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第二章

一週間後の現実

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 ──僕と白波が付き合い始めてから、一週間と少しが経った。彼女のスキンシップにも慣れたし、それがだんだんと日常のワンシーンを彩ってくる。何気なく手を繋ぐのも、肩を寄せてくるのも、気まぐれに抱きついてくるのも、みんな慣れた。羞恥心よりも、幸福感が勝つ。

 膝枕も、別に頼んでいないのにしてくれるようになった。子守唄も歌ってくれるようになった。いつからか、一緒のベッドで寝るようになった。僕も彼女も小柄な方だから、丁度いい大きさに納まっている。そこから見える星空を眺めながら、今夜もお互いに向き合っていた。


「……マスターって、星、好きですか?」

「嫌いじゃないけど、なんで」

「いま星を見てたので、聞いただけですっ」


 なんだそれ、と笑いながら、真正面にいる白波を見る。照明の明かりが眩しい部屋で、これだけ至近距離でいても、グラフィックの荒さは感じられない。ヒューマノイドは、基本的に人間と見分けがつかないと思った方がいいのだろう。僕の住む都市部でも、きっとどこかに、ヒューマノイドはいた。気付けなかっただけで。

 「あのね」と楽しそうに言う彼女が、口元で手を押さえて笑っている。寝転がっていても、ベッドにはそこにシワができている。つくづくバーチャル・ヒューマノイドというものは、不思議な存在だなと思った。科学技術の発展が、ここまでの存在を生み出したのだから。


「私のコードネーム、ステラっていう名前だったじゃないですか。あれって、星っていう意味なんですよ。だからマスターは、私のこと、嫌いじゃないってことです」

「……そう言ってるじゃん」
 
「私もマスターのこと好きですよっ。小さい時のマスターも可愛かったですけど、それはそれです。一緒にいて楽しい人、ずっと一緒にいたいなって思える人は、好きな人だ──って、人間はそう考えるんですよね?」

「うん」

「……でも、そうなると、凪とか圭牙も好きな人になっちゃいますね。お友達と恋人って、何が違うんですか?」

「さぁ……。よく分からないね、好きとかって」

「ですねっ」


 顔を見合わせて軽快に笑いながら、だんだんと静かになっていくその余韻に浸っていた。特に話すことがないこの時間でさえも、気まずさとかそういうのはなくて、ただ、彼女と一緒にいられるだけで、気が安らぐ。有限のこの時を、しっかりと覚えておきたい。そう思った。


「ふぁ……ぁふぅ。なんか、眠くなってきましたね……」

「じゃあ、寝る? 明日もいろいろ遊びたいでしょ」

「うん、いろいろ遊びたいです。えへへ……」


 締まりのない顔をして笑う白波に、僕もつられて笑った。こんな島じゃ、あまりやれることも多くない。だから昼間に遊んで、帰ったら食事を摂って、お風呂に入って、彼女と話しながら寝る、そのくらいだ。もちろん、そのくらい、がとても幸せなことは分かっているけど。

 今の時刻は、九時前後。就寝時間に近いから、眠くなるのも分かる。ただ最近は、日中でも欠伸をすることが更に増えたし、昼寝、というか短い仮眠を取ることも増えた。眠気が影響しているのか、何もないところでつまづいたり、何かにぶつかったりと、ポンコツ度合いは増している。流石にもう、寿命の影響が顕著になってきた。


「……明日は、何しましょっか」

「あの二人が何か考えてるよ、きっと」

「んへへ、ですよねぇ……。無駄な心配ですね」


 優しくて、穏やかで、とろけそうな口調。僕の方もなんだか、本当に眠くなってきた。眠気は伝染する……?


「……そういえばマスター、覚えてますか?」

「……なにが」

「最後の日、一緒に花火、見に行きましょうね」

「うん、絶対に行く」


 それっきり、彼女はだんだんと目蓋を閉じて、やがて寝息を立て始めた。僕もあと少ししたら、寝よう。そんなことを思いながら、一旦ベッドを抜け出して、キッチンへ向かう。水だけ飲んで、リラックスしたかった。

 八月三十一日まで、あと三週間ほどだろうか。昔は一緒に見ることができなかった花火大会を、せめて最後くらいはどうか、見させてほしい。そんなことを漠然と思いながら、感傷的になりつつ白波の眠る部屋へと戻る。


「……ふふっ」


 意味はないけど、笑ってしまった。ベッドの上で眠る彼女の姿を、僕はあまり、まじまじと観察したことがないから。昔は僕の方が、寝姿をよく見られていた。お互いにまだ、小さかった頃だ。あの頃も、楽しかった。


「……ん、あれ……?」


 僕の笑い声で目を覚ましてしまったのか、白波は目蓋を開けると、横になったままの体勢で僕を見る。


「マスター、どこに……?」

「お水を飲んできただけ」

「そうですか。……寝ちゃってました?」

「うん、少し」


 恥ずかしそうに笑う白波の隣に、僕はまた寝転がる。至近距離で見える群青色の瞳に、自分の姿が写っていた。


「……三十一日、絶対に行こうね、花火大会。昔は行けなかったけど、今はお互い、恋人同士で行けるよ」

「はいっ、行きましょうね」


 屈託のない笑み。僕は昔から、この笑顔が好きだった。

 彼女は「でも」と続けると、照明の眩しさに少しだけ目を細めながら、一度、二度、と瞬きをした。それから不思議そうに僕を見つめると、たどたどしい声で言う。


「──恋人同士って、誰と誰がですか?」


 ほんの一瞬で、気が遠くなっていくのが分かった。
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