32 / 32
変化
しおりを挟む
瑞穂は重たくてあちこち痛む体で目が覚めた。目を開けたのだが、さっといつものように起きることはできず、生まれたての小鹿のごとく、少しずつ少しずつ指から手、手から腕、腕から上半身、といった具合に動かしていった。そして、やっと上半身を上げて壁に預けながらも部屋の中を見渡すことができるようになり一息吐いた。
ベッドルームらしいが、やはり、モデルルームのように決まったもの以外は何も置かれていなかった。アンティークだと思うランプとランプ台以外に目立ったものはなく、白基調だから日が差し込む今の時間帯は明るいけれど、アロマもなければテーブル一つ置いていなかった。一時一緒に暮らしていた時はテーブルも椅子もカーペットもあって、ベッドルームだけでも生活ができるようにしていたので彼がこんなに物を置かない主義なのかと驚いた。確かに、あの時瑞穂が物を置いていってそんな風になった経緯があったと今更ながらに思い出して、また一つ自分の黒歴史にため息が出た。
「起きたのか。体は辛くないか?」
扉を開けて入ってきた晴哉は遠慮なしに瑞穂に近づいてキスをされると思うほどに顔を近づけた。それに身をこわばらせたがそんな心配は必要なかった。
「発情期は落ち着いたな。薬は飲んだ方が良いのか?一応、おばさんに連絡をして薬を持ってきてもらった。」
晴哉の言葉に瑞穂は顔を上げた。
「今何時?」
「ちょうど昼を回ったところだな。翔なら気にするな。保育園に行ったとおばさんが言っていたからな。会社には連絡を入れておいた。第二次性のことは知らないようだったから、風邪ということにしておいた。まあ、社長が仕事の件はすでに終わっているし、今は帰国の準備期間だから無理に会社に来る必要はないって言っていたから気にする必要はない。」
「えっと、昼回った?マジ?」
呆然としてまだ頭が回っていない瑞穂は少ししか反応ができない。そんな時にグラグラと頭を撫でられてさらに混乱しつつも、力が入らない腕で何とか払いのけた。
「ちょっと今頭の整理しているから止めて。」
「整理な。そうだな、まずは飯からにするか?腹減っただろう?」
「いや、それよりも家にかえ(グー)」
お腹が鳴り何の根拠もないことがわかる言葉を続けることができなくなるどころか恥ずかしくなった瑞穂は口を閉じた。
「まあ、いいから。そうは言ってもおばさんが持ってきてくれたおかずばかりだけどな。着替えはこれ着ろ。」
いつの間にか持ってきたのか着替え一式を晴哉から渡された。彼は立ち上がり部屋から出て行こうとした。
「まだ食べられたりないなら俺は乗るけどな。」
「!そんなわけないだろう!」
晴哉の視線で自分が裸で布団さえかぶっていないことに気づいて慌てて布団を胸を隠す位置まで引き上げた。大きな声を上げたのはせめてもの抵抗だった。笑いながら晴哉が部屋から出て行った後にさっさと着替えてごはんを食べに向かった。
並べられたパックからは湯気が上がっていて、馴染み深い料理ばかりだった。
「ほら、食べるといい。」
「うん、ありがとう。」
瑞穂は受け取った取り皿に好きなだけ料理を盛っていく。手を合わせて食べると、出来立ての料理の味と温かさが体に染み込んできた。
「そういうところ、変わってないな。」
晴哉が頬に手をつきながら温かい目を向けた。少し前から思っていたけど、その何か懐かしむような目を向けるのはこちらが恥ずかしくなるので瑞穂はやめてほしいと思った。しかし、そんなことを言うと何か理由をつけてあっさりと躱されて、それどころかもっと瑞穂にとって負担が大きいものを要求されそうなので口に食べ物を詰め込んだ。
「・・・・・それで、瑞穂は俺と一緒に住むことになったから。」
ゴホッ
文に脈略がなくて瑞穂は口に入れていた食べ物を吐き出しそうになった。口を開かなかったので飛ばなかったのは幸いだったが、一体何を言い出すんだ、と瑞穂は晴哉を睨みつけたが、彼はそんなことをお構いなしだった。
「お前の母さん、おばさんが荷物も置いて行ったんだ。息子の翔と三人で一度住んでみなさいって。帰国も必要な時はあるけど基本的にリモートでも構わないんだろ?会社が好きだから通勤を選んだって聞いたけど。」
「待って、そんな情報をどこで手に入れたの?母さんには言っていないはずなんだけど。」
「翔だよ。」
え?
瑞穂は思いもよらない答えに思考が停止した。確かに、翔が寝ている時や朝食の時に同僚や上司と電話で話すことは多々あった。その内容を聞いても翔や父がわからないと思ったからだ。業界的に機密保持が特段強く求められるところではあるが、その内容を理解していなければ、そして、そういうことに興味があり第三者に話すことがなければいいと判断した。まあ、瑞穂が話す内容に機密情報などほとんど含まれていないのだけど。そんなこともあり、翔が聞いていても不思議ではないが、それが可能である場合、翔は瑞穂が話す内容を理解していることになる。そんなことがまだ四歳になる子供に可能なのだろうか。
「翔も日本が気に入ったというよりは瑞穂が彰彦らと一緒にいて楽しそうにしていたのを見てここにいたいって思ったんだよ。向こうのお前の友人に会ったことがないけれど、あんな風に笑うママは見たことないってさ。」
「いや、確かに奈桜さんや彰彦さんは何というか友人というよりもすごい気の良い兄って感じなんだけど。だから、ちょっと気の抜けた顔をしていたかも。」
向こうの友人と仲が悪いわけではないが、競争心が激しいから少し気疲れしてくるのだ。その点、奈桜たちは瑞穂にとって家族に近い存在なので自然体でいられた。それは帰国してからも変わらなかった。それを幼い息子に見破られていたと思うと瑞穂は親として恥ずかしくなった。
「翔は賢い子だよ。俺のことも父親だとわかっていたらしい。時々俺の名前を呼んでいたって言っていた。」
「いつ!?」
「寝ている時。」
今度こそ羞恥で顔を上げられず手で顔を覆った。
黒歴史が続々と出てきて耐えられなくなり、ごはんを口の中に突っ込んで洗面所に駆け込んだ。鏡には赤くなった自分の顔が映っており、今後翔への説明や母の策略からの回避、晴哉の対応など考えることは山ほどあるが、最初にどうやって家に帰るかを思案したが、体力が残っておらず体のだるさもあり床に座り込んだ。疲労がたまっていて今日も動ける気がせず、結局一日家に寝ていた。
夜に翔が帰ってきて普通の家族風景のように晴哉と三人でごはんを囲んでいた。この形に初回なのに違和感がないことに瑞穂は戸惑った。
ベッドルームらしいが、やはり、モデルルームのように決まったもの以外は何も置かれていなかった。アンティークだと思うランプとランプ台以外に目立ったものはなく、白基調だから日が差し込む今の時間帯は明るいけれど、アロマもなければテーブル一つ置いていなかった。一時一緒に暮らしていた時はテーブルも椅子もカーペットもあって、ベッドルームだけでも生活ができるようにしていたので彼がこんなに物を置かない主義なのかと驚いた。確かに、あの時瑞穂が物を置いていってそんな風になった経緯があったと今更ながらに思い出して、また一つ自分の黒歴史にため息が出た。
「起きたのか。体は辛くないか?」
扉を開けて入ってきた晴哉は遠慮なしに瑞穂に近づいてキスをされると思うほどに顔を近づけた。それに身をこわばらせたがそんな心配は必要なかった。
「発情期は落ち着いたな。薬は飲んだ方が良いのか?一応、おばさんに連絡をして薬を持ってきてもらった。」
晴哉の言葉に瑞穂は顔を上げた。
「今何時?」
「ちょうど昼を回ったところだな。翔なら気にするな。保育園に行ったとおばさんが言っていたからな。会社には連絡を入れておいた。第二次性のことは知らないようだったから、風邪ということにしておいた。まあ、社長が仕事の件はすでに終わっているし、今は帰国の準備期間だから無理に会社に来る必要はないって言っていたから気にする必要はない。」
「えっと、昼回った?マジ?」
呆然としてまだ頭が回っていない瑞穂は少ししか反応ができない。そんな時にグラグラと頭を撫でられてさらに混乱しつつも、力が入らない腕で何とか払いのけた。
「ちょっと今頭の整理しているから止めて。」
「整理な。そうだな、まずは飯からにするか?腹減っただろう?」
「いや、それよりも家にかえ(グー)」
お腹が鳴り何の根拠もないことがわかる言葉を続けることができなくなるどころか恥ずかしくなった瑞穂は口を閉じた。
「まあ、いいから。そうは言ってもおばさんが持ってきてくれたおかずばかりだけどな。着替えはこれ着ろ。」
いつの間にか持ってきたのか着替え一式を晴哉から渡された。彼は立ち上がり部屋から出て行こうとした。
「まだ食べられたりないなら俺は乗るけどな。」
「!そんなわけないだろう!」
晴哉の視線で自分が裸で布団さえかぶっていないことに気づいて慌てて布団を胸を隠す位置まで引き上げた。大きな声を上げたのはせめてもの抵抗だった。笑いながら晴哉が部屋から出て行った後にさっさと着替えてごはんを食べに向かった。
並べられたパックからは湯気が上がっていて、馴染み深い料理ばかりだった。
「ほら、食べるといい。」
「うん、ありがとう。」
瑞穂は受け取った取り皿に好きなだけ料理を盛っていく。手を合わせて食べると、出来立ての料理の味と温かさが体に染み込んできた。
「そういうところ、変わってないな。」
晴哉が頬に手をつきながら温かい目を向けた。少し前から思っていたけど、その何か懐かしむような目を向けるのはこちらが恥ずかしくなるので瑞穂はやめてほしいと思った。しかし、そんなことを言うと何か理由をつけてあっさりと躱されて、それどころかもっと瑞穂にとって負担が大きいものを要求されそうなので口に食べ物を詰め込んだ。
「・・・・・それで、瑞穂は俺と一緒に住むことになったから。」
ゴホッ
文に脈略がなくて瑞穂は口に入れていた食べ物を吐き出しそうになった。口を開かなかったので飛ばなかったのは幸いだったが、一体何を言い出すんだ、と瑞穂は晴哉を睨みつけたが、彼はそんなことをお構いなしだった。
「お前の母さん、おばさんが荷物も置いて行ったんだ。息子の翔と三人で一度住んでみなさいって。帰国も必要な時はあるけど基本的にリモートでも構わないんだろ?会社が好きだから通勤を選んだって聞いたけど。」
「待って、そんな情報をどこで手に入れたの?母さんには言っていないはずなんだけど。」
「翔だよ。」
え?
瑞穂は思いもよらない答えに思考が停止した。確かに、翔が寝ている時や朝食の時に同僚や上司と電話で話すことは多々あった。その内容を聞いても翔や父がわからないと思ったからだ。業界的に機密保持が特段強く求められるところではあるが、その内容を理解していなければ、そして、そういうことに興味があり第三者に話すことがなければいいと判断した。まあ、瑞穂が話す内容に機密情報などほとんど含まれていないのだけど。そんなこともあり、翔が聞いていても不思議ではないが、それが可能である場合、翔は瑞穂が話す内容を理解していることになる。そんなことがまだ四歳になる子供に可能なのだろうか。
「翔も日本が気に入ったというよりは瑞穂が彰彦らと一緒にいて楽しそうにしていたのを見てここにいたいって思ったんだよ。向こうのお前の友人に会ったことがないけれど、あんな風に笑うママは見たことないってさ。」
「いや、確かに奈桜さんや彰彦さんは何というか友人というよりもすごい気の良い兄って感じなんだけど。だから、ちょっと気の抜けた顔をしていたかも。」
向こうの友人と仲が悪いわけではないが、競争心が激しいから少し気疲れしてくるのだ。その点、奈桜たちは瑞穂にとって家族に近い存在なので自然体でいられた。それは帰国してからも変わらなかった。それを幼い息子に見破られていたと思うと瑞穂は親として恥ずかしくなった。
「翔は賢い子だよ。俺のことも父親だとわかっていたらしい。時々俺の名前を呼んでいたって言っていた。」
「いつ!?」
「寝ている時。」
今度こそ羞恥で顔を上げられず手で顔を覆った。
黒歴史が続々と出てきて耐えられなくなり、ごはんを口の中に突っ込んで洗面所に駆け込んだ。鏡には赤くなった自分の顔が映っており、今後翔への説明や母の策略からの回避、晴哉の対応など考えることは山ほどあるが、最初にどうやって家に帰るかを思案したが、体力が残っておらず体のだるさもあり床に座り込んだ。疲労がたまっていて今日も動ける気がせず、結局一日家に寝ていた。
夜に翔が帰ってきて普通の家族風景のように晴哉と三人でごはんを囲んでいた。この形に初回なのに違和感がないことに瑞穂は戸惑った。
28
お気に入りに追加
38
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
うまく笑えない君へと捧ぐ
西友
BL
本編+おまけ話、完結です。
ありがとうございました!
中学二年の夏、彰太(しょうた)は恋愛を諦めた。でも、一人でも恋は出来るから。そんな想いを秘めたまま、彰太は一翔(かずと)に片想いをする。やがて、ハグから始まった二人の恋愛は、三年で幕を閉じることになる。
一翔の左手の薬指には、微かに光る指輪がある。綺麗な奥さんと、一歳になる娘がいるという一翔。あの三年間は、幻だった。一翔はそんな風に思っているかもしれない。
──でも。おれにとっては、確かに現実だったよ。
もう二度と交差することのない想いを秘め、彰太は遠い場所で笑う一翔に背を向けた。
罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。
にゃーつ
BL
真っ白な病室。
まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。
4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。
国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。
看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。
だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。
研修医×病弱な大病院の息子
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
Ωだったけどイケメンに愛されて幸せです
空兎
BL
男女以外にα、β、Ωの3つの性がある世界で俺はオメガだった。え、マジで?まあなってしまったものは仕方ないし全力でこの性を楽しむぞ!という感じのポジティブビッチのお話。異世界トリップもします。
※オメガバースの設定をお借りしてます。
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる