僕ら詩うように

U__ari

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episode02

ここから

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 ここから。









 ここから出してーー。













 上と下の睫毛が重なる。

 

 パタパタと、何度も。


 そしてその度に、頬に冷たさが流れる。









 冷たさは僕の頬をゆっくりと伝って、顎に溜まりをつくる。






 それが溶けてゆく頃、冷たさは暖かさへ変わって今度は僕の首を、赤い色を携えながらタラタラと流れだす。






 冷たいから、暖かいへ。真逆に思えるものが混ざり合い繋がり合う。

 



 この世界は、そうやって出来ているんだろう。





 黒と白。善と悪。





 悪者が誰にとっても悪いとは限らない。誰かの為につく嘘や、誰かを守るためにふるった力。それらは誰かにとっては悪でも、人によってはヒーローになってしまうんだ。

 



 ハッキリとしない見にくい世界。反対が、反対じゃない。







 僕は、もう疲れてしまった。







 こんなあやふやな世界。


 ーー出して。







 ねぇ。





 ここから。





 出してよーー!!!









 目の前がフッと真っ暗になる。

「何も、見えない?」







 ーー明かりは!?

 首をどれだけ振ってもどこもかしこも真っ暗で何も見えない。





 そんなはずない。目が慣れてくれば近くのものは認識出来るようになってくるはずだ!



「落ち着け、少しだけだ。ちょっとの間待ってれば見えるようになる」




 闇雲に動いちゃいけない。僕はゆっくりと手を足にあて、そこからすべらすように地面を確認する。





 大丈夫。何も、ない。





 ゆっくりと体を折りたたむように小さく三角座りになる。






 ここだけは、安全地帯になったようなそんな少しの安心感に包まれる。


 




 耳を澄ましながら目が慣れるその時を待っていると、不安が頭を鳴らし始める。






 ーー何分経った?

 いや、数秒かもしれない。





 ーーまだか?

 焦るな!






 ーーもう何時間も経ったんじゃないか!?

 
 そんなに経ってるわけないだろ!!






 ガンガンと頭の中で問答が繰り広げられ止めようもなく染まっていく。


 




「はぁ、はぁ」


 溢れる息と声。次第に歯も震え始める。


 カチカチカチ。



 こんなところで音を立てちゃ駄目だ! 何か来たりしたらどうする? 目は、いつになったら見えるようになるんだよ!






 目に熱いものが込み上げてきて、たまらなくなる。








 目を閉じたら終わりだ!





 何が襲ってくるともわからないのに!




 目に増し続ける暖かさを必死でこらえて周囲を睨みつける。






 ーー闇。闇、闇。






 どこを見ても黒が広がるだけで、自分自身の姿さえも見当たらない。


 目はいつまで経ってもまともに働いくれそうにない。









 もしかして、ここはあの世なんじゃないか?


 ーーふと頭に、よぎったそれは正解のように思えた。








 世界に文句ばかりつけて、当たり前を否定して。繋がりを嫌った僕は、願い通り出れたんじゃないだろうか。








 世界のあっち側に。





 あいまいもあやふやも、ない。









 何も、ない世界へ。








 
「はは。あはは……。それじゃあもう、怖がる必要ないんだ。」




 だって、闇の中から誰が襲ってくることも、何が飛び出してくることもあるはずない。







 ここには何も、ないんだからーー。


 





全身の張り詰めた力が奪われる。



 


 ーーパタ。






 上と下の睫毛が、重なる。





 それと同時に、目の暖かさは頬へ向かって勢いよく落ちて流れ出していく。






「冷たっ!?」


 



 僕はびっくりして声をあげていた。





 あんなに熱く熱く込み上げていたものが、目を離れ頬へ流れていくと冷たくなっていたのだ。


  





 ーーそうだ。そしていつもの通り、首に小さな傷をつくればここから先は暖かくなる。



 



 疲れたときにいつもやる、癖だった。






 学校で嫌なことがあったとき、親と喧嘩したとき、いつもしてきた。








 後ろ向きで、誰からも褒められない。





 死ぬわけでもなく、何にもならない。









 ……どこへも、繋がらない無意味な行為。





 


 

「そうだよ、何の意味もなかった。」







 冷たさが暖かさへ変わることを教えてくれた、ただそれだけの行為ーー。








 手を頬へやる。指先が触れる。目のすぐ下は暖かく、指を流れに沿わせていくうちにだんだんと冷たくなっていく。







 暖かいから、冷たい。








 それは、僕が泣いたから。








 だから何もない、この世界に暖かさと冷たさが産まれたんだ。









 そしてそれに気づかせてくれたのは。









 首の傷をなぞる。







「無意味なことなんてあるわけない。全ては、きっとどこかへーー」



 



「繋がってる」






 もう一度しっかりと目を開く。



 見渡す限りの闇の中に僕は歩いていく。






「ここから」










「どこへだって行ける!」





 足がフッと軽くなり、僕は思わず走り出していたーー。













 いつのまにか僕の頬には冷たさも暖かさもなくなってベッドの中にいた。





 暖かい掛布団を放り出し、床へ飛び出す。窓を開けると大きな風が部屋へやって来た。




「寒っ!」

 思わず肩を震わせる。




 黒い道路に白い雪が降り積もってゆく。








 窓を閉めて部屋の中を見渡す。鏡に目が留まったので、僕はゆっくりと覗き込んでみた。




 そこには涙の跡と、優しい笑顔があった。










 世界はやっぱりとてもあやふやで、白が黒になったり混ざり合ってグレーになったりする。



 

 そんな中で、自分はグレーになれないと悩んでいた頃の僕を思い出す。


 そんな自分を認めたくなくて、世界を嫌って否定した、あの僕を。






 あの頃のように、誰にも想いは届かない、ひとりぼっちなんだと、そんな風に思うときは今だってなくなったわけじゃない。







 でも僕は知ってる。







 今繋がらない想いにも、必ず繋がる時が来ることを。







 繋がり、混ざり、変わっていくそんな世界だから素晴らしいことを。






 僕はもう、知ってるんだ。











「ここから、だよね」








 ーーそう。





 いつだって、ここから、どこかへ。










 きっと手を伸ばせば、いつか誰かが手を繋いでくれるから。






       ーーfinーー
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