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帰国

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 会社は家から自転車で通った。坂が多かったけれどこれも運動と思えば何ということはなかった。天気のほとんどが曇りだと言われるこの地域は自転車通勤が適していた。暑くもなく寒くもなく、そんな気候だから自転車を選んだ。通勤といっても月に五回程度なのでそんなに苦痛でもなかった。

「おはよう。今日も自転車なの?ミズホ。」
「おはよう。うん、サリーは朝から忙しそうだね。出社が同じになるのは久しぶりだね。」
「そういえば、そうね。ショウは元気?」
「毎日遊び疲れて寝るくらいには。」
「アハハ、良いことじゃないの。」

 サリーは大学からの知り合いで、同じ会社に就職した。彼女はαで最初Ωだと瑞穂が伝えた時警戒から距離を置かれそうになったが番がいると言えば普通にこうして接してくれた。大学から友人としていてくれて妊娠・出産の時も手を貸してくれたので頭が上がらない。ちなみに、別会社のご令嬢なので、瑞穂としてはてっきりそちらに入社すると思っていたのだけど、サリーは最初から親の会社に入社することを考えていなかったようだ。あまり親とは関わらず自分の足で立てるようになりたいらしい。彼女自身優秀だからすでに入社二年目で大きなプロジェクトの一員だった。瑞穂はサリーとは部署も専門も異なるので顔を合わせることがなく、忙しさでいえば圧倒的にサリーなので出社が同じになる日は本当に少なかった。
 瑞穂も入社二年目でそれなりの仕事をしているから給料も上がった。残業がどれだけ忙しくてもゼロ時間だからそこが評価されたのだけど、瑞穂はただ計画を立てて取り組んだだけだった。

「ミズホ!ちょっと話があるんだけど。」
「はい、オークスさん。今行きます。」

 瑞穂は上司であるオークスに呼ばれた。何かあったか、と思いつつ彼から話を伺うと、それは思いもよらないことだった。

「実は日本に一年ほど行ってきてくれないか?日本支社があるんだが、そこがヘマをしたようでバグを多く発生させているらしい。だから、日本に行って解決してきてほしい。日本語が堪能で技術も備わっているのは瑞穂だけだからな。日本支社も教育してくれると助かる。」
「オークスさん、でも、俺は子供がいてそんな急に。」
「それは分かっているが、里帰りも兼ねていると思っておけ。子供の言葉も心配かもしれないからインターナショナルの保育園に入れられるようにこちらで手続きもできるし、社内にある保育園には英語対応可能な先生が多いと聞いた。一年でいいんだ。それだけあれば、瑞穂なら問題ないだろう。」
「一年でいいんですね?」
「ああ、そうだ。」
「わかりました。ところで、俺は日本支社がどこにあるのか知らないのですが、どこなんですか?」
「まあ、こっちにいたら興味もないな。出張なんて行くこともなかったからな。」

 オークスはパソコン画面を瑞穂の方に向け、その場所を見て瑞穂はゲッと思った。以前、瑞穂が通っていた大学にほど近い場所であり、翔の父親である晴哉が勤務しているだろう事務所の近くだった。あのあたりがオフィスビル街になっていたことを瑞穂の頭から消えていた。
 瑞穂は早々に仕事を終わらせて定時で上がり、翔を迎えに行ってから帰宅した。父はアトリエに籠っている為、彼の為に簡単な夕食を作りつつ、瑞穂と翔の分も作った。

「俺、トマトスープ好き。」
「それは良かった。俺もこれ好きなんだ。」
「一緒だな。」

 親子の会話はサリーたちに言わせると友人同士の会話に聞こえるらしい。親子でどういう会話が正しいかなんて瑞穂にはわからないし家族によって違うだろう。お風呂に入れてまったりしていると、瑞穂は翔と顔を突き合わせて今後のことを話した。

「翔には実はおばあちゃんがいるんだ。」
「実はっておばあちゃんはいるよ。当たり前だろう。おじいちゃんだけでママは生まれない。」

 すごくまっとうなことを三歳になる息子から言われてしまい、瑞穂は笑ってしまった。ゴホンッと咳払いをした瑞穂は訂正した。

「おばあちゃんと会いたくない?」
「会いたいに決まっている。」

 即答は彼らしい返事だった。

「おばあちゃんは日本にいるんだよ。」
「二ホン?ママが生まれた?」
「そう、ここだよ。」

 瑞穂は近くにあった地球儀で日本の場所を教えると、翔は目を丸くした。

「ママ、小さい島で生まれたんだね。だから、ママは小さいんだ。」
「あ、うん。そうだな。日本でも大きい人がいるから一概にそうとも言いきれないけれど、そうかもしれないな。」

 確かに保育園のお迎えに行くと他の親と比べて170センチ未満である瑞穂は小さい部類だろう。日本では平均身長だったけれど、この国では平均以下だ。Ωであることも影響していると医師は言っていたので、おそらくαである翔は高身長になる可能性が高い。

「実は俺は日本に仕事で行くことになりました。翔はどうする?おじいちゃんとここに残ってもいいし、俺と一緒におばあちゃんと一緒に一年だけど暮らしてもいいよ。」
「俺が選んでもいいの?」
「もちろんだよ。普通はおじいちゃんだけに任せるのは忍びないけど、ここには管理人もいるし、必要なら俺にもお金に余裕があるから翔の面倒を見てくれる人を雇うことだってできるからね。」
「俺、ママと一緒がいい。」

 翔は抱き着いてきた。こんなに甘えたような態度をするのは久しぶりだった。翔はおませで大人びた子供だったので、二歳になった頃からは抱き着くことも抱っこをせがむことも、転んだりして怪我をして泣くこともなかった。でも、それは寂しさを押し殺していただけだったかもしれない。

「わかった。じゃあ、行こうか。おばあちゃんがいる日本に。」
「うん!お友達できると嬉しい!日本語頑張るよ!」
「多分、保育園は今みたいに英語で大丈夫だよ。街で必要かもしれないから日本語が話せるといいね。俺が教えてあげようか?」
「うん!」

 嬉しそうに翔は瑞穂の膝の上で飛び跳ねていた。喜びの舞を披露する彼はほほえましかった。瑞穂の中で不安なことは多かったが、翔の容姿のおかげでごまかせると考えての決断だった。

「母さん、俺、日本に帰るよ。」

 翔が寝た後に瑞穂は母に電話をかけた。
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