香りが身体を纏う。姫さまは、まるで芳醇なドレスを着せられているかのような気持ちになった。



 次はくるり、くるり。周りを見渡す。右も左も上も下も、柔らかな緑に包まれて姫さまの心を穏やかに撫でてくれた。




 そして最後に、何よりもうつくしいものから姫さまの目は離せなくなった。



 まるで空に浮かぶ星のように、キラキラと色とりどりの輝きが姫さまの顔に降り注いでいたーー。






「何よりも、うつくしい……」






 あまりの美しさに心を奪われ、姫さまは小さく呟くだけで精一杯だった。



 その美しさが、見た目だけでないことに姫さまはもう気付いていた。






 赤くても、赤くなくてもそれは美しい。






 それに比べてーー。


 姫さまが目を落とした先には、城からつくって持ってきた表面だけがつやつやと偽りの輝きを放つ赤いだけのなにかがあった。



 姫さまは鏡とのお喋りを思い出していた。なぜ、美しくあろうとするのか。それは偉くあるため、そして褒め称えられるため。

 

 そう。そのために見た目ばかりを美しく育て、自分より美しいものは排除しようとしたのだ。






 姫さまは、もう一度よく赤い果実を見つめました。


 そしてーー。


「私には、これがお似合いね……」そう言って笑うと、ゆっくりその赤い肌にキスをしてからそれを味わいました。


 甘い香りが口の中いっぱいに広がったと思うと、その全てが姿を変え今度は苦々しい虫の這うような感覚が押し寄せてきました。






 姫さまはあまりの苦しみに耐えられなくなりその場にぱたりと倒れ込み、そのまま息もたえてしまいました。







 そこへ七人の小人達がやって来ました。彼らはしらゆきの果樹園で働いた帰りでした。





 一番前を歩いていた小人が、倒れた姫さまを見て叫びました。

「だれか、果樹園に侵入した者があるぞ」



 その後ろを歩いていた小人は驚きました。

「なんだって!」



 さてその後ろの小人は前の二人よりも大きかったので「だれか、倒れている者があるぞ」とそのようすを見て叫びました。



 さらに後ろを歩く小人は「それはいけない。ベッドへ運ぼう!」と提案しました。



 その後ろの小人はしらゆきへ報告に、そしてさらにその後ろの小人は他に人が侵入していないか見回りにいきました。


 一番後ろを歩いていた小人は、七人の中の誰よりも大きかったので姫さまをベッドに連れて行く係になりました。





 そうして姫さまはしらゆきの小屋へと運ばれて行ったのです。






 ふわりと白く柔らかい中に寝かされた姫さまは、まるで飾り付けられたお人形のように美しく愛らしいのでした。




 しかし残念なことにすっかり冷えきってしまって、息をしていませんでしたーー。






 

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