24 / 35
第二章
一週間後の現実
しおりを挟む
──僕と白波が付き合い始めてから、一週間と少しが経った。彼女のスキンシップにも慣れたし、それがだんだんと日常のワンシーンを彩ってくる。何気なく手を繋ぐのも、肩を寄せてくるのも、気まぐれに抱きついてくるのも、みんな慣れた。羞恥心よりも、幸福感が勝つ。
膝枕も、別に頼んでいないのにしてくれるようになった。子守唄も歌ってくれるようになった。いつからか、一緒のベッドで寝るようになった。僕も彼女も小柄な方だから、丁度いい大きさに納まっている。そこから見える星空を眺めながら、今夜もお互いに向き合っていた。
「……マスターって、星、好きですか?」
「嫌いじゃないけど、なんで」
「いま星を見てたので、聞いただけですっ」
なんだそれ、と笑いながら、真正面にいる白波を見る。照明の明かりが眩しい部屋で、これだけ至近距離でいても、グラフィックの荒さは感じられない。ヒューマノイドは、基本的に人間と見分けがつかないと思った方がいいのだろう。僕の住む都市部でも、きっとどこかに、ヒューマノイドはいた。気付けなかっただけで。
「あのね」と楽しそうに言う彼女が、口元で手を押さえて笑っている。寝転がっていても、ベッドにはそこにシワができている。つくづくバーチャル・ヒューマノイドというものは、不思議な存在だなと思った。科学技術の発展が、ここまでの存在を生み出したのだから。
「私のコードネーム、ステラっていう名前だったじゃないですか。あれって、星っていう意味なんですよ。だからマスターは、私のこと、嫌いじゃないってことです」
「……そう言ってるじゃん」
「私もマスターのこと好きですよっ。小さい時のマスターも可愛かったですけど、それはそれです。一緒にいて楽しい人、ずっと一緒にいたいなって思える人は、好きな人だ──って、人間はそう考えるんですよね?」
「うん」
「……でも、そうなると、凪とか圭牙も好きな人になっちゃいますね。お友達と恋人って、何が違うんですか?」
「さぁ……。よく分からないね、好きとかって」
「ですねっ」
顔を見合わせて軽快に笑いながら、だんだんと静かになっていくその余韻に浸っていた。特に話すことがないこの時間でさえも、気まずさとかそういうのはなくて、ただ、彼女と一緒にいられるだけで、気が安らぐ。有限のこの時を、しっかりと覚えておきたい。そう思った。
「ふぁ……ぁふぅ。なんか、眠くなってきましたね……」
「じゃあ、寝る? 明日もいろいろ遊びたいでしょ」
「うん、いろいろ遊びたいです。えへへ……」
締まりのない顔をして笑う白波に、僕もつられて笑った。こんな島じゃ、あまりやれることも多くない。だから昼間に遊んで、帰ったら食事を摂って、お風呂に入って、彼女と話しながら寝る、そのくらいだ。もちろん、そのくらい、がとても幸せなことは分かっているけど。
今の時刻は、九時前後。就寝時間に近いから、眠くなるのも分かる。ただ最近は、日中でも欠伸をすることが更に増えたし、昼寝、というか短い仮眠を取ることも増えた。眠気が影響しているのか、何もないところでつまづいたり、何かにぶつかったりと、ポンコツ度合いは増している。流石にもう、寿命の影響が顕著になってきた。
「……明日は、何しましょっか」
「あの二人が何か考えてるよ、きっと」
「んへへ、ですよねぇ……。無駄な心配ですね」
優しくて、穏やかで、とろけそうな口調。僕の方もなんだか、本当に眠くなってきた。眠気は伝染する……?
「……そういえばマスター、覚えてますか?」
「……なにが」
「最後の日、一緒に花火、見に行きましょうね」
「うん、絶対に行く」
それっきり、彼女はだんだんと目蓋を閉じて、やがて寝息を立て始めた。僕もあと少ししたら、寝よう。そんなことを思いながら、一旦ベッドを抜け出して、キッチンへ向かう。水だけ飲んで、リラックスしたかった。
八月三十一日まで、あと三週間ほどだろうか。昔は一緒に見ることができなかった花火大会を、せめて最後くらいはどうか、見させてほしい。そんなことを漠然と思いながら、感傷的になりつつ白波の眠る部屋へと戻る。
「……ふふっ」
意味はないけど、笑ってしまった。ベッドの上で眠る彼女の姿を、僕はあまり、まじまじと観察したことがないから。昔は僕の方が、寝姿をよく見られていた。お互いにまだ、小さかった頃だ。あの頃も、楽しかった。
「……ん、あれ……?」
僕の笑い声で目を覚ましてしまったのか、白波は目蓋を開けると、横になったままの体勢で僕を見る。
「マスター、どこに……?」
「お水を飲んできただけ」
「そうですか。……寝ちゃってました?」
「うん、少し」
恥ずかしそうに笑う白波の隣に、僕はまた寝転がる。至近距離で見える群青色の瞳に、自分の姿が写っていた。
「……三十一日、絶対に行こうね、花火大会。昔は行けなかったけど、今はお互い、恋人同士で行けるよ」
「はいっ、行きましょうね」
屈託のない笑み。僕は昔から、この笑顔が好きだった。
彼女は「でも」と続けると、照明の眩しさに少しだけ目を細めながら、一度、二度、と瞬きをした。それから不思議そうに僕を見つめると、たどたどしい声で言う。
「──恋人同士って、誰と誰がですか?」
ほんの一瞬で、気が遠くなっていくのが分かった。
膝枕も、別に頼んでいないのにしてくれるようになった。子守唄も歌ってくれるようになった。いつからか、一緒のベッドで寝るようになった。僕も彼女も小柄な方だから、丁度いい大きさに納まっている。そこから見える星空を眺めながら、今夜もお互いに向き合っていた。
「……マスターって、星、好きですか?」
「嫌いじゃないけど、なんで」
「いま星を見てたので、聞いただけですっ」
なんだそれ、と笑いながら、真正面にいる白波を見る。照明の明かりが眩しい部屋で、これだけ至近距離でいても、グラフィックの荒さは感じられない。ヒューマノイドは、基本的に人間と見分けがつかないと思った方がいいのだろう。僕の住む都市部でも、きっとどこかに、ヒューマノイドはいた。気付けなかっただけで。
「あのね」と楽しそうに言う彼女が、口元で手を押さえて笑っている。寝転がっていても、ベッドにはそこにシワができている。つくづくバーチャル・ヒューマノイドというものは、不思議な存在だなと思った。科学技術の発展が、ここまでの存在を生み出したのだから。
「私のコードネーム、ステラっていう名前だったじゃないですか。あれって、星っていう意味なんですよ。だからマスターは、私のこと、嫌いじゃないってことです」
「……そう言ってるじゃん」
「私もマスターのこと好きですよっ。小さい時のマスターも可愛かったですけど、それはそれです。一緒にいて楽しい人、ずっと一緒にいたいなって思える人は、好きな人だ──って、人間はそう考えるんですよね?」
「うん」
「……でも、そうなると、凪とか圭牙も好きな人になっちゃいますね。お友達と恋人って、何が違うんですか?」
「さぁ……。よく分からないね、好きとかって」
「ですねっ」
顔を見合わせて軽快に笑いながら、だんだんと静かになっていくその余韻に浸っていた。特に話すことがないこの時間でさえも、気まずさとかそういうのはなくて、ただ、彼女と一緒にいられるだけで、気が安らぐ。有限のこの時を、しっかりと覚えておきたい。そう思った。
「ふぁ……ぁふぅ。なんか、眠くなってきましたね……」
「じゃあ、寝る? 明日もいろいろ遊びたいでしょ」
「うん、いろいろ遊びたいです。えへへ……」
締まりのない顔をして笑う白波に、僕もつられて笑った。こんな島じゃ、あまりやれることも多くない。だから昼間に遊んで、帰ったら食事を摂って、お風呂に入って、彼女と話しながら寝る、そのくらいだ。もちろん、そのくらい、がとても幸せなことは分かっているけど。
今の時刻は、九時前後。就寝時間に近いから、眠くなるのも分かる。ただ最近は、日中でも欠伸をすることが更に増えたし、昼寝、というか短い仮眠を取ることも増えた。眠気が影響しているのか、何もないところでつまづいたり、何かにぶつかったりと、ポンコツ度合いは増している。流石にもう、寿命の影響が顕著になってきた。
「……明日は、何しましょっか」
「あの二人が何か考えてるよ、きっと」
「んへへ、ですよねぇ……。無駄な心配ですね」
優しくて、穏やかで、とろけそうな口調。僕の方もなんだか、本当に眠くなってきた。眠気は伝染する……?
「……そういえばマスター、覚えてますか?」
「……なにが」
「最後の日、一緒に花火、見に行きましょうね」
「うん、絶対に行く」
それっきり、彼女はだんだんと目蓋を閉じて、やがて寝息を立て始めた。僕もあと少ししたら、寝よう。そんなことを思いながら、一旦ベッドを抜け出して、キッチンへ向かう。水だけ飲んで、リラックスしたかった。
八月三十一日まで、あと三週間ほどだろうか。昔は一緒に見ることができなかった花火大会を、せめて最後くらいはどうか、見させてほしい。そんなことを漠然と思いながら、感傷的になりつつ白波の眠る部屋へと戻る。
「……ふふっ」
意味はないけど、笑ってしまった。ベッドの上で眠る彼女の姿を、僕はあまり、まじまじと観察したことがないから。昔は僕の方が、寝姿をよく見られていた。お互いにまだ、小さかった頃だ。あの頃も、楽しかった。
「……ん、あれ……?」
僕の笑い声で目を覚ましてしまったのか、白波は目蓋を開けると、横になったままの体勢で僕を見る。
「マスター、どこに……?」
「お水を飲んできただけ」
「そうですか。……寝ちゃってました?」
「うん、少し」
恥ずかしそうに笑う白波の隣に、僕はまた寝転がる。至近距離で見える群青色の瞳に、自分の姿が写っていた。
「……三十一日、絶対に行こうね、花火大会。昔は行けなかったけど、今はお互い、恋人同士で行けるよ」
「はいっ、行きましょうね」
屈託のない笑み。僕は昔から、この笑顔が好きだった。
彼女は「でも」と続けると、照明の眩しさに少しだけ目を細めながら、一度、二度、と瞬きをした。それから不思議そうに僕を見つめると、たどたどしい声で言う。
「──恋人同士って、誰と誰がですか?」
ほんの一瞬で、気が遠くなっていくのが分かった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる