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温泉旅行

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 晴哉と訪れたのはたまに旅行から帰った母が見せた写真のような古そうな木造の建物だけど重みがあった。ここに来るまでに寄り道で町を散策してきたので、すでに夕方になっていた。
 車で数時間で到着するのに晴哉が朝に迎えに来た理由が分かった。瑞穂は温泉街を歩くのは初めてであり、こんなにテレビで見るような商店街を歩いて目を奪われないはずがなかった。興奮している瑞穂に飽きることなく晴哉は付き合った。彼なりに瑞穂のことを考えてくれたのだろう。瑞穂は大いに散策を満喫した。
 女将に案内された部屋は食事用と寝室用の二間であり、大きな窓を見れるように窓際に椅子が用意してあった。

「温泉はこちらです。掛け流しなのでいつでも入れますよ。遠月さんのお坊ちゃんがいらっしゃるなんて何年ぶりでしょうか。先日は遠月さんがご夫婦と下の坊っちゃんを連れてお見えでしたよ。いつもご贔屓にありがとうございます。」
「そうですか。こちらこそありがとう。夕飯は時間通りに持って来て並べたら引き上げてください。あまり気遣いは不要です。」
「かしこまりました。では、ごゆっくりお過ごしください。」

 終始にこやかに笑って女将が出て行った。

「ここ、晴哉さんの家族のお気に入りなんだね。」
「そうだな。父たちはよく利用している。と言っても、多忙だから年に数回だからな。うちは彰彦のところよりだいぶ普通だぞ。」
「はいはい。まぁ、彰彦さんのところは大手企業の創業者だからね。あの人と比べる方が間違い。実家にお邪魔した時、サロンなんて耳慣れない部屋に案内されてビビったから。」

 彰彦の実家に行く際、瑞穂は理人の誘いに乗ってしまった。その豪邸に目を回していた日のことを思い出してしまい、瑞穂は笑った。

「温泉入るか?楽しみにしていただろう。」
「ご飯前に入るものなの?」
「別に順番とか決まっていないからどっちでもいい。夕飯までに時間があるからゆっくりしていてもいいしな。」
「じゃ、温泉に入るよ。旅行なんて初めてだし、温泉もそうだから楽しみにしていたんだ。」
「旅行、初めてなのか?」
「言ってなかった?」

 動揺する晴哉に瑞穂は過去を振り返った。温泉が初めてであることは伝えていたが、旅行自体がそうだと言ってなかった。

「言ってないね。そういうわけで、初心者だから晴哉さんが教えてね!俺は温泉入るから。」
「お、おぉ。」

 声が裏返った返事だったけど、気にしないで瑞穂は温泉の準備の説明を晴哉に促した。それから、渡された着替えを持ち、温泉に入った。いつも入るお湯と違って熱くてお湯にはとろみがありまとわりつくようだった。

「これが温泉か。あれ?」

 外が見えるのだが、ちょうど日が沈んできて何か影が動いた気がしたので、瑞穂は窓に近寄ろうとした。

「うわっ!?」

 ヌルヌルしたお湯だからか、歩いている途中で足を滑らせてしまった。特に怪我はせずに済んだので、転ばないように注意をしながら窓の傍に座った。

「大丈夫か!?」

 思ったほど大きな声が出ていたようで晴哉が露天風呂まで入って来た。瑞穂は動いている影を指でさした。

「晴哉さん!あそこに何かいるよ!カエルかな?それとも、バッタ?」

 あまり見かけたことがないそれらに年甲斐もなく瑞穂ははしゃいでしまった。晴哉は安心した顔をして一旦服を脱いでから瑞穂の後ろに立った。

「多分、バッタだな。この旅館は庭は人工じゃなくて自然のものだから生き物が住み着くらしい。俺が小さい頃は池でオタマジャクシが孵化するのを見たりしたな。」
「そうなんだ。今の時期は見れるかな?」

 時期は初冬
 温泉にはもってこいの季節だが、生き物の活動は静まる頃合いだった。
 そんないい年の人の会話とは思えない会話だったが、ひとまず落ち着いた瑞穂は今更になって後ろにいる晴哉が自分と同じ格好であることに気づいた。

「晴哉さんがなんで入ってるの?」
「いや、服着たままでここに入ったら濡れるから脱いだし、ついでにお前と入ろうと思って入った。瑞穂の叫び声が聞こえたからな。」

 ニタニタと晴哉が笑っていて、からかっているのは瑞穂にも分かった。瑞穂は離れようとしたが、晴哉が肩を掴みそれを拒んだ。その手を離そうと瑞穂が抵抗したら、あっさりと離れたので不思議に思っているとそのまま体ごと晴哉に包まれた。そして、二人して温泉に入った。

「ちょっと、晴哉さんアツいんだけど。」
「良いじゃないか。せっかく二人で入っているんだから。少しぐらい抱きしめさせてくれ。」
「でも、あまり入ってるとのぼせるよ。」
「そうだな。じゃ、その短い時間だけでいい。恋人らしい時間が欲しいんだよ。」

 瑞穂を抱きしめる晴哉の手が強くなった。それに安心する自分を瑞穂は不思議に思った。彼と会った時からいつも他の人なら嫌悪に感じることも彼に対してそういうことにならなかった。αだから安心できる何かがあるのか、と瑞穂は納得していたのだが、彼の弟で同じαの尚哉は他の人と同じ嫌悪を抱いたので、彼の予想は外れた。全く理由は思いつかないけど、晴哉が距離を詰めるのは嬉しかったので受け入れた。
 しかし、それも度が過ぎると恥ずかしさが湧き上がった。だいたい、初心者の瑞穂に対して晴哉が性急過ぎるのだ。何をそんなに焦っているのか分からないけど、瑞穂にも限度があった。

「無理!!」
「瑞穂!暴れると危ない!」

 まるで子どもに注意するように晴哉が言うので、それにもカッとなった。その瞬間、視界が揺らいで瑞穂は手をお湯を囲っている石に付いた。

「瑞穂、大丈夫か?」
「あ、うん。」
「大丈夫じゃなさそうだな。ほら、掴まれ。」

 晴哉の肩を借りて風呂から上がり、彼に介抱されながらなんとか瑞穂は室内に戻った。

「ちょっと悪ふざけが過ぎたな。どうだ?涼しいか?軽くのぼせたんだろう。」
「うん、大丈夫。だいぶ楽になった。」

 涼しい室内にいたら先ほどまで感じていためまいはなくなり体を起こした。すると、晴哉がおでこを触ってきたので驚いて顔を引いた。晴哉はまるで犯人ではないかのように両手を上げていた。

「悪い、熱がないかと思っただけだから。熱はないようだな。おでこは熱くない。」
「そっか、ごめん、過剰反応だった。」
「いや、謝ることじゃない。」

 しばらく沈黙になった。
 温泉でのことがあった後だから瑞穂は気まずくなった。そのまま、ご飯も瑞穂はどうにも楽しめなくなり、晴哉も話はするもののこちらの反応が悪いとなると困った顔をした。

 瑞穂にとっての初めてのデートであり、温泉は気まずぃ思い出であり黒歴史となった。
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