EGOIST

崎矢梨斗

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 腕の中でようやく譲の身体が強張りを解く。
「俊ニイ……、俊ニイ……」
 舌足らずな呼びかけに愛おしさが募る。
 譲の涙は止まらない。その背を撫で、俊はそっと譲の髪に口吻けた。
「泣かなくていい譲。もう大丈夫だから」
「俊ニイ…………」
 いっそう涙を零す譲の姿に苦笑する。
 部屋の窓から男に連れ去られそうになる譲を見た時に、俊は自分の愚かさを呪った。
 閑静な住宅街とはいえ、人通りの少ない場所だ。譲を簡単に放り出してしまうべきではなかった。
 せめて家まで送り届けていれば、こんなことにはならなかったのに。
 室内に数人の警官が踏み込んでくる。突然現れた警官の姿に、譲が眸を丸くした。
「……警察?」
「ああ。あやめが呼んだんだ」
 警官のひとりから手渡されたタオルケットを、俊は譲の身体にかけてやる。
 あやめの名に敏感な反応をみせ、譲はキュッと縋る手を握り締めた。
「あ……やめさん?」
「事情を知って、恒野さんを寄越してくれた」
「恒野さん……て?」
「刑事だよ。あそこにいる」
 眸だけを向け示した先に、俊の暴走を軽く止めてしまった男の姿がある。安物のサマースーツを粋に着こなす彼の名は、恒野 達麻(コウノ タツマ)という。
 恒野は「マズイなぁ」と口では言いながら、人の好い笑みをあの不気味な男に向けていた。
「可愛い子を連れ去りたいって気持ちは分かるけどさ、本当にやっちまうと犯罪になるんだよ。それにおじさんさ、あの子のこと無理矢理車に乗せて連れ去ってるだろ? 目撃証言があるんだよね。これって誘拐だよ」
 男がなにか弁解しようとしたが、恒野はそれを許さない。
 優しい笑みでいながら、きっぱり跳ね除けた。
「おじさん、今までにも痴漢でしょっ引かれたことあるだろ? あとストーカーの被害届けも出てんだよね。ま、2、3年壁の中に入ってくれば悔い改める気になるか?」
 ニッコリと笑い、蒼ざめ縋ろうとした男の手からスルリと逃げてしまう。
 警官に押さえつけられた男がなにか喚きたてているようだが、もうまるっきり頓着しない。
 我関せずを決め込むと、俊と譲の方へ恒野はゆっくり近づいてきた。
「弟さんは落ち着いた? ちょっと剥かれちまったみたいだけど、無事でいてくれてなによりだな」
「はい。色々とすみませんでした」
 俊が深々と頭を下げる。恒野は快活に笑って手を振った。
「いいって、いいって。おかげで俺の株も上がるってもんだ。それより、あやめによろしく言っといてくれよ」
 恒野は俊にこっそり耳打ちし、肩を竦める。
「これから署に戻らなきゃなんないからさ。また当分は缶詰になるだろうし、お姫様のご機嫌取りは後回しになっちまうだろ」
「分かりました。上手く伝えておきますよ」
「頼んだぜ」
 警官に呼ばれ部屋の外に向かおうとした恒野は、ふと思い出し振り返った。
「パトカーでいいなら送ってやるけど、どうする?」
「面倒でないならお願いします」
「なら乗っていけ。その代わり明日でいいから署の方へ来てくれるか? 今回のこと、一応詳しく聞いておきたいからさ。弟さんも一緒に」
 思い出したくはないだろうけどという恒野の言葉に苦笑しながら、譲が小さく頷くのを確かめる。
 タオルケットにすっぽりと包み込んだ譲の身体を、俊は軽々と抱き上げた。
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